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2.一つの感想

「そう言えば」

「何?」


 マグカップの中身が半分くらいとなり、熱さを失いつつある頃。ふと翼は声をかける。


「さっきテレビでやってた事件って、何? 感想を無差別に書き込んで誘導するとか、正直良くわからなかったんだけど」

「それね。ちょっと待って、調べてみるわ」


 そう言って、翔子はパソコンで検索を始める。そして、事件にたどり着いた翔子は少し考える。


「……難しいの?」

「そんなことは無いわ。そうね、どう言えばいいかしら……」


 そう言って、翔子は事件の概要、違反の内容、そういった事を話し始める。



「そうね、事件は簡単よ。小説投稿サイトの中の、色んな人のページに無差別にリンクを張ると、まあ、そんな話ね」

「……それ、携帯とかでもあるやつだよね。アダルトサイトへの広告みたいな」


 翼の反応に、翔子は頷く。実際にありふれた話だと。ただ、小説投稿サイトで「直接」リンクを張る人は多分いない。今回の件と同じようなことはあったのかもしれないけど。

 確か規約違反がニュースに乗るようになったのは最近だから、それまでは、あまり意識しなかったんじゃないかしら、詳しい内容までは。そんなことを考えながら、翔子は説明する。


「実際にはもっと悪質な、詐欺とかそう言った物かしら。ブログとかでも良く見るわね。けどね、この事件はもう少しだけ回りくどいことをしてるわ」

「回りくどい?」

「ええ。私なんかは実際にそのサイトを使ってるからわかるけど。入会しないと感想が書けないようになってるの。そして、感想を書くと、その人のページにリンクが張られる、そういう仕組みね」


 その言葉に翼は少し考え、首を傾げる。ますますわからないといった風に。


「……それだと、リンクが張られるのは小説投稿サイトの中だよね。何か問題なの?」


 そうよね、そこまでなら問題ないわ。翔子の頭の中をそんな思いがよぎる。……同時に、ランキング操作みたいなものも頭をよぎるが、それは小説投稿サイトの中の問題だ。別に、直接誰かに「金銭的な」損害が発生する訳じゃない。


「小説投稿サイトの中で終われば問題無いわね。問題はね、その人のページにアダルト広告や成功報酬型広告(アフィリエイト)が山ほど出てくる『悪印象を与える広告収入サイト』へのリンクが張ってあったことね」



「その小説投稿サイトはね、外部サイトへのリンクを張ることが出来るサイトでね。普通は自分のサイト、ブログとかね、そう言ったページへのリンクを張るんだけど。この人はそこに自分で作った『広告収入ページ』のリンクを張ったと、そういう訳ね」


 翔子は説明しながら思う。こんな方法が本当に有効かはわからない。だけど、盲点はついてるわねと。


 そう思うのも無理はない。小説投稿サイトにおける感想欄には、その感想をきっかけに読者や執筆仲間を募るという側面がある。相手の作品にリンクを張り、作者や読者を呼び込むという側面が。

 同時に、小説を投稿する作者が感想を書く場合、その相手に取って有益なものであって欲しいという想いが乗ることが多い。これは、作品を生み出す側に立った時、当然のように湧く想い、人情だ。そして、その想いこそが作者と作者をつなぐ縁になる。

 作品を綴り続けることの苦労と喜び、それを知るからこそ、作者は感想をただのリンクとして見ない。時間を割いても小説を読み、自分の感じたことを書こうとする。それが相手の力になると信じて、そうなるよう願って。

 故に、感想欄でスパム行為と言われると、まずは作品を無視した書き込みによる人気取りを疑ってしまう。相手のことを思わない、自分のことだけを考えた行為ではないかと。それは、読んでもらうということにこの上ない価値があることを知っている人間だから思うこと。小説投稿サイトには、そんな人間が集っている。

 そんなサイトの中だからこそ、世の中には、作家ではない、金のために動く人間がいることを忘れてしまう。これは、そんな盲点を突いた話。


「ラノベとかを読むサイトでアダルト紛いのサイトに飛ぶとか、嫌だなぁ、それ。踏んだ人いるのかなぁ」

「正直わからないわね。直ぐに退会させられたそうだし。だけどそうね。例えば、掲載された小説が魅力的だったら、外部サイトを見ようという人がいてもおかしくないと思うわ。好きな小説を見つけたら、その作者がどんな人なのか、他にどんな活動をしているか、知りたくなる人は絶対いるから」


 そして、小説で人と人とがつながるサイトだからこそ、あまり目立たない機能がある。

 外部サイト。あまり重視されていないように思われているその機能。実際のところ、気に入った作者のページであれば、一度は飛んでみる人も多い。

 小説投稿サイトの魅力は、作品と作者の個性が一体となっていることで生まれている部分も大きい。面白い作品だけでなく、個性的な作者に惹かれて読み続けている読者も相当数いるのだ。


