第3話 決戦!巨大ナメクジの恐怖
いつの間にか教室に取り残されたヒイロ。
もう一人教室に残っていた者がいた――新任の明星ヒカル。
教室に残っているのはこの二人だけだった。
ヒイロは思い出したように明星を睨んだ。
「ナメクジですっかり話題がそれたけど、先生の車なんだろ校庭のやつ?」
「そうですがなにか?」
ナメクジで群がる教室で、この男も平然としていた。
ヒイロが声をあげる。
「なにかじゃないだろ、なにかじゃ!」
「そう言えば動かすように言われていましたね」
「そこじゃーねだろ、俺様のことひき逃げしたのキサマだろーが!!」
ヒイロをひいて逃げたのは赤いランボルギーニ・ディアボロだ。普通の車種ならともかく、滅多に見ないような車種だったら、疑いが濃厚になるのは当たり前だ。
突然、明星が不気味に笑い出した。
「ギシシシッ、あれはほんのこけおどしだ」
「認めたなこの野郎! 賠償金だ、賠償金払えよ、1万だ……いや、ちょっと言い過ぎた……1000円でどうだ!」
格安!
まるで別人に変わってしまったような狂った表情をした明星。
「キサマにはこれからもっと恐怖を味わってもらうぞ、ギシシシシシ!」
声すらも金切り声に変わっている。
さらに恐ろしいことに、表情や声以上の変化が明星の全身に現れた。
皮膚が垂れ下がったかと思うと、髪がズル剥け、眼は溢れ落ち、歯も一本ずつ抜け落ち、そのままジェルになって溶けていく。
それを見てさすがのヒイロもドン引き。
「人間じゃないのかよ!」
ヒイロの言うとおり、その姿は人間とかけ離れた存在だった。
溶けた頭の下から触覚のようなモノが飛び出した。
否――それは目玉だった。
変貌した明星がなんであるか見間違えるハズがない。それはそこら中にいるのだから――。
巨大ナメクジが現れた!!
新任教師明星の正体は巨大ナメクジだったのだ。華那汰の悪い予感が当たってしまった。
学校に群がるナメクジとこの巨大ナメクジが点と線で結ばれる。
「このナメクジもお前の仕業だな!」
ビシッとバシッとヒイロは巨大ナメクジを指差した。
「ギシシッ、そうだ、キサマに復讐するために仲間をここに集めたのだ!」
「復讐だと? 俺様はナメクジに塩をかけて遊んだことすらないんだぞ!(塩がもったいなくてそんなことできるか)」
「オレたちの復讐ではない。オレたちの王となったお方の復讐だ!」
「俺様は人のうらみなんて買ったことないぞ。貧乏人にとって買うって行為がどんなことかわかってんのかッ!」
力強く言い放ったヒイロ。
うらみというのはケンカと違って、買ったつもりがなくても買ってしまうことがある。つまり押し売りだ。
だが、今回の場合は押し売りというわけでもない。
ヒイロが勢いよく尋ねる。
「だれのうらみを買ったんだよ、言ってみろよ!!」
その名は!
「ブラック・ファラオ大神官様だ!」
やっぱりね。
「だれだよそれ?」
忘れとるしー!
思わぬヒイロの反応に巨大ナメクジは焦った。
「覇道ヒイロ……だよな?」
自信なさげな巨大ナメクジに相反してヒイロは堂々と言い放つ。
「そうだ、俺様は覇道ヒイロ、大魔王遣いになる男だッ!」
そこまで強気で言うくらいなら、“遣い”じゃなくて“大魔王”だって言い切ればいいのに。変に消極的なところがヒイロの貧乏性クオリティーだ。
ヒイロの自信に感化されて巨大ナメクジも自信を取り戻した。
「大神官様を知らないなんて嘘つきやがって!」
「知らないって言ってるだろ……ん……思い出した!」
あんなインパクトあるのに忘れられるなんて、どんだけ過去の人なんだよ。1ヶ月くらい前のことなのに。
ヒイロが思い出し、やっと互いの意識のズレが埋まった。
それはどんなことでも言えること。
たとえば恋愛でも。
長く付き合えば付き合うほど、価値観の違いなどのズレが生まれてくる。
それで別れてしまうこともあれば、妥協して付き合い続けることもあれば、価値観を埋めながら互いの絆を深めることもある。
そう、今まさにヒイロと巨大ナメクジの絆が深まった瞬間だった。
「覇道ヒイロを食い殺してしまえ!」
――ぜんぜん深まってなかった。
巨大ナメクジの命令で普通のナメクジたちがヒイロの足下に群がってきた。
だが遅い!
