第3話 野望は大きく大魔王遣い
裏庭で対峙する二人の生徒を、何者かが影からこっそり見つめていた。
「……あんな構え見たことがないわ(隙がありすぎてどこから攻撃したらいいか迷うじゃない!)」
人影はヒイロの構えに驚愕したようだ。
ヒイロはエセ催眠術師風に手を動かすと、必殺技の名前を繰り出した!
「超スーパーミラクルクルクルパー!(なんて技の名前はなんでもいいんだけどさ)」
しかも『超』と『スーパー』は重複だ。
技の名前が唱えられた瞬間、華那汰はその声のデカさにビビッタが、なにも起きない。
声が木霊しただけだった。虚しい。虚しすぎる。オチなら軽すぎる。
だが、なにも起きないと決め付けるのは早い。ヒイロの指差す方向を見よ。そこには地面をせっせと働くアリさんの行列があるじゃありませんか。しかも、なんか変だ。
なんとアリがアリ文字を作ってるじゃあーりませんか――『天才』って。
「はーはははっ俺様の能力を見たか!」
高笑いは勝利の合図。けれど、華那汰はアリが作ったアリ文字を生暖かい眼で見ていた。
「見えるには見えるけど、見づらいというか、ちっちゃいというか(スケールが)。だからなに?」
『なに?』と振り返られたヒイロは思わず凍り付いてしまった。そんな薄い反応されるなんて思ってみなかったのだ。
「なにって、スゴイだろ、超スーパーミラクルな感じするだろ?(俺様の超必殺技を見て驚かないとは、こいつやっぱりタダもんじゃない)」
「だからなに? アリが文字の形に動いただけじゃん?(これのどこがスゴイんだか)」
「アリが俺様の思うがままに動いたんだぞ、スゴイと思わんか?」
たしかに他の生物を思うがままに操れるのはスゴイかもしれないが、そのスケールの小ささから驚くに驚けないのだ。
ヒイロが再び念を込めると『天才』の文字に『ヒイロ』が付け足され『ヒイロ天才』となった。
「ほら、スゴイだろ。俺様って天才だろ?(やっとアリを操れるようになったんだから、スゴイって言ってくれよ)」
「あースゴイスゴイ」
完全な感情ゼロの棒読みだった。華那汰は完全にヒイロを小ばかにしている。しかし、物陰に隠れる人物はヒイロの能力に驚きの色を隠せなかった。
「(なんて恐ろしい能力なの。あんな力に操られたら、どんな力も魔法も無力だわ)」
物陰で驚く人物のことなんてまったく知らず、華那汰がヒイロに質問を浴びせた。
「それで、アリの他になにを操れるの?(まさかアリだけなんてことないでしょうね)」
「今はアリだけだ」
スパパーンとヒイロは断言した。この発言を聞いた謎の人影はさっきの自分の考えを完全否定した。
「(アタクシの早とちりだったわ。あのガキ、マジ使えない)」
生暖かい眼から白い眼に華那汰は変わり、自然と鼻で笑った。こういうのをあざ笑うというのだ。
あざ笑われたー! ってな感じのヒイロはすぐに弁解する。
「待て、今はたしかにアリしか操れないが、いつかは大魔王を操るのが目標なんだ」
「へぇーそーですかー」
まじめ気分ゼロな華那汰にヒイロは尚も熱い思いを語るのだった。胸の前で拳なんて握っちゃってさ。
「俺様は、俺様は……大魔王を影から操る『大魔王遣い』になる男だ!(カッコよく決まったぜ!)」
「あっそ」
瞬殺!
三文字でヒイロの心が硝子のように砕け散った。意外にヒイロは硝子の心を持った青年だったのね。
地面に膝を付いてうな垂れるヒイロ。自分的にカッコよく決まったシーンを簡単に片付けられてしまったのが、かなりショックだったらしい。今のヒイロは服だけでなく髪の毛も真っ白に見えるから不思議だ。燃え尽きたぜヒイロ。
ヒイロの夢も希望も心も身体も、とにかく全部砕けたところで、華那汰はさっさと帰ろうとする。だってもうすぐ昼休み終わっちゃうし。
だが、帰ろうとする華那汰の前に謎の男子学生が立ちはだかったのだ。
しかも目つきがイッちゃってるぞ!
