第11話 電波系大神官ブラック・ファラオ!
息を潜めながら匍匐全身で廊下を進むヒイロ。
「……なんで(次から次へとゴキブリのように沸いて来るんだよ)」
華那汰たちと当然なるようにして見事にはぐれてしまったヒイロは、そのあとも信者たちに追い掛け回され、四階の廊下でどうにか追っ手を巻けたらしい。
人の気配がする。
「おい、聞いたか負け犬クィーンの杉本かほるが電撃入籍だってよ」
「マジかよ、嘘だろ」
「マジマジ、御曹司かなんかと結婚だってよ」
「玉の輿かよぉ」
いたって平凡な芸能ネタだった。だが、注目すべき点はそこではない。紙袋を被っているために、口のところがボゴボゴ動くとこがポイントだ。ツボにハマると笑えてくる。
ヒイロは笑いを必死に無理やり堪えて変な顔になりながら、辺りを見回して隠れる場所を探した。そのとき、ヒイロの目に赤い物体が飛び込んできたのだ。
消火器だ!
素早く消火器をゲットしたヒイロは、それを持って雑談をしている二人の信者に向かって飛び込んでいった。
「喰らえ!」
突然現れた白学ラン青年に信者たちはビクついたが、ヒイロの動きのほうも怪しかった。
「あれ、出ないぞ、押したら出るんじゃないのか?」
消火器と格闘する謎の青年を見て、二人の信者は顔を見合わせたが、不振人物と判断して飛び掛ってきた。紙袋を被っているほうもよっぽど不振人物だが。
「あー栓を抜いてから押すのか……うわあっ!?」
ヒイロの持っていた消火器が突然白い粉を吐いた。暴れようとする噴射口をしっかり押さえているうちに、あたりはすっかり銀世界――じゃなくって真っ白けっけ。
視界を奪われた世界に硬い音がゴツンと鳴り響いた。とてもリアルな音で嫌な感じだ。なんて思ってるヒマもなく、バタンという音が続けざまに鳴った。
「おい、どうした!?」
信者の一人が叫んだ。
ゴツン!
またもや生温いような嫌な音。
バタンと音がして、すぐに廊下をタッタッタッと駆ける音。
音ばっかりでイマジネーションが大切だ。けれど、白い世界はすでに治まりはじめ、廊下を駆けるヒイロの姿が見えてきた。
消火器を腕に抱え、手には紙袋を二枚持っている。さっきぶん殴った男たちが被っていた紙袋を素早く奪ったのだ。
紙袋を頭から被って信者に変身!
簡単に変装したヒイロは残った紙袋をポケットにしまい、消火器を適当にそこら辺に置いた。
「(これで完璧だ!)」
ヒイロいわくだが。
なにも恐れるものはなくなったヒイロは廊下を平然と闊歩し、ビルの散策をやっとはじめられた。
このビルに来た目的はガイアストーンを見つけるためだ。さっきまでは鬼ごっこがメインだったが、これからは情報収集だ。
「(情報を制すものは世界を制す!)」
ヒイロの祖父がよく言っていた口癖だった。
「(祖父ちゃん、ガイアストーンを見つけて強くなって見せるぜ!)」
新たに誓いを立てながら歩いていると、慌てた様子の信者がスローペースで寄ってきた。
「おい、侵入者だそうだ。怪しい人物を見なかったか?」
怪しい人物なら、ここにいる――紙袋を被った奴らが!
