第15話 悲しきニャンダバーZ
友達からもらったお菓子の空箱と、近所の林で拾った小枝。
緋色の眼をいっぱいに開いて、幼児は一生懸命なにを工作していた。
空箱に穴を開け、枝を四本刺して手足を作った。
「やったー!」
人形が完成した幼児は、それを誰かに見せたくて家を飛び出したのだった。
近くの小さな公園に子供たちが集まっている。普段なら絶対に近づかないが、今日は自ら進んで近づいた。
緋色の瞳を持つ幼児が近づくと、同年代に比べて身体が一回り大きなリーダー格の子供が、緋色の幼児を一瞥して睨み付けた。
「俺たちニャンダバー人形で遊んでんだよ。お前どうせニャンダバー持ってねえだろ(こいついんち超貧乏だもんな)」
「ぼ、ぼくもニャンダバー人形くらい、も、持ってるよ!」
「本当かよ、見せてみろよ」
からかうように言われ、緋色の瞳を持つ幼児は背中に隠していた人形を胸の前に出した。
周りの子供たちは言葉を失い、少ししてどっと笑い出した。
「あははは、なんだよそダッセー」
「ダ、ダサイとか言うなよ、ぼくの作ったニャンダバーZは強いんだぞ、ニャンダバーミサイルだってできるんだぞ!」
「うそつくんじゃねぇよ!」
「ほ、本当だよ!」
緋色の瞳を持つ幼児は、もともとお菓子の空き箱だった人形の中から、公園で拾ったドングリを取り出して、周りの子供たちに思いっきり投げつけてやった。
「ニャンダバーミサイル発射!」
「いてっ、なにすんだよ!」
ドングリを当てられた子供は怒り出し、緋色の瞳を持つ幼児に殴りかかった。
緋色の瞳を持つ幼児の頭上でキラキラ星がいくつも飛んだ。
よろめいて倒れてしまった幼児の緋色の瞳に映し出されたものは、子供たちが寄って集って自分の作った人形を踏み潰す光景。
お菓子の空き箱はいとも簡単に潰れ、手足だった枝は簡単に折れてしまった。一生懸命作った自分の人形が一瞬のうちに壊されてしまった。
次に緋色の瞳に映し出されたのは、笑いながら去って行く子供たちの後姿。
そのあとは、涙が滲んでなにも見えなくってしまった。
緋色の瞳を少年は暗い面持ちで畳に正座をしていた。
周りには父と母が、同じように正座をして暗い顔をしている。その中心には布団に横たわる祖父の姿があった。
――もう長くない。
誰もが感じていたことだった。
度重なる夜逃げなどの疲労から、祖父の様態は日を増すごとに悪くなり、ついには一日中天井を相手にしていた。
祖父のことが好きだった少年はいつものように、祖父の話し相手になっていたが、ここ数日は口を開くことすらできなくなっていた。
ここ数年は家族の重荷となり、ホラ吹き爺とまで嫁に怒鳴られていた。
祖父の話は、話半分にも信じることができないものが多く。先祖はヨーロッパの領主だったとか、何代か前の先祖は竜と戦っただとか、ときには怪物に襲われる村を助けたことがあったとか。全て御伽噺にしか思えない内容だった。
祖父の子である少年の父――雅人も幼い頃は祖父の話に胸を躍らせたものだ。しかしそれも大人になるにつれて、いつも家族を残して旅に出る父に怒りすら覚えるようになり、家族の関係は徐々に悪くなっていったのだった。
若い頃に雅人は何度も家を飛び出そうと考えたが、代々先祖が背負わせれて来た借金による苦しい生活を体験してきたためか、長男であった雅人は家族を支えなくてはいけないという気持ちがあり、家を出ることを踏みとどまったのだった。
少年が生まれた頃はまだ生きていた祖母も死んでしまい、その頃から祖父は家にこもるようになり元気もなくなっていった。家族を置いて旅に出るような人でも、やはりそれは帰る場所があってこそだったのだろう。それでも祖父は祖母について語ったことは一度もない。
祖父との思いでは少年にとって父との思い出よりも多い。忙しく金策と仕事に追われる父の背中すら見ることなく、少年は育ったのだった。少年にとって父とは祖父のことを指すのだ。
そんな祖父も今では寝たきりの枯れ木だ。しゃべることも、笑うこともできず、ただじっと天井を見つめている。祖父を嫌っていた父ですら、この姿を見てしまっては眼に滲むものがある。
家族の見守る中、祖父の口元が動いた。もごもごと咀嚼するような動き、なにかをしゃべろうと懸命にもがいていた。
「……雅人……雅人……」
「なんだい父さん!?」
雅人は枯れ枝のような祖父の手を握り締めた。
「……雅人は……雅人はどこじゃ?」
「父さんここにいるよ、僕が雅人だよ」
「雅人、雅人……」
祖父の首がゆっくりと横に向けられた。そこに座っていたのは、雅人ではなく緋色の瞳を持つ少年だった。
「雅人、こっちにおいで……わしの頼みを聞いておくれ」
少年はなにも言わず、祖父の口元に耳を傾けた。雅人はすでに祖父から手を離し、部屋の隅で家族に背を向け、肩を震わせながらしゃくり泣いている。
ボケてしまった祖父には自分の子すらわからなくなってしまっていたのだ。
「雅人や、わしの頼みを聞いておくれ」
少年は無言で頷いた。
「わしの頼みはたったひとつ……わしの代わりに世界征服を……」
最後まで祖父はこんな人だった。
そして、力を失った祖父は事切れたのだった。
祖父のホラ話を嫌っていた母のすすり泣く声が、雨音にかき消された。
「……夢か」
山奥の大きな木下でヒイロは目覚めた。
目元を拭うと薄っすらと指先が濡れていた。
「祖父ちゃん、俺……絶対世界征服するからな」
空を見上げると、枝葉の間から灰色の雲が顔を覗かせている。
ポツリと雨粒が空から降ってきて、地面に小さな染みをつくった。
ヒイロは目をいっぱい擦ると、もたれ掛かっていた木から背を起こし、腕をいっぱいに伸ばした。
身体を伸ばすと、間接などの節々に痛みが走る。
そのまま伸ばしすぎるとゴキッ!
