こたつむり攻防戦
「ほら、初詣行くぞ」
せっかくしゃがみこんで視線を合わせて、手まで差し伸べてやったというのに、子供のように頬を膨らませた彼女は、こたつ布団をぎゅ、と握りしめて鼻先まですっぽり覆い隠した。
「……おこたが離してくれないの」
「お前が離れないだけだろ」
呆れたようにため息をつく。どうにもこうにもこの娘っ子、あたたかなこたつから離れるのが嫌なようなのだ。こたつを出ろ、出ない、そんな攻防戦を俺たちはもう20分も繰り返している。
嫌々と天板に頬をこすり付けているその姿は確かにかわいい、のだけれど。それでももう1時間もすれば年は明けるし、二年参りをしたいと言ったのは彼女のほうである。
「初詣行きたいって言ったのおまえだろ」
「うー」
「出店もあるぞ」
「う、ん」
出店、という言葉にぴくりと布団に隠れた肩が反応した。もうひと押し。
「甘酒あるぞ」
「あまざけ」
「豚汁もあるかもなあ」
「とん、じる……」
温かい食べ物を次から次へと並べてやれば、食べ物が好きな彼女の目がふらりと揺らぐ。
「な、だからこたつから出よう」
「……やっぱり、やだ」
寒いから、嫌なの。振り切るようにそう彼女はぐるりと寝転んで、今度は畳に頬をくっつけた。首元までこたつ布団を巻き込むその姿はあれに似ている。梅雨時によく見かける、あいつ。
「……かたつむりめ」
「こたつむりだもん」
屁理屈をこねる彼女をそろそろ本気で引きずり出してやろうか。近所とはいえわざわざ家から外に出て彼女を迎えに来て、挙句20分もこたつの外で待っているのだ。寒くないわけがない。
冷えた手をびたり、と寝そべる頬に押し付けてやれば、びゃっと変な声を上げてこたつむりが跳ねた。目を丸くした彼女が少し恨めしそうにこちらを睨み付けた。
「つめたっ」
「当たり前だろ。ここまで歩いてきたんだぞ。その上誰かさんはぐずぐずしてこたつから出てきてくれないし。冷えるに決まってる」
「おこた……入る?」
「おまえはあくまで出てこないわけね」
寒い、と言いながら布団をまくり上げるこたつむりの頭をはたいて、ついでにその手首をつかみ、中身を引きずり出す。足を机に引っ掛けているのだろうか、なかなか彼女はしぶとい。それでも根気強く腕を惹き続けていれば、いやだあ、と間延びした悲鳴を上げながら、ずるりと中身がやっと出てきた。そう思えばくるりと縮こまってまた寒い、とぼやいた。
「いじわる、えっち」
「散々じらしプレイしておいてよく言うな。なにがえっち、だ」
もう一度頭をはたくと、唇を尖らせた元こたつむり……さしずめなめくじだろうか、そんな彼女が首をすくめる。やれやれとため息をついていると、また隙を見てもぞもぞと柔らかな殻に戻ろうとするので、襟首をむんずとつかむ。
「今すぐ準備して初詣に行くか、ここで俺に襲われて新年迎えるか、どっちかにしろ」
ぽかん、4秒ほど固まった彼女は、こたつの中よりはキンと冷えた外の空気でようやく頭が回ったのか、みるみるうちに顔を真っ赤にさせると、先ほどの台詞の冒頭を「ばか」に置き換えて捨て置き、ダッシュで自室へ飛び込んでいった。きっと着替えを取りに行ったのだろう。ため息をつきながら窓の外を眺める。
冷え切った夜空に、道行く人の白い息が見えた。彼らもこれから初詣に行くのだろうか。そんなことを考えていると、遠くから鐘の音が響いた。ああほらぐずぐずしてるから間に合わないぞ、なんて急かすような言葉をわざとかけながら、来年こそは甘やかさずに彼女を外に引きずり出そう、と心に誓った。