ジトジト粘つく糸を引きながら、ナメクジたちはヒイロの足をよじ登ろうとする。
だが遅い!
ヒイロは机の上によじ登った。
ナメクジにとって机の上はエベレスト!
……ごめん言い過ぎた。
ナメクジにとって机は上はガ○ダム!
伏せ字な上に一部にしか伝わらない例え。
とにかくナメクジが机の上に登るまでには時間がかかる。
だがナメクジは天井から落ちてきた。
作戦ミス!
「クソっ、次から次に!」
ヒイロは頭や肩に落ちたナメクジを振り払う。
普通の人ならこれだけでも精神的攻撃だが、ヒイロにとっては蚊レベルだ。
「ウザイんだよ!」
ナメクジを素手でつかんだヒイロが投げたーッ!
でも手を離れな〜い!
ベタつくナメクジはヒイロの手を離れず、しかも噛んできやがった。
「イタッ!」
ナメクジの歯をよーく見たことのある人はご存じかも知れないが、あいつら意外に歯がギザギザしてて凶暴そうなのだ。
まあ、虫眼鏡で見なければ、そんな凶暴さも伝わらないかも知れないが、今ここに虫眼鏡なしでも見れる巨大な歯があった。
そうだ巨大ナメクジだ!
巨大ナメクジがヒイロに迫ってくる。
だが遅い!(←遅れたころにやってきた三段オチ)
いくら遅いナメクジでも、時間と量をかければ驚異になる。
次々と雨のように降ってくるナメクジ。
意を決してヒイロは机を飛び降りた。
ずるっ!
ナメクジ踏んでヒイロがコケたーッ!
しかもコケたところにもナメクジがいて潰してしまった……最悪だ。
こんな最悪な戦いに終止符を打つべくヒイロが動いた。まあ、動いた結果さっきはコケたんだけど。
立ち上がったヒイロはイスを持ち上げ、巨大ナメクジに飛び掛かったのだ!
「うりゃー!」
振り下ろされたイス。
が、しかし!
巨大ナメクジがイスをかみ砕く!
こんなヤバイ歯で腕を食われたら……考えるだけで身震いしてしまう。
なのでヒイロは逃げた。
「経験値は惜しいが、ここはひとまず……」
クラスの外に逃亡すると見せかけて――イスを投げた!
さらに机を投げた!
さらに次々とイスや机を巨大ナメクジに投げまくるヒイロ。
「引っかかったな、俺様が逃げると思ったかッ!」
でも怖いので離れたところから物を投げて攻撃。
ボッコボコにされる巨大ナメクジが喚く。
「この卑怯者! 正々堂々と掛かって来い!」
巨大ナメクジの移動スピードは遅いため、遠距離攻撃には弱いのだ。
ヒイロは教室中の机やイスを投げ飛ばして、膝に手をついて肩で息を切った。
「ゼーハーゼーハー、殺ったか?」
巨大ナメクジは瓦礫の下。軟体動物はおそらくぺっちゃんこのハズだ。
だが、これで終わったわけではない。
配下のナメクジたちがまだ残っている。
ヒイロに襲い掛かってくるナメクジたち。
だが遅い!(←忘れたころにやって来る)
ヒイロは足下のナメクジを次々と潰していく。気持ち悪くて普通の人ならできない。
「俺様に勝てると思ってるのか、骨のない野郎どもだぜ!」
それは軟体動物だからだ。
廊下から迫ってくる気配!?
ドキッとして逃げ腰になったヒイロ。
新たな刺客かっ!?
廊下から流れ込んでくる白い煙。
その中から溢れ出すように現れた白い集団。
ヒイロはその集団に見覚えがあった。
忘れるハズがない。
きのう見たばっかりなのだから……
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ〜〜〜」
ヒイロは叫び声をあげながら白い集団に連行されていく。
「やめてくれ〜、あんな思いもういやだぁぁぁぁ」
白い世界に消えゆくヒイロの声。
怯えるヒイロ。
いったいきのうヒイロの身になにが起こったのか?