華那汰はこっそり一歩後ずさりをした。
目の前にいる男子生徒の眼は半ば白目を剥き、舌なんて犬みたいに垂らしている。
「な、なんなのあんた!(まさか、変質者ごっこ!?)」
果たして華那汰の予想は当たっているのか?
答えはCMの後で!
なんて感じでテレビだったらなるところだが、危機に直面しちゃってるっぽい華那汰に、そんなビックリ展開は訪れなかった。普段の生活でCMが入ったらビックリだ。そんな映画、昔見たことあるぞ!
腕をだらんだらん振り子のように揺らす男子生徒の手には、なんとカッターナイフが握られていた。ピンチがよりいっそう濃くなったぞ!
でも心配ご無用(笑顔で親指立てる感じで)。華那汰の手には伝説の盾(鍋蓋)と伝説のロッド(おたま)、そして頭には伝説の兜が……な、ない!?
鉄鍋はヒイロをぶん殴ったあと地面に放置されていた。その伝説のアイテムが落ちている場所は、なんとヒイロが体育座りでいじけているすぐ横だった。
「覇道なんたら君、鍋蓋を投げて!」
華那汰が叫ぶ。
――しかし、反応ゼロ。ただの廃人のようだ。
ヒイロは完全に戦意喪失ヤル気マイナス、地面でアリと戯れ現実逃避していた。使い物にならねぇ!
思わず唇を噛み締める華那汰。
男子生徒が華那汰に飛び掛ってくる。しかも、カッター持ってるの無視で普通に飛び掛かってきた。じゃあなんでカッター持ってるんだ!
地面の瞬発力で華那汰は疾風のごとく敵の攻撃を躱す。
敵の攻撃を躱した華那汰は素早く体制を整え、おたまで敵の脳天を強打する。
カツン!
と軽い音がした。音は軽いが地味に痛いはずだ。
おたま攻撃のあと、華那汰は間合いを取って敵の様子を伺った。
殴られたはずの男子生徒はまったく痛がる様子を見せてない。まさかのノーダメージか?
けれど、殴ったほうの華那汰が痛そうな顔をしているではないか?
「ありえない、ありえなーい。これは悪い夢」
華那汰の目線の先を追ってみよう。その目線は空気中を突っ切り、男子生徒の頭に集中していた。ちょうど華那汰の殴った部分だ。その頭がなんとへこんでいたのだ。
「人間の頭があんなに簡単にへこむなんて、ありえない!(あたしは現実だなんて認めない!)」
殴られた男子生徒の頭はまるで叩かれた粘土のようにへこんでいた。おたまの形がくっきりだ。
男子生徒は怒ったのか怒ってないのか、その表情から伺えないが、とにかく男子生徒は頭の上でカッターをグルングルン回した。威嚇と言えば威嚇っぽいが、華那汰はある発見をしてしまった。
「まさか、カッターってただ手に持ってるだけ? てゆか、こいつ頭弱い?」
そう言われてみれば、そうかもしれない。白目を剥いて舌をだらんとさせてる表情は、ちょっと頭が弱そうな感じがするではないか。華那汰ナイス悟り。
そうとわかればカッターナイフなんて怖くない。赤信号、みんなで渡れば怖くない。でも、良く子のみんなは真似しちゃ駄目よ♪
アタック!
華那汰が赤信号を無視するようなダッシュで速攻を決める。
「ミラクルおたまアタック!(なんか思わず口にでちゃった)」
コツン!
またもや軽い音。今度こそ地味に痛いはずだ。
だが、しかし!
唖然とする華那汰のその視線の先には、頭に本日二個目のおたま型を作った男子生徒の頭。見た目的にはクリティカルだが、雰囲気的にノーダメージ?