腰を抑えながらヒイロは地面に沈んだのだ。
このせいで山を降りるのが遅れ、山の中で雨に打たれて風邪を引いて、遭難までしかけたのだった。
爽やかな陽の光が差し込む午後の教室。昼休みあとの授業は昼寝には持って来いだ。春の教室には眠りの妖精さんがたくさん飛んでいるに違いない。
手に顎を置き、華那汰はぼんやりとした目つきで隣の席を見つめた。
机の上には一輪の花が供えてあった。
市内某所でヒイロが失踪してから早一週間以上。誰のイタズラか知らないが、ヒイロの机には花が手向けてあった。
飾ってある花は黒百合。花言葉は『呪い』だ。
「(覇道くんどうしたんだろ、どこ行っちゃったのかな?)」
事あるごとに華那汰はヒイロのことを考えていた。まだ知り合って間もないが、ちょっぴり不思議な体験や冒険をしたためか、昔からの知り合いのような気まで覚える。
教室のドアが突然開かれ、寝ていた生徒たちが飛び起きた。
「はーははははっ俺様は帰ってきたぞ!(強くなってな!)」
教室に飛び込んできたのはヒイロだった。
「遅れて来たんだから、静かに自分の席に着きなさい!(こんな時間に学校に来るなんて)」
英語教師に怒られヒイロは頭を低くして後ろの自分の席に歩いて行った。
自分の机に置いてある花瓶を慣れた手つきで退かし、ヒイロは席に着くとニヤニヤしながら華那汰を見つめた。
「俺様の変化がわかるか?」
「目つきがエロくなった?」
「違う、俺様のこの身体から発せられる漲る力を感じないのか?」
「ぜんぜん(前となんにも変わってないけど)」
ガーン!
ヒイロ的大ショック。
自信満々だっただけあって、反作用でぶん殴られた衝撃はヒイロの心を打ち砕いた。
でも、大丈夫。ヒイロの心はハンマーで砕かれても再生利用可能だ。辛い人生で培ってきた賜物と言えよう。
「俺様の変化がわからないってどういうことだよ」
「だって、ぜんぜん前と変わらないんだもん」
「俺様はな、山で修行して来たんだぞ!」
「へぇーそうなんだー(山で修行なんて現代人の発想じゃない)」
クラスチェンジができずに涙を呑んだあの日の夜、ヒイロは山で修行することを決意し、ここ一週間ほど修行をしていたのだ。
野草探しや狩りをしながら過ごし、生きるために理性を捨てて本能だけで生き延びた。空腹にも寒さにも人恋しさにも絶えた。それはすべてヒイロが人生で体験してきたことに比べれば楽なものだった。
修行から帰ってきたヒイロはひと回りもふた回りも大きく成長した……はずだ。
「今の俺様ならクラスチェンジできるぜ(と思いたい)」
「まだ行ってなかったの?」
「今日の放課後、ミサ先輩を連れて行こうぜ」
「やーだ(めんどくさいし)」
「なんでだよ」
「なんであたしがあなたのことに関わらなきゃいけないわけ?」
今更だ。かなり今更だが。
「なんでって、今までだって協力してくれたじゃんかよ」
「それはそうだけどぉ」
華那汰はなんで目の前の変な奴に関わってしまったのか、一から思い出して頭の中で整理しようとした。
初めての出逢いは、朝の通学風景からはじまる。
その日、いつものように寝坊した華那汰は、口にトーストをくわえたまま住宅街を爆走していた。そして、曲がり角で覇道ヒイロとの衝撃的な出遭いをしたのだ。まだに衝撃的、顔面からヒイロに突っ込んだ。
次の出会いはヒイロが転校生としてやってきたところ。
展開は急展開もいいところで、いきなり学校裏に呼び出されてしまい、『大魔王遣い』なんかの話を聞かされた。そのあとだ、事件が起きたのは――。
突然に現れたスライムの化け物に襲われ、どうにか撃退するが、また襲われるのではないかという恐怖を覚えた。どちらが狙われたのかは今でもわからない。二人とも自分が襲われたと思い込んでいる。
過去のことをいろいろ思い出した華那汰は頭を抱えた。
「(そうだった、変な怪物に襲われたんだった。やっぱりあたしがお姉ちゃんの関係者だから襲われたのかなぁ)」
キーンコーンカーンコーン♪
授業が終わり、椅子を引きずりながらヒイロが華那汰に近づいてきた。
「行くんだろ?」
「どーしよーかなぁ(あたしどうしたらいいんだろ。月詠先輩と一緒にいたほうがいいのかな。そーすると、月詠先輩が覇道くんと一緒に行くことになったらあたしも行かなきゃいけないのか)」
「おい、行くんだろ?」
「月詠先輩が行くんだったら行く(あぁーいいのかなぁ、これで)」
「じゃあ決まりだな、あとでミサ先輩に会いに行こうぜ(ついにクラスチェンジか、はーはははははっ)」
そんなこんなで結局、華那汰はヒイロと行動を共にするのだった。