第15話 発進ニャンダバーZ3号
高校の会議室から机やイスをすべて出して、中心にぽつんと立っている二人。
「つーか、ホントにここで待ってればくるのかよ?」
横にいるミサにヒイロが尋ねた。
「どうかしら、出来うる限りの広報はしたけれど、彼に伝わったかどうか?」
「んなことじゃなくて、俺様だったらこんなの罠だと思って絶対に来ないけどな」
「そうね、だから掻い潜れる程度の人員を配置しておいたわ」
「あのデッカイので攻めてきたらどうすんだよ?」
「そうしたらここに辿り着く前に倒すわ」
「こん中でデッカイのが出たら?」
「天井の高さ以上にはならないでしょう。大丈夫、覇道君なら倒せるわ」
「おう、俺様に任せろ!」
乗せられやすい。
ミサはカーシャが前に言ったヒイロを出汁に使う方法を試したのだ。
テレビやラジオやネット、あらゆる方面からBファラオに呼びかけた。果たし合いを申し入れるから高校の会議室に来いと。正確にはもう少し細かい言い方をしたが、おおよそはそうだ。
Bファラオに警戒されないため、私設の部下を数人だけ遠くに配置して、警察には手出し無用と通達した。
ミサの目的は華那汰たち生徒を救い出すことで、Bファラオを倒す必要はない。それは〈壺〉を手に入れたあとで警察たちがどうにかすればいい話だ。
ただヒイロは事情が変わってくる。ヒイロの場合はBファラオに狙われているため、Bファラオを倒さなくてはならない。
しばらく無言のまま待つ二人。
ヒイロは握った手に汗をかいていた。
「(トイレ行きてー)」
いつ来るとも知れないBファラオを待つ。
はじめのうちは緊張していたヒイロもだんだんとダラけてきた。
「ちょっと休憩しようぜ?」
「駄目よ、いつ来るのかわからないのだから」
「ちょっとだけ、トイレ行きたいんだよ」
「……早く行ってらっしゃい。万が一ブラック・ファラオが来てしまったら、どうにか話は付けておくから」
「おう、じゃあ任せた!」
ヒイロは急いで部屋を出てトイレへ向かおうとした――そのとき、ドアで人影と鉢合わせしてぶつかってしまった。
思わず尻餅をついたヒイロ。
まさかBファラオの登場か!?
ヒイロに手を差し伸べる男の姿。包帯じゃなくてスーツ姿だ。
「大丈夫ですか覇道君?」
明星だった。
なぜこんなところに?
ミサは明星と初対面だった。
「どなたですのあなた?(どうやってここまで?)」
「先日赴任してきた覇道君のクラスの担任で、明星ヒカルと申します。はじめまして……あなたは?」
「月詠ミサと申します(掻い潜りやすいとはいえ、一般人がどうやってここまで来たの?)」
「あなたが噂の……御家のことは存じ上げています」
「それはそれは(部外者がいては邪魔だわ。段取りが台無しになってしまう)」
ミサの気持ちに反して明星は会議室の奥へと入ってきた。
さらにヒイロまでがミサの思惑を邪魔する。
「先生なんでいんだよ?」
「それが捜し物をしていまして」
「俺様もいっしょに探してやろうか?」
「本当ですか、ありがとうございます」
こんな調子のヒイロに思わずミサが口を挟む。
「覇道君!」
「ん?」
「先生にはここから出て行ってもらいましょう」
「なんで?」
「(覇道君、あなたって人は)……ばか」
小さくつぶやいた。
明星は部屋の隅などを隈無く捜している。
「車の鍵を落としてしまって、ずっと捜しているのですが、まったく見つからなくて」
まさかとミサは思った。
「もしかして体育館で起きた事件から、一度も学校を出ずにずっといらっしゃったの?」
「はい、車がないと困りますからね。体育館から避難してすぐに駐車場に向かったのですが、鍵がなくてそれからずっと捜しています」
「そうだったの(網の外ではなく中にいたなんて、それではこんな場所に来る筈だわ。本当に迂闊だったわ、全員避難したと思っていたのに)」
勝算もなくミサがここにいるわけがない。だが作戦を失敗させるかもしれない不安要素が現れては話は別だ。
ミサはどうしても明星をこの場から遠ざけたかった。
「先生はご存じないかもしれませんが、学校は完全封鎖され立ち入り禁止になっておりますの」
「君たちは?」
「私たちは特別な許可を得てここにおります。ですので先生は早々に学校から立ち去っていただけますか?」
「生徒たちを残していくわけにはいきません。君たちはここでなにを……ッ!」
明星が驚いた顔をした。
目の前を通り過ぎ床に落ちたナメクジ。
――来た!
窓ガラスが砕け散り、外からファラオの柩が部屋の中まで飛んできた。
《お待たせ、ちょっと空が渋滞してて遅れちゃったよぉ》
柩が飛んでくるのに空の渋滞とか関係あるのか?