さすがにこれには華那汰も為す術なし。いくら超人的な運動能力があっても、物理攻撃が効かないのでは意味がない。RPGなんかで武道家がスライム系にダメージを与えずらいのと一緒だ。
自慢の運動神経を活かすには、もうあの手しかない。
華那汰は逃げの体制に入った。自慢の瞬発力で逃げる気なのだ。それにもうすぐ昼休み終わっちゃうし、遅刻しちゃう。
逃げの体制に入り背を向ける華那汰に男子生徒が遅い来る。
そのときだった。いじけていたはずのヒイロが突然立ち上がったのだ。しかも、手には鉄鍋を持っている。
ヒイロ選手、第一球振りかぶった。
風を切り鉄鍋が飛んだ。
ゴツーン!
男子生徒の後頭部に改心の一撃。そして、言うまでもなく男子生徒の頭は鍋型に大きくへこんでいた。
頭がへこむというビックリ現象よりも、ビックリすることが起きて、華那汰は思わず口をあんぐり凝視してしまった。
後頭部を強打された次の瞬間、男子生徒の身体から骨が抜けてしまったように、ドロリと地面に溶け落ちたのだ。
ゲル状になった男子生徒の目玉がギョロリと華那汰を睨み付ける。ケンカ売られた!
華那汰は地面に転がっていた鉄鍋を拾い上げ、ゲル状超軟体人間を殴る殴る殴る!
これでもかってくらい連続殴打して満足したところで、ヒイロが駆け寄ってきた。
「駄目だ、そんな攻撃じゃ意味がない。祖父ちゃんに聞いたことがある、スライム系のモンスターは打撃攻撃が効果ないって」
「じゃあ、どうやって倒せばいいの?」
「知らん(祖父ちゃんボケてて話が途中で飛ぶんだよな)」
二人が隙を見せて会話しているところに、ゲル状超軟体人間の魔の手が襲い来る!
ゼリーみたいにぷるるんした手がゲル状の身体の中から飛び出し、華那汰が掴まれてしまった。真夏だったらひんやりして気持ちよさそうだが、今はそんな場合じゃない。
華那汰は腕を引っ張ってひんやり魔の手を引きちぎろうとするが、意外に相手の力が強くて、しかも伸縮性がいい。まったく引きちぎれない。
ひんやり魔の手と華那汰が悪戦苦闘している最中、ヒイロはスコップを拾い上げていた。
「喰らえモンスター!」
振り下ろされるスコップの一撃は、ひんやり魔の手を切断し、華那汰の腕は無事開放された。
切断され地面に転がるゼリー状の手はなかなかグロイ。
そんなことを考えてる暇もなく、次のひんやり魔の手が華那汰に襲い掛かった。しかし、ゲル状超軟体人間の身体は突如宙に浮き、放物線を描きながら深い穴の中に落ちていった。ヒイロがあの落とし穴にゲル状超軟体人間を投げ込んだのだ。
まだスコップを手に握っていたヒイロは、素早く穴の中に土を放り込み、落とし穴を埋め立ててしまった。なんという手際の良さ。
手の甲で額の汗をぬぐい、ヒイロはスコップを地面に刺してひと休憩。
「これで一安心だ。モンスターを倒したから経験値がもらえたに違いない」
思いがけぬヒイロの活躍に、華那汰のヒイロを見る眼差しが変わった。
「覇道なんたら君、ちょっと見直したかな(ただの使えないアリ遣いだと思ってたのに)」
「覇道なんたらじゃなくて、覇道ヒイロ」
「覇道ヒイロ……君、あたしのことは華って呼んで」
華那汰からヒイロへ手が差し伸べられ、二人は固い握手を交した。
ここで、華那汰が一言。
「覇道君、今のって殺人?」
「……っ!? んなバカな話あるか、どーみても人間じゃなかただろ」
「そーだよね、えへへ♪(危うく殺人犯になるところだった)」
「人間だとしても正当防衛だ正当防衛だ。それに証拠は土の中だ。お前が黙ってればパクられる心配はない」
「覇道君こそ黙っててね」
二人は再び固い固い握手を交した。その顔は互いに強張っている。
こうして二人は共有の秘密を持ち、絆が生まれたのだった。
キーンコーンカーンコーン♪
鳴り響く学校のチャイム。
「遅刻遅刻ぅ〜っ!」