謎は謎のまま、この世には触れてはならないものがあるのだ。
「ぎ、やぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ミサが呼んだ特殊部隊は瞬く間にナメクジを葬っていった。
大量の白い集団が校舎に流れ込んでいくようすを見ながら華那汰は眼を瞬いた。
「あれって月詠先輩が呼んだんですよね?」
そうだと聞いていたのに、改めて聞いてしまうほど驚いたのだ。
ミサは妖しく微笑んだ。
「ええ、私の私設害虫駆除部隊よ」
「私設って個人的なって意味ですよね?(やっぱりスゴイお金持ちなんだなぁ)」
「虫が苦手なの。だから、いつ、どこで、どんなときもすぐに駆けつける部隊を保有しているのよ」
だから呼んですぐに駆けつける仕事の速さなのだ。
ナメクジを退治したあとは、校内の大規模清掃になるだろう。こんな調子では授業どころではない。生徒からも帰宅モードが盛り上がっている。
生徒たちには整列が呼びかけられ、騒ぎも少しずつ治まってきた。そのまま生徒たちは待機を指示され、教師たちはなにやら会議を設けているようだ。
そしてしばらくして、先月赴任してきた新校長のジイさんがマイクで話しはじめた。
「本日の授業はすべて中止になりました。担任の指示に従って下校準備を進めてください」
予想どおりの展開だ。
歓声が一部から上がる一方、冷静な生徒たちからは不安の声が聞こえてきた。
『教室に残してきた荷物はどうするんだよ?』と。
主にサイフや定期など、帰宅に必用な物のあるだろう。殺虫剤やらナメクジの死骸やベトベトで悲惨なことが予想されるが。
華那汰のクラスの副担任は、自分のクラスの生徒たちに明星のことを聞き回っていた。
生徒たちが明星を見たのは教室が最後。まさかその後、巨大ナメクジに変貌して、ヒイロとの死闘(?)を繰り広げていたとは、だれも想像していないだろう。
生徒たちの帰宅がはじまり、希望者の校内立ち入りが順次はじまった。
校内に入る生徒たちは、混乱を避けるためにクラス単位で移動させられ、華那汰も順番待ちをさせられた。
そんな時間にも注目を浴びているのは、いまだグラウンドに停まったランボルギーニ・ディアボロ。整列のときも校庭のど真ん中に放置されていたため、邪魔で邪魔で仕方がなかった。
そんな邪魔な車に新たな動きがあった!
ドン、ドン、ドン!
トランクの内側から打撃音が聞こえた。
中になにかいる!?
人間の心理には恐いもの見たさというのがある。
見るなのタブーは世界各地の物語に見られるモチーフだ。だいたい見たら最後、不幸が訪れるのが定番。それでも見てしまうのが、このタブーの恐ろしいところだ。
音のするトランクを開けて中身を見たい。
でも鍵がない!
見られないとなると、見たくなってしまうのも心理。
強引に開けるという選択肢もあるが、相手は高級車だ。傷つけたらあとが怖い。
しかし、もしも中に人がいたとしたら、人命に関わるかも知れない。そうなると金がどうこうという問題ではない。と言いたいところだが、やっぱり金勘定が頭に浮かんで手が出せなくなってしまう。
やがて教師たちも騒ぎを聞きつけて車の周りにやって来た。
冷静な判断でJAFとか鍵屋に電話しろなど会話が飛び交う中、またも車に新たな動きがあった。
ドン、ガン、ドンドンドン!
今までよりも激しい打撃音。
ドン!!
トランクが開いた。
そして、中から現れたのは――明星ヒカル!?
手首や足、さらに口を縛られ明星ぐったりとした様子だった。いつから閉じ込められていたかは不明だが、心身共に浪費しているのは一目でわかる。
騒ぎを駆けつけて華那汰も現場にやって来た。
「イリュージョン!?」
声をあげた華那汰。
巨大ナメクジ事件を知らない生徒たちにとっては、まるで教室から車のトランクに移動したとも思える。
教室にいた明星の正体が巨大ナメクジだったのだから、こっちにいるのは何者なのだろう?
口が縛られていた布を解いてもらい、息を切らせながら明星が話しはじめた。
「酷い目に遭いました。何者かに襲われたと思ったら、こんなところに閉じ込められてしまって……助けてくださった皆さんには感謝します」
ということは、ここにいるのが本物の明星ということなのか?
本物の明星を襲った巨大ナメクジは、本物と入れ替わって学校に侵入したということでオッケー?
だが、その図式が描けるのは巨大ナメクジの存在を知っている者だ。
ここにいる生徒の大半はぽか〜んとしてしまっている。
そもそもほとんどの生徒が新任の教師の存在を知らない。
しかし、男子生徒たちは明星がどのような存在なのか察した。
女子生徒たちの手を借りてトランクから這い出した明星の姿――男の敵だ!
無事救出された明星ヒカル。
そして、掃討されたナメクジたち。
こうして事件は幕を閉じた。
しかし、この事件は序幕にしか過ぎなかったのだ……。