第12話 みんなーっ健康になりたいかーっ!
なに食わぬ顔をしてるかどうかは見えないが、紙袋を被った二人組みが地下に降りていった。
地下世界は上の文明とはかけ離れた場所だった。
岩壁に囲まれた巨大な地下洞。
オレンジ色のランプが照らす内部は薄暗く、大きく開けた空洞に信者たちが集まっている。
獣が唸るような重低音が反響した。それは呪文のように頭に鳴り響く、神に捧げる詩だった。
――神にイケニエを捧げる詩。
十字架に四肢を繋がれ磔にされ、口枷を噛まされている少女の姿が見えた。信者たちに捕まってしまったミサだ。
磔られている台座の下には焚き木の準備までしてある。これから焼き芋大会か!?
なんて呑気な想像ができたらいいのだが、どう見たって中世の魔女裁判っぽい雰囲気がする。場合によってはもっとヒドイかもしれない。
ドラムロールとスポットライトに照らされ、壇上にブラック・ファラオが姿を見せた。
「ちわーッス。今日もみんながお楽しみにしてた儀式の日がやってきたよぉ。みんなノッてるかーい?」
軽い挨拶に、重い唸り声が返ってきた。
「うぉぉぉぉぉ!」
飢えた野獣の雄たけびだ。
ブラック・ファラオの手にはいつの間にかマイクスタンドが握られている。
「では、さっそくぼくの歌を聴いてください。呼ばれて飛び出てアブラハダブラ、スゥーっとそぉーっ、グヨぉんとスゥーっとザアザアー♪」
なんとブラック・ファラオが突然歌いだした。しかも歌詞電波な香で意味がわからん。てゆーか、歌い方が内股のぶりっ子だ。しかし、ぜなか心に沁みる歌だ。
ノリノリで歌っていたブラック・ファラオの動きがピタッと止まった。
「うそでーす、ぼく白痴なんで歌いません。間違えましたぁ白痴じゃなくって音痴でしたぁ、にゃはは」
頭を後ろを片手で抑えて笑うブラック・ファラオは大神官の威厳の欠片もなかった。
壇上で寸劇をするネジが一本抜けた青年とは対照的に、信者の中に紛れ込んでいるヒイロと華那汰は笑っている場合じゃなかった。
「(ミサ先輩をどうやって助けたらいいんだよ)」
「(もぉどうしたらいいの、こんなにたくさんいたらあたしたちに勝ち目ないじゃん)」
人気歌手のライブ会場みたいにギュウギュウ詰めの総立ちだ。スリ行為ぐらいしてもバレないけど、ミサを助けに行ったらバレちゃうぞ。
助けに行こうにも行けない状況で、奇妙な儀式は先に進んでいく。
マイク片手にブラック・ファラオがニヤリとした。これは合図だ。信者たちはゴックンと息を呑んでブラック・ファラオの次の言葉を待った。
「ついにみんなのお待ちかねの時間だよぉ。みんなーっ健康になりたいかーっ!」
「うぉぉぉぉぉぉ!」
「みんなーっ長生きはしたいかーっ!」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
信者たちの声に空気が激しく振動し、天井から砂埃が降って来た。
「我らが神の力により、今日もイケニエの心臓を喰らった者に永遠の命が与えられるよぉ!」
ブラック・ファラオの声が高らかに鳴り響き、壇上の袖から紙袋を被ってウサギ耳のバニーちゃんが出てきた。
その編みタイツのバニーちゃんの太ももやヒップに目が行ってしまうが、注目すべきはバニーちゃんの持ってきた抽選ボックスだ。
ヒイロたちも会場に入るときに引かされた抽選札。そこには番号が書いてあった。豪華商品が当たる抽選会だったらいいのだが、どうやら雰囲気が違うと言っている。
「それでは抽選をはじめるよぉ!」
ブラック・ファラオの手が抽選ボックス突っ込まれた。固唾を飲み込む瞬間だ。
どこからかドラムロールが聞こえる。よく見たら生演奏だ。変なところにこってるらしい。
華那汰は自分の持っている札の番号を改めて見た。
「……一三番(なんか不吉な数字)」」
横目でちらりと華那汰の札を見て、ヒイロも自分の札を見ることにした。
「よんじゅう……(四二番か!? 不吉すぎるぞ!)」
ジャン!
ドラムロールが鳴り止み、高らかに上げられたブラック・ファラオの手に握られた紙切れ。そこに書かれたナンバーはいくつだ!