「いいや、見なかったぜ(俺様の変装が巧妙すぎてバレる気配もないな)」
巧妙もなにも、ただ紙袋を被っただけだ。
「そうか、怪しい人物を見つけたら生け捕りにして地下に連れてけだそうだ」
「おう、不振人物なんて俺様がとっ捕まえてやるぜ」
「じゃあな」
「おう、またな!(地下になんかあるのか?)」
地下に降りようと階段まで行くと、信者たちが溢れ出るように階段を上ってきた。思わずヒイロは壁のくぼみに隠れたが、変装していることを思い出して、信者のひとりに声をかけてみた。
「どうしたんスか?(俺様たちにこと探してるのか?)」
「大神官様が温泉めぐりの旅からお帰りなったらしい。屋上までお迎えに上がるところだ」
「なんで屋上?」
「屋上のヘリポートに降りてくるらしいぞ……風船に乗って」
「は?(風船ってなんだよ?)」
「お前知らんのか? ははーん、さては新人だな」
「はい、そうなんスよ(招待がバレると思って汗かいたーっ)」
「大神官様は登場にこだわる人でな、前回は隣のビルから人間大砲で、その前はパラシュートで登場(そのときは着地を誤って足を骨折したんだがな)」
大神官という人物が、偉い人物だということは信者が総出で向かいに出ることからわかる。だが、人間大砲にパラシュートなんてする大神官と聞いて、人物像がはちゃめちゃになってしまった。サーカス団のピエロみたいな人なのか?
地下に行こうとしていたヒイロだが、大神官のほうに興味を引かれ、信者たちについていくことにした。のはいいが、どうにもこうにも、信者たちの歩きは遅く階段を上って屋上に行くのには時間が掛かりそうだ。
エレベーターを使ってもこんな大人数では順番待ちがあって時間がかかる。
ヒイロは流されるままゆったりと屋上へと向かったのだった。
屋上にやっとこさたどり着くと、そこはすでに信者でいっぱいで見渡す限り紙袋だった。屋上なので紙袋が強風に煽られ、大きな音を立てている。
紙袋集団の首が一斉に動く。
向こうの側のビルの近くを赤青緑、色とりどりの風船が固まって飛んでいる。その風船から伸びた紐は途中で二本にまとめられおり、その紐の先端は謎の箱に固定されていた。
徐々に近づいてくるにつれて、その箱がなんであるか漠然としてわかってきた。『歴史スペクタクルエジプトなんたらかんたらの謎』みたいな特集番組で見たことのあるアレだ。
風船に乗ってやってきた箱は、ミイラを入れておく棺だった。
棺はビルの屋上の真上まで来ると、あっちこっちをふらふらしながら着地視点を定めているようだった。
ビルの屋上にはヘリが着地する際に使う目印……じゃなくって。何重にも円が描かれ、点数が書き込まれた的が描かれていた。
まさか!?
風船の糸が切れて棺が急落下。
落ちてくる落ちてくる、棺が落ちてくる。めったに見れない光景だ。
ズシンとコンクリの地面を割りながら、棺が着地した地点はなんと一〇〇点と描かれた小さな赤丸。
信者たちが唸り声にも似た歓声をあげた。
「うぉぉぉぉぉぉーっ!」
歓声が鳴り止まぬ中、信者が棺にスローペースで近寄り、オープン・ザ・ドア!
ドライアイスで焚かれたスモークとスポットライト浴びて、ついに大神官が姿を現した!
