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現代トラウマヒーロー伝 大魔王遣いヒイロ!  作者: 秋月瑛
Season1 大魔王遣いヒイロ!
7/44

第7話 氷の魔女王VS美しき魔獣

 広い庭にぽつんと立つ灯篭。

「(危なかったわ、こっちに近づかれたらアウトだったわよ)」

 忍者並みの変化の術で灯篭に化けていた美獣は、灯篭の中で冷汗だらだらだった。

 辺りに人がいないことを確認して、再び『灯篭』は窓に近づいて部屋の中に聞き耳を立てた。

「ガイアストーンの力を借り、クラスチェンジをするにはそれなりの器が必要だ。小僧、お前にその器はあるか?(……ないな、ふふっ)」

 カーシャに目を向けられたのは、未だ畳の上で打ちひしがれているヒイロだった。こんな姿じゃそんな器があるとは、見えない思えないありえなーい。

 だが、カーシャの声を掛けられたことにより、『やーい仲間はずれ』の呪縛から解き放たれたヒイロが立ち上がったのだ。それもかなり速い身のこなしで。

「はーははははっ、この覇道ヒイロ様に器がないだと!」

 ミサがボソッと呟く。

「なにをいう、〈アリ遣い〉レベル4(ふふ、プラス貧乏)」

「〈アリ遣い〉のなにが悪いんだよ。今は〈アリ遣い〉かもしんないけど、俺様は近い将来〈大魔王遣い〉になるんだ!」

 カーシャの眼がキラリーンと輝きを放った。

「小僧、今なんと言った?(〈大魔王遣い〉だと?)」

「俺様は近い将来〈大魔王遣い〉になるんだ! のところか?(なにか俺様マズイこと言ったか?)」

「ふふふっ、図の乗る出ないぞ小童が!(私が何千年かかって、今の地位を手に入れたと思っているのだ……カーシャの波乱万丈……ふふっ)」

「図に乗ってなにが悪い、金はなくても夢を多く持ってなにが悪い!」

 大魔王遣いの『遣い』のあたり、人の力を遣って世界征服をしようとするところに小ささを感じるが、そのへんはこの際あんまり気にしないことにしよう。

 カーシャの指先が広い庭先に向けられた。

「小僧、現実というものを教えてやろう。私と戦え、私に勝てぬようでは大魔王遣いなど夢のまた夢」

「望むところだ!」

 意気込んだヒイロはカーシャよりも早く、庭に飛び出した。ところで、後ろでガシャと窓の閉まる音がした。この展開、前にもあったような?

 ヒイロが振り返ると、見事に窓を閉められ締め出しを喰っていた。

 今度はシンキングタイムなしで悟った。

 締め出された!