「四二番の札を持っている方、見事当選でーす!」
ブラック・ファラオに読み上げられた番号に、会場が一気に波立った。誰が当たったのかと信者たちがあたりを見回す。
その中で、白い学ランの男が恐る恐る手を挙げた。四二番の札を幸運――不運にも持っていたのはヒイロだ。
盛大な拍手の中に狂気の眼差しを含みながら、ヒイロはあれよあれよという間に磔にされているミサの前まで連れて行かれてしまった。
磔にされているミサは、サングラスの奥から目の前の白い学ランに注目した。
「(ヒイロくんに間違いないわ。どうやって私のこと助けてくださるのかしら……楽しみだわ、うふふ)」
口元を妖しく緩めるミサの表情を紙袋の中から見て、ヒイロは額と背中に脂汗をかいてしまった。言葉じゃない、妙なプレッシャーを感じたのだ。
固まりつくヒイロの手に、錆びたナイフが握らされた。
紙袋に開けたら穴から、信者たちの目玉がヒイロに注目する。
ナイフを握らされたはいいが、ヒイロはそこから動くことができず、足元からブルブルと震えが上がってくる。
「(どうしたらいんだよ。ミサ先輩のこと殺せるわけないし、かといって殺らなかったら、俺様の身がどうなるか)」
ヒイロを見る信者たちの眼は濁り血走っている。この場はすでに血に喝采でしか治めることができないのだ。
躊躇っているヒイロにブラック・ファラオが声をかける。
「イケニエになる彼女も魂が滅ぶわけじゃありません。魂は冥府の神と同化し、いつの日か復活する日が来るのです。だからプスっとね♪」
爽やか笑顔でサラッと言いやがった。
永遠の命を得るために、イケニエの心臓を喰らう。しかし、イケニエは殺されても魂は不滅だという。なにかが矛盾しているような気がする。
信者たちが地面を踏み鳴らし、リズムを奏ではじめる。
そのリズムはまるでヒイロの心臓の鼓動を表しているかのように、だんだんとテンポが上がっていく。
さっきはドラムロールだったが、今度は和太鼓がマッチングしそうだ。とか思ってたら本当に巨大和太鼓が叩かれているではないか!
しかも、上半身裸でふんどしスタイルの漢の中の漢が汗水たらしながら叩いている。もちろん頭には紙袋。シュールだ。
ヒイロはナイフを握りなおし、大きく振り上げた。と思ったら下げた。と思ったら振り上げた。と思ったら下げた。
踏ん切りがつかず度胸もない。
だが、ついにヒイロがナイフで切り裂いた!
スパッ!
ミサの手首を固定していたロープが片方外された。
信者たちの足踏みが止んだ。
ヒイロは残り一方の手首を固定しているロープに素早く手をかけた。
「き、切れない(さっきは簡単に切れたのに)」
「自分でやるから短剣を渡して!」
叫ぶミサにナイフを渡すと、続けざまにミサがしゃべった。
「切ってる間、その方たちのことは任せたよ、うふふ」
ミサのサングラスに反射して映し出される信者たちの姿をヒイロは見た。
「やばっ、マジか!」
信者たちがスローペースで襲い掛かってきた。
スローペースなのが幸いしてか、ミサは自分を捕らえていたロープを全て切り、自由の身になることができた。
このままスローペースだったら、もしかしたら振り切れるかもしれない。だが、次のブラック・ファラオの言葉で状況は一変するのだった。
「この場は聖域だよ、少しくらい走っても肉体は崩れやしない。でも、張り切りすぎは注意だよぉ!」
ゴーサインが出て信者たちが一斉に、雪崩のようにヒイロたちに押し寄せてくる。
いち早く軍勢を抜け出して走ってきた信者がヒイロに襲いかかろうとした瞬間。
悲痛な叫びが木霊し、ヒイロに手を伸ばした信者の足が泥のように崩れてしまった。
足が崩れても、それでも信者の上半身はまだ動いている。
崩れた信者を見てブラック・ファラオが呆れたように言う。
「だーかーらー、張り切ったら駄目って言ったのに、ぼくの話聞いてましたかぁ?」
崩れた信者は息絶えることなく、ヒイロの足を掴もうとする。だが、その手もヒイロの足を掴む前に崩れてしまった。
目の前で人が崩れるのを見て、ヒイロは青い顔をして足を一歩後ろに引いた。
グズズグズズと泥人形が崩れるように、肉体が朽ち果てていく。
仲間の信者が崩れるの目の当たりにして、他の信者は恐れをなして身動きができなくなってしまっていた。
見かねたブラック・ファラオが叫ぶ。
「そのイケニエに心臓を喰らえば不死身になれる。さあ、殺せ、殺せ、殺せ!」
恐れをなしていた信者の中から数人がミサに向かって駆け寄って来る。
パニック状態でなにもできなくなっているヒイロの横を擦り抜け、信者がミサに飛び掛った。
前から飛び掛ってきた信者をミサは紙一重で交わしたが、後ろからも信者の魔の手が!
腕を押さえられ、ミサは握っていたナイフを落としてしまった。
後ろから羽交い絞めにされるミサに、ナイフを拾い上げた信者がゆっくりと近づく。
「さあ、殺して心臓を喰らうんだ。流れ出る血にも魔力があるから、全て飲み干せ!」
ブラック・ファラオの表情には狂気が浮かんでいた。人間を逸脱した狂気の表情がそこにはあったのだ。
信者の群れの中から華那汰が飛び出してきた。
「月詠センパーイ!」
華那汰の叫びと同時に、ナイフを持った信者の身体がミサの身体を重なった。