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「お兄ちゃん、そろそろ集まったからお母さんのところに行こうよ」
グレーテルが話を切り出した。
「うーん、そうだな。しかし、他に持っていけそうなものはないか?」
「そういえば、大きな水晶玉があるよ」
「それなら、それも持っていこう。きっと高く売れるぞ」
二人は、孤独に暮らす者達の同情を誘って家のものを盗む、どろぼう一家の子供だった。
グレーテルは、いつも掃除をしている魔女の寝室に行き、タンスの一番下の段に大事にしまってある包みを取り出した。
「ほら。これよ」
「本当にでっかい水晶玉だな」
グレーテルが、直接水晶玉に触ったそのとき。
「きゃあああ!」
「グレーテル、どうした? おい、大丈夫か!」
体中がしびれ、グレーテルは気を失った。水晶玉には、魔力のない人間が触れないような呪いがかかっていたのだ。
「くそ! あの魔女め!」
ヘンゼルは、水晶玉以外の宝石をすべて袋に詰め、グレーテルを背負って外に出ようとした。
「おや、ヘンゼル、どうしたんだい?」
運悪く、友人への手みやげを取りに戻った魔女と鉢合わせした。
「……グレーテルが、気絶してしまって」
「まさか、あの水晶玉に触ったのかい?」
「うん。その……間違えて、掃除のときに」
ヘンゼルが嘘をついていることは明白だったが、魔女はひとまずグレーテルを助けることにした。急いで台所に行き、薬を作る。
「それは毒なのか?」
ガラスのビンに入った緑色の液体を見て、ヘンゼルは顔をしかめた。
「まさか。呪いを解くための薬だよ。信じないのはあんたの勝手だが、殺しちまったら本当のことを聞けないだろう」
「分かった。信じるよ」
グレーテルの口に、ひとさじ薬を流し込むと、小さく咳き込んだ。
「……お兄ちゃん」
「グレーテル! よかった」
「まったく。いったいなんだって水晶玉に触ったんだい?」
「あ、あの、部屋の掃除をしようとして」
「嘘を言いなさい。お前たちが直接触らないように布で包んであったのに間違えて触ることがあるかい」
「でも、危ないものが置いてあるなんて聞かなかったぞ!」
ヘンゼルは声を荒げた。
「……宝がほしいならやるよ。けどね、もう二度と私のもとに現れないと約束しておくれ」
魔女は吐き捨てるように言うと、棚に薬を戻すために立ち上がった。
「分かったわ」
グレーテルは素早く身を起こして箒を手に取ると、魔女の足に引っかけた。
魔女はバランスを崩し、そばにあったかまどに薬のビンを落としてしまった。
こぼれた薬のせいで一層燃え盛る火。すかさず魔女の背中を押すグレーテル。
「何をするんだい!」
魔女が叫びながら指を鳴らすと、火は一瞬のうちに消えた。
「これ以上何かしたら、本当に食っちまうよ!」
二人の子供達は、「魔女だ!」と叫びながら騒がしく逃げて行った。
その後魔女は、この森にはもう住めないと考え、遠く離れた山奥に引っ越した。
そうして、「たとえ子供であっても人間など信用しない」と誓い、寂しく暮らしたのだった。