 急いで窓を開けようとするが、押して引いてもビクともしない。

 窓の向こう側では、相手を小ばかにしたような薄ら笑いをしたカーシャが立っていた。

「単純な小僧だ(ふふふ……こんな手に引っかかるなんて馬鹿だな)」

「おい、開けろ!(家族揃って同じ手使いやがって!)」

 窓ガスを叩いて喚くが、綺麗に拭かれた硝子に手の跡が付くだけだった。もっと強く叩いても、この硝子は防弾硝子なので、ヒイロの打撃程度じゃびくともない。

 ヒイロは今にも泣きそうな顔をして、中にいる裕福なやつらを恨めしそうに睨み、さっき庭に出たときに履き替えたサンダルをカッポカッポ鳴らしながら走り去ってしまった。

「わぁ〜ん、貧乏人をバカにすんじゃねえ!」

 そう捨てセリフを吐いてヒイロの姿は完全に消えてしまった。過去に似たような経験をしたに違いない。裕福な家庭を窓の外から眺める、そんな幼き日の思い出とかが。

「覇道君帰っちゃったし、あたしも帰ります(なんか結局なにしに来たんだろ)」

 そう言って華那汰もカーシャとミサに頭を下げて帰っていった。

「私も自分の部屋に戻りますわ(お婆様は悪戯がすぎるんだから)」

 ミサも部屋をあとにし、残されたカーシャはひとり庭に出て、灯篭に向かって強い口調で言った。

「そこに隠れているのはわかっている、出て来い!」

「……バレていたなら仕方ないわ」

 灯篭の中から声がした。カーシャの向いている方向とは明後日の方向にあった灯篭から。

「(……そっちだったか、ふふ)」

 美獣が灯篭を脱ぎ捨てた瞬間、煌く粒子が氷の結晶のように輝いた。それは汗だった。灯篭の中は通気性が悪く、かなり熱くて死にそうだったのだ。そのため、すでに美獣は息絶え絶えで、両膝に手をついてしまっている。

 毛皮のコートを着ているのもかなり悪条件だ。

 それでも美獣は頑張るのだ。

「おーほほほほっ、よくアタクシが隠れていると見破ったわね!(見つけてくれてありがとう、感謝するわ!)」

 正直、早く出たくて仕方なかったのだ。

「私の家の庭でなにをしていた? 庭師には到底見えないが?(くのいちか?)」

「おほほ、アタクシの名は美獣アルドラ、さる高貴な大魔王様に仕える魔族の戦士よ!」

「大魔王か、それは奇遇だ。私の知り合いにもハルカという名の大魔王がいるぞ」

「そんな偽者のなど我が君に比べたら、子供だましもいいところだわ!」

「子供だましとは失礼な。私が手塩をかけて大魔王に仕立てあげたのだぞ」

「あなたが大魔王を?(なにを言ってるのかしらこの人間は?)」

 カーシャは瞳に静かな笑みを湛え、目の前の美獣を見つめていた。笑っているのに笑っているように見えない氷の微笑だ。

「大魔王ハルカを裏で操り、世界征服をしようとしているのはこの私だ(ここまで漕ぎ着けるのにウン前年の紆余曲折を経てしまったがな……ふふっ)」

「あなたさっきカーシャって呼ばれていたわね。たしか大魔王ハルカの腹心の名前がカーシャとか言ったような気が……(ま、まさか!?)」

「腹心の部下は仮の姿。ハルカは大いなる力を得てしまったが、世界征服を企む頭は持ち合わせてはおらん(あっちの世界で挫折、こっちの世界でも挫折の連続、ついに私は世界征服の足がかりを掴んだのだ。誰にも邪魔はさせぬぞ)」

「あなたがあのカーシャだとしたら、ここは引くわけにはいかないわ(この女の首を持ってて帰れば我が君はきっとアタクシのこと、いい子いい子してくださるわ!)」

 美獣はかなり気合が入っていた。

 地面に両手を付き、獣のように美獣は飛び上がりカーシャに襲い掛かる。

「アタクシの至福のために死んで頂戴!」

 少々動機が不純だ。

「世界征服の邪魔は誰にもさせん!」

 こちらの動機もなんともコメントがしずらい。

 鋭く尖った美獣の爪が振り下ろされ、白いカーシャの頬に一筋の紅い線が走った。

「ふふ、なかなかやりおるな。だが、私の魔法を躱わすことができるか?」

 カーシャの手にエネルギー粒子の煌きが集まり、それは一気に開放された。

「アイスニードル!」

 ――呪文は虚しく木霊した。なにも起こらなかったのだ。

「脅かさないでよ、なにか凄い魔法でも飛んでくるのかと思ったじゃない!」

「うるさい、飛ぶ予定だったのだ!(やはり、こちら側の世界ではマナの波長が合わず魔法もろくに使えん。やはり近くにエネルギーソースのハルカがおらねば)」

 戦闘中なので簡単に説明するが、マナとは魔法を使うためのエネルギーソースのことである。

 相手がなにもできないと知って、美獣のヤル気はグングン鰻上りだった。

「おーほほほほっ、アタクシに手も足も出せないようね!」

「魔法が簡単に出るときと、出ないときがあるのだ!」

「そんな嘘、アタクシには通用しないわ!」

 美獣は足先を回転軸にして、腕を大きく広げながら身体を回転させた。

「円舞必殺撃!」

 回転速度の加わった美獣の鋭い爪がカーシャに襲い掛かる。

 ビュン!