ヒイロの第一印象。
「(ミイラ男かッ!)」
ヒイロかカがツッコミを入れてしまったのも無理はない。どうみてもミイラ男なのだ、しかもちょっぴり斬新な。
素肌に直接巻いていると思われる包帯の隙間から所々見える黒壇のような肌が生々しく、顔は包帯ではなく片目に眼帯をしているところがチャームポイントだ。しかも、その顔と来たら、肌の色とはミスマッチな若い白人系の顔立ちだった。どこか中性的な顔をしているのも不思議さを煽っているように思える。
「ブラック・ファラオ様の御前であるぞ、頭が高い控えおろう!」
大神官ブラック・ファラオの左側の付き人Aが言った。
ブラック・ファラオが杖を突きながら前へ一歩出ると、頭に被っていた帯状冠に装飾されていた鏡が眩いまでの輝きを放った。
信者たちがいっせいに膝をついて頭を下げ、ヒイロもすぐに真似して頭を下げた。
「(あいつが大神官か……てか、大神官ってなにする人だよ)」
神官とは神に奉仕し、神を祭ることを業とする者のことである。神官の歴史は古く、古代宗教や古代エジプトにもいた。
ファラオとは古代エジプトの神権皇帝のことで、よく耳にしたことのあるような、ないようなツタンカーメンも古代エジプト王朝のファラオだった。
ブラック・ファラオは信者たちを見回して人懐っこい笑みを浮かべた。
「いや〜、箱根はいいところだったよぉ。芦ノ湖の観光船で本物の大砲まで撃たせてもらっちゃってさぁ。今度はみんなでお布施を積み立てて行こうね♪」
顔立ちは思いっきり外国人なのに、思いっきり日本語だった。
「みんなにお饅頭とキーホルダーのおみやげ買ってきたので、あとで仲良く分けてくださいねぇ」
信者が開けた道を通りながら、ブラック・ファラオは階段出入り口に足を運ばせていた。
包帯の先を風になびかせ、ブラック・ファラオが跪いているヒイロのすぐ横を通り過ぎようとした、そのときだった。ブラック・ファラオの足が突然に止まったのだ。
「あぁ〜そうそう、この中にうちの信者じゃない者が混ざってるよ。心当たりのある方、手をあげて名乗り出てくださ〜い」
ブラック・ファラオのつま先を見ながらヒイロは汗たらたらだった。自分のことを言ってるに違いない。けれど、自分で手をあげるアホがどこにいる?
ココにイターッ!
だが、それはヒイロではなかった。ヒイロとはだいぶ離れた場所に跪いていた信者が、手を上げながら立ち上がったのだ。紙袋被るその下はどこかでみたことのある黒いロングスカートスタイル。
立ち上がり紙袋を取って顔を見せたのは、なんとミサだったのだ。
「私が信者ではないわ。捕まえるなら早く連れて行ってくださる?」
ブラック・ファラオがにっこりと笑い、奇声を発する。
「にゃはは、今日のイケニエは君に決めた♪」
持っている杖をビシッとバシっとミサに向け、そのまま杖を出入り口へと向けた。連れて行けの合図だ。
ミサはなんの抵抗もせず、おとなしく連れて行かれてしまったのだった。
ミサが信者たちに連れて行かれ、ブラック・ファラオも姿を消してしまった。
信者たちがまったりと階段に流れ込んでいく。
ヒイロも帰ろうと波に乗ろうとすると、その腕をなにものかに引っ張られてしまった。
「覇道くん、あたしよ」
耳元で女の子の声がしてヒイロが振り向くと、そこにはやっぱり紙袋。だが、その下の服装はどっかで見たことがあった。パーカにミニスカ。
「ああっ華か!(こいつもここにいたのか!)」
グフッ!
ヒイロの腹に重いボディーブローが入った。
「しっ、声がデカイ」
「だからって殴ることないだろ」
ヒソヒソ話で二人は話しはじめた。
「覇道くんがはぐれてから、あたしたち大変だったんだよ」
「お前らがはぐれたから、俺様も大変だったんだぞ」
どちらも責任の擦り付け合いだった。
「月詠先輩はあたしを逃がすためにわざとおとりになって捕まっちゃうし」
「お前のせいでミサ先輩が捕まっちまうしな」
「覇道くんだってここにいたんなら、ミサ先輩にかばってもらったんじゃん!」
ギュゥゥゥ。
華那汰の腹の肉が抓まれた。
「しっ、声がデカイぞ(仕返しだ)」
「……わかってるって(仕返しか)」
低レベルの子供のケンカだ。
「ミサ先輩捕まっちまったけど、どうする?(こいつと二人じゃ助けらんないだろ)」
「どうするって助けに行かなきゃ(……あたしたち二人でかぁ)」
「捕まったら地下に連れて行かれるって聞いたぞ」
「じゃあ早く地下に行こ」
「おう!(待ってろミサ先輩!)」
こうして二人はミサが『なにかある』と感じていた地下に向かうのだった。
果たして地下で二人を待ち受けているものとは?