「どうやらこの人、面白そうな小説の冒頭を投稿して興味を引いて、外部サイトに誘導しようとしたみたいね。ジャンル毎に感想を準備してリンクを張り、ポイントを稼ぎながらランキングに乗る。読者を自分のサイトに誘導して、あわよくば自分の『広告収入ページ』を踏んでほしいと、そう言った話ね。

 小説が投稿されたり更新された時に、その小説の情報を取得するツールを準備してね。そこからどんなジャンルかを判断して、そのジャンル向けの感想を書き込むわけね。例えばファンタジーなら『きちっと作られた世界、その中で生きるキャラクタ達に引き込まれました。魅力的な作品をありがとうございます』と書き込む。こう、当たり障りがない、それでいて作者が喜びそうな感想をね」


 そう言って、翔子はパソコンの画面をちらりと見る。気付かれないように心掛けながら。気付かれてないわよね、などと思いながら。


「まあ、さっきも言ったけど、実際の所、そんなことをする人は直ぐに退会させられるわ。実際、その人も半日経たずに退会させられたみたいね。そうね、そのまま逮捕されるような時代になったんだ」


 パソコンのウィンドウを切り替えて、翔子はニュースサイトを見る。そこには「未成年向けの書籍からスマホで飛ぶことができるサイトでそのようなページに誘導することは公序良俗に反する」「規約に反し、著しく小説投稿サイトの品位を落とした」ことが逮捕につながったと説明されていた。



 一通り説明を終えた翔子は、冷めた珈琲を飲み込み、喉を潤す。「なるほどねぇ、世の中色んな人がいるよね」なんて言いつつ、マグカップとコーヒーサーバーを手に、キッチンへ向かう翼。

 そう言えば、彼氏が食べっぱなし、飲みっぱなしで、流しに運んでくれさえしないとか良く聞くわね、友達とかから、なんてことを思いながら、翔子は素早くパソコンを操作する。


 ウィンドウを切り替えたその先には、自分が貰った初めての感想とその返信が表示されていた。


―――― 感想 ――――

【この感想を書いたユーザは退会しました】

『きちっと作られた世界、その中で生きるキャラクタ達に引き込まれました。魅力的な作品をありがとうございます』


―――― 返信 ――――

『感想ありがとうございます!

 まず世界観ですが、私の好きな話を参考にして組み立てました。参考にはしましたが自分らしさも出したつもりです。ありきたりな設定かな、とも思ったので、褒めて頂けてホッとすると同時に、非常に喜ばしいです!

 キャラクタは、一人一人、じっくりと考えました。バード君は何も無い真っ白な男の子、メディーナさんはそれまでの経験から、バード君をほっておくことが出来ない、優しいんだけど単に優しくするんじゃない、優しいからこそ叱りもするし必死にもなる、そんな人を目指して書きました。

 不思議なもので、最初は色々、経験が無い子だからこうなるとか、そういった事を考えていたのです。だけど、何度も考えている内に、まるでキャラクタが本当にそこにいるかのように、自ら動きだすことがあります。私の中にバード君やメディーナさんがいるんだと、今は思っています。だからでしょうか、私の物語で誰かに喜んでもらえたことを知り、大変うれしく思います。

 まだまだ物語は中盤、盛り上がりはこれからですが、最後まで読んで頂ければ、作者としてこれ以上の喜びはありません。


 最後に。このような拙い作品ですが、ここまで拝読して頂き、また、身に余る感想を頂きありがとうございます。

 この感想を糧に、面白くなるようこれからも頑張ります!』


 改めてその内容を見て、翔子は思う。ニュースサイトに載っていた文章と全く同一の文章、それに誠心誠意、時間をかけて。全力で応えようとした自分の返信。

 そうね、誰だって世界は作るし、生きたキャラを心掛けるわよね、ゾンビ物じゃないんだから。ハイファンタジーで登録した小説なら世界を作るのは当たり前。その世界の中をまるで生きているかのようにキャラを描こうとするのも当たり前。違う世界を冒険する、それこそがファンタジーという分野の魅力なのだから。

 不思議と怒りは湧き起らない。本当に心血を注いで書いた話だから。今はもうはっきりと分かっている。この感想はスクリプトが書き込んだ、何の感情も乗っていないただの文章。そう分かった上で、なおもこみ上げてくる想いがある。


 それでも。この感想を貰った時は嬉しかった。それでも。この感想を支えに執筆を続けてきた。それでも…………


 それでも、それだから。もうこの感想は見たくない。

 それでも、それなのに。この感想は消したくない。


(ふざけんじゃないわよ、バーカ!)


 心の中で悪態をつく。相反する想いが去就する。いっそ消してしまおうと、削除ボタンにカーソルを合わせ。左ボタンを押そうとしてはためらって。


「どうしたの?」


 思いがけず、近くから。翼の声が聞こえてきたのは、そんな時だった。

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