 一撃目がカーシャの眼前を掠めた。だが、一撃では終わらない回転する二撃目が襲い来る。

 ビュン!

 風を切りながら、鋭い爪はカーシャの着るナイトドレスの腹の部分を切った。

 ビュン!

 三撃目はカーシャの胸元を切り裂いた。ノーブラだったので下乳がチラリンしたが、それを見て喜ぶ者がこの場にいなかった。残念!

 美獣の円舞必殺撃は攻撃のたびに速度が上がり、躱わすのが難しくなっていた。

 しかし、この必殺技には致命的な欠点がある。

「ウェ〜ッ、目が回ったわ(頭がクラクラするるぅ〜)」

 回りすぎると目が回るのだ。ちょっと情けない弱点だ。

 頭の上で星を回し戦闘不能の美獣だが、カーシャもまた普段の怠け生活のため、息切れで動けなかった。もとよりカーシャは肉弾戦は苦手なのだ。

 ゼーハーゼーハー息切れする二人を観ながら、ミサは縁側に座り抹茶を飲んでいた。

「カーシャお婆様、力をお貸しいたしましょうか?」

「条件はなんだ?」

 必死な顔をしてカーシャはミサの方を振り向いた。

「これでどうかしら?」

 ミサは人差し指を立てて見せた。またジュース一本か?

「千円か?」

「違いますわ、一回壱百萬円でお助けいたしますわ」

 完全に人を選んでいた。必死なカーシャの足元を見ている。

「税込みで壱百萬円だろうな!(遠い孫とはいえ、こういうところが私に似ておる)」

「現金でお支払いくださいませ、お婆様、うふふ」

 笑いのクセもカーシャ譲りだった。

「こやつを退治できたら払ってやる!」

「商談成立ですわね」

 ミサは首から提げていたペンダントをカーシャに向かって力強く投げた。エネルギーソースであるガイアストーンだ。

 緩い放物線を描きペンダントが宙を飛ぶ。

 美獣はすでに体制を整え、カーシャに襲いかかろうとしていた。

「円舞必殺撃!」

 懲りずにまたこの必殺技である。だが、威力は折り紙付きだ。もろに喰らえば肉を抉り取られてしまう。

 宙を舞っていたペンダントはすでにカーシャの手の内に握られていた。

「ふふ、儚く凍るが良い――ブリザード!」

 カーシャの手から高濃度のエネルギーが放出され、それは吹雪となって美獣に襲い掛かった。

 世界が恐怖とともに凍りつく。

 大地と空気を扇状に凍らせ、その先にいた美獣の半身までも冷たい氷へと変えてしまっていた。

「まさか、このアタクシが人間ごときに、このような屈辱を!」

 美獣の半身は脚を残し厚い氷で覆われてしまい、微かな振動により凍り付いていた腕が割れ落ち、地面で激しく砕け散った。

「私が人間ごときだと?(あちら側の世界では氷の魔女王と呼ばれ恐れらたのも昔、こちら側でインド、中国、日本と追われたのも昔のことか……笑えん思い出しかない……ふふっ)」

「カーシャお婆様、敵が逃げてしまいますわよ!」

 ミサの声が木霊し、ハッとしたカーシャが前を見ると、すでに美獣はカーシャに背を向けて逃げ去ろうとしているところだった。

「覚えてなさい!(こんな怪我を負わされて帰ったらデネブ・オカブ様にまた叱られるわぁん!)」

 割れた腕を地面に残し、美獣は去って行った。

 残されたカーシャの横にそっと近づくミサ。

「お婆様、手に握ってる私のペンダント、返してくださる? それと壱百萬円のことお忘れにならないでくださいね」

「……しっかりしているな(壱百萬円……どうやって踏み倒そうか)」

 カーシャはすでにトンズラの体制に入っていたのだった。

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