第五節
早朝にも関わらず、クロスフェール駅は乗降客でごった返している。
「ちょうど南方鉄道も着いたようですね。皆さん、お気をつけて」
モデルトレデト大佐はさりげなく警戒を促した。外国人を狙う過激な守旧派は未だに多い。アニエミエリやドレモンティス曹長が鋭い視線を周囲に向けた。
しかし、オリビノエイタはふらふらと歩み出していた。近年の政治情勢にはあまり興味がなく、長らく大学の教室や研究室で過ごしていたせいか危機感も薄い。これほど多くの西新大陸人を前にしたオリビノエイタに自制心や警戒心などなかった。
アニエミエリの荷物を両手一杯に抱えたまま、オリビノエイタは行き交う人々に好奇心を向け続けた。南方鉄道を降りた人々の多くは商人のようだ。商魂たくましい商人たちは近代化をうまく利用しているという。また、南部の貴族もちらほらと見受けられる。彼らは戴冠式に列席する高位貴族だろうか、それとも単なる物見遊山の下級貴族だろうか。もしかしたら、豊かな大商人かも知れない。
「あ、オリタ!」
夢中になっていたオリビノエイタはアニエミエリの呼び声で我に返った。その瞬間、体に衝撃を受けて尻餅をついてしまった。走っていた誰かにぶつかったのだと気づくのに数秒を要した。
「いてててててて」
ぶつかった相手――少女も尻餅をついたらしい。床に座り込んだまま、腰の辺りをさすっている。十代前半の小柄な少女だ。
「あ、ごめん!」
オリビノエイタは慌てて立ち上がり、少女に手を差し出した。旧大陸では古語になってしまった神聖語がとっさに出たのは長年の勉学の成果だろう。
「大丈夫!?」
助け起こされた少女の手は小さく、指も細かった。農民や商人、職人ではないだろう。だが、黒い髪は伸ばし放題といった感じで、しばらく櫛も通していないようだ。つまり、貴族の子女でもない。
「あ、はい! 私は大丈夫です! こちらこそごめんなさい!」
勢いよく話す少女の瞳がオリビノエイタの心を捉えた。文献で得た知識でしかないが、それはまさに彼の欲したもの。赤い瞳。
「もしかして、君は――」
「すいません! 私、今すっごく急いでるんで! では!!」
あれよあれよという間に小さな背中は雑踏に消えた。彼女の赤いローブの背中には大きな紋章が銀糸で刺繍されていた。龍神遊弋紋――魔術師たちの総本山、レーナリーク王立魔術院の紋章だ。間違いない。
「あの子、魔術師だ……!」
旧大陸の青年オリビノエイタ・エパスタと魔術師の少女ミューネ・ルナッド・リューゼの最初の出会いはほんの偶然で、あっという間のことだった。