明星がまだいる間にBファラオが来てしまった。
だがミサはそんな場合ではなかった。
「きゃーーーっナメクジ!!」
ミサは吸水材入り噴射装置(消化器の改良版)を噴射せずに、本体でナメクジを撲殺していた。
完全に取り乱していた。
普通サイズのナメクジはあっという間に暴走ミサによって退治された。
もちろん辺りは吸水材でスゴイことになっている。
冷静に戻ったミサ。
「ごめんなさい覇道君。私の分の吸水材は全て使ってしまったわ」
まさかのミサ役立たず!
ナメクジは次から次へと召喚され続けている。巨大ナメクジも姿を見せる。操っているBフ
ァラオを倒さなければ、いくらナメクジを倒しても意味がないのだ。
しかし、Bファラオは柩の中で鉄壁の防御を誇っている。
作戦を起動に戻すためにミサはすぐさまトランシーバーを取り出した。
「標的が檻に入ったわ、閉めて!」
この合図で会議室の窓やドアがシャッターや鋼鉄で塞がれた。
満足そうに口元に笑みを浮かべるミサ。
「突貫工事だったけれど上手くいったようね。これはあなたを閉じ込めるだけの物ではないわ、召喚に障壁を作る結界の役目も果たしているのよ」
《にゃんだって!? くそぉ、だけどすでにこの部屋はナメクジだらけだよ。ぼくに勝てるかな!》
ナメクジ軍団が一斉にヒイロたちへ攻撃を開始した。
もう吸水材噴射装置は使い切ってしまった。
逃げ惑うミサ。
掃除用具入れに入っていたモップで交戦する明星。
そして、ヒイロはなぜか余裕の笑みを浮かべていた。
「あははははっ、今こそ俺様の新兵器を見せてやろう!」
ヒイロは段ボール箱をひっくり返して、その中に入っていた野球ボールくらいの球体を出した。
「月詠先輩の協力で完成したニャンダバーZ3号だ!」
は?
どう見てもただの大量のボールだった。
いや、よく見るとボールには手書きでロボットの顔と『Z』の文字が!
まさかこれを人形に見立てて!?
「行けーッ!」
ヒイロの命令でニャンダバーボールが一斉にナメクジたちを攻撃しはじめた。
しかも、これはただのボールではない。衝撃を加えると爆発して中の吸水材をぶちまける仕様だったのだ。
先ほどミサはしっかりと言っていたのだ『私の分』と。そう、使い切ったのはあくまでミサの分。ヒイロの秘密兵器であるニャンダバーZ3号が残っていたのだ。
圧倒的な制圧力。
まさかのヒイロ大活躍!
ニャンダバーボールが次々とナメクジたちを倒す。
ヒイロは額の汗を手の甲で拭った。
「ハーハー、たくさん操ると体力を使うぜ」
休憩するヒイロに合わせてミサと明星も動きを止めていた。
吸水材に埋もれたナメクジたちは、一匹残らず干からびていた。
残されたファラオの柩。
《おのれぇ〜ヒイロ。こうなったらぼく自ら相手だ!》
ファラオの柩が動き出す。
轟音を立てながら柩がヒイロに向かって跳ねた。柩の強度と重さを考えたら、タックルされたら重傷だ。
柩に追われながら部屋中を駆け回るヒイロ。
「ズルイぞ、そっから出てこいよ!」
《これは装備なんだ。きみは服を脱いで裸になれと言われてなるかい? それと同じさ!》
アンタいつも裸同然だろ。
ナメクジには圧倒的な強さを誇ったヒイロだったが、ただ突進してくるだけの柩には手も足も出ない。
ミサが構えた。
「覇道君退いて頂戴!」
魔法を放つ気だ。
すぐさまヒイロは飛び退いた。
そこへ空かさずミサの手から炎が放たれた。
「ファイア!」
人の頭ほどの炎の塊が柩に当たった。
しかし、少し煤がついただけで無傷だ。
「にゃはは、最強の防御力を誇るこの柩には魔法なんて効かないのさ!」
やはり柩から出さないことには歯が立たない。
攻撃は突進のみなので防ぎようがあるが、防御を崩さないことには逃げ続けることしかできない。
ナメクジの対処までは作戦があったが、柩対策までは少ない時間で考えられていなかったのだ。
ヒイロが破れかぶれで柩に向かっていった。
「コンチキショー!」
柩の突進を躱[カワ]してその扉に手を掛けた。
「開けーっ!」
しかし扉は固く閉ざされビクともしない。
ヒイロは押し飛ばされ、転んだところに柩が押しつぶそうとのし掛かろうとしていた。
「潰される!」
もう駄目かと思いヒイロが目とつぶったとき、明星が素早く動いた。
ヒイロの身体を抱きかかえて飛び退いた!
「大丈夫ですか覇道君?」
「せ、先生……(俺様助かったのか?)」
そう思ったのもつかの間、ミサが二人を見て叫ぶ。
「二人とも危ないわ!」
柩が二人にのし掛かろうとしていた。
拒否するように手を伸ばした明星。その手が柩の扉に触れた瞬間、なぜか強情に閉じていた扉が開いた!?
中から落ちるように出てきたBファラオ。
「にゃ!?」
驚きなにが起こったのか理解できていない。
まさか扉が開こうとは誰よりも思っていなかったのはBファラオのハズ。
「立て付けが悪くなっていたの!?」
驚いてその場を動けないBファラオにヒイロが飛び掛かった。
「〈壺〉を渡しやがれ!」
「柩なんてなくても、ぼくが負けるわけがない!」
取っ組み合いで互いの動きは封じられた。
もつれ合うヒイロとBファラオ。
ミサが走った。
「私が〈壺〉を!」
手を伸ばしてミサは〈壺〉を両手でつかもうとしたのだが、なぜか途中で動きを止めてしまった。
「(えっちだわ)」
触ることをためらったのだ。
その隙を突いてBファラオはミサを蹴り飛ばした。
「させないよ!」
「きゃっ」
小さく悲鳴をあげて飛ばされたミサを明星が受け止め抱きかかえた。
「大丈夫ですか月詠さん?」
「ええ、ありがとうございます」
「私がやりましょう、あの〈壺〉を取ればいいのですよね?」
明星はミサから体を離し、Bファラオに向かって走った。
Bファラオはヒイロに羽交い締めにされているところだった。〈壺〉を取るには絶好の格好だ。
明星の両手が〈壺〉をしっかりとつかんだ!
〈壺〉の色が変わる。白でもない、黒でもない、それは灰色だった。
スッポン!
ついに〈壺〉がBファラオの股間から抜けた。
その反動で明星は後ろへひっくり返り、〈壺〉が手から離れてしまった。
宙を舞う〈壺〉。
Bファラオが眼を剥く。
「にゃーっ!(割れるなんてことは!?)」
ガシャーン!!
割れた。
静まり返る部屋。
壁に掛けられた時計の秒針がゆっくりと進む。
ヒイロが力なくつぶやく。
「割れた……よな?」
目の前で〈壺〉は粉々になっている。確認するまでもなかった。
ミサは下唇を噛んでいた。
「(〈壺〉が壊れたことによって華ちゃんたちが戻れないなんてことは……)」
それが最悪の事態だ。
急にBファラオが苦しみはじめた。
「ぐぎゃぎゃぎゃぁぁぁぁぁぁイギーッ!」
人とは思えぬ悲鳴をあげて床に倒れて転げ回る。
そしてさらにBファラオの躰が干からびていくではないか!?
まさかこれは、呪いが返ってきたのか!
〈壺〉が割れたことによって呪いが外に出たなら、ほかのモノも――。
空間に突如現れた大量の人影。
床で音を立てながら生徒たちが次々と起きてきた。
「いったーい!」
お尻をさすりながら華那汰が声を上げた。M字開脚から見えるパンツは、きのうと同じ水玉。
すぐさまミサは華那汰に駆け寄り、その身体を抱きしめた。
「華ちゃん無事だったのね!」
「……あれ、月詠先輩?(なにが起きたんだろ?)」
〈壺〉に吸い込まれてからの記憶がすっぽり抜けていた。もしかしたら〈壺〉に吸い込まれて、まだ戻ってないなんてことなのかもしれない、記憶すらも。
明星は笑顔で生徒たちが帰ってきたことを喜び、ひとりひとりと握手や抱擁を交わしていた。
その間にBファラオは干からびて動かず、声すら発しなくなっていた。
包帯を巻かれ干からびた姿はまさにミイラ。
華那汰は気持ち悪そうに干からびたBファラオを見た。
「これ……変態包帯男ですか?」
ミサが答える。
「ええ、死んでいるのかしら?」
「これで生きてたら怖いですよ、ゾンビじゃないんですから」
「ミイラはゾンビのような物だけれどね。復活するためにあの姿にされるのよ?」
「復活って生き返るってことですか?」
「さあ、どうかしら。もしかしてそんなこともあるかしらね。だからこれも処分した方が良さそうね」
「処分って言い方怖いですよ」
華那汰は背筋をゾクッとさせた。
独り輪を外れていたヒイロは、生徒たちと出てきたある物を床から拾い上げていた。
赤い布。
それを両手で広げてみるとマントだった。
赤いマント。
「……嘘だろ」
感慨深くヒイロはつぶやいた。
間違いなかった。
夢か現実化わからない世界で見た祖父のマント。
ヒイロはマントを強く握り締めた。