第四節
船旅の疲れを癒す間もなく鉄道の旅が始まった。当初は鉄道などという近代の象徴のような乗り物を残念がったオリビノエイタだったが、列車がマリーワール市街を抜けると彼の疲労も憂鬱もすぐに吹き飛んだ。
マリーワール駅を出発した東方鉄道は広大なヴェリアル大平原を横切り、平原中央部の帝都クロスフェールを目指す。その車窓からの眺望はオリビノエイタを満足させるに十分なものだった。それはまさに中世らしい牧歌的な風景であったからだ。
広大な小麦畑では夏の成長期に向けて農民が雑草を刈り取っている。ヨッセル川の支流には水車も見えた。晩夏から早秋に小麦を収穫したら、水車で製粉するのだろう。
森の近くの草原では無数の羊が放牧されていた。牧童と牧羊犬が警戒するのは狼の群か、それとも森に住まう凶暴な魔獣だろうか。想像するだけで心が躍る。
沈み行く夕日に照らされて、丘の上の城館はまるで影絵のようだ。領主は鉄道で潤ったことだろう。通過した駅の周りには真新しい建物が並んでいる。商家の丁稚らしき少年が列車に手を振った。オリビノエイタも手を振って応えた。
モデルトレデト大佐ご自慢の蒸気機関車は一昼夜走り続け、のどかな景色を過ぎ去っていった。アニエミエリを長とする教官団と大佐は食堂車で明日以降の予定を話し合っていたが、そこにはマリエスタ陸軍の従卒がいる。仕事のないオリビノエイタは一晩中、子供のように窓に張りついていた。夜の闇に染められても、そこには彼の望む世界が広がっているのだから。
翌朝、空が白み始めると、朝霧のカーテンに大きな影が浮かび上がった。線路はそこへ、まっすぐに続いている。見渡すと人家が増えてきていた。煙突から煙が上がり、人々の営みを告げる。列車が進んだせいか、風が朝霧を払ったせいか、大きな影の正体があらわになった。
「千年の都……これが帝都クロスフェール」
機関車の汽笛がオリビノエイタの呟きを掻き消した。
巨大な城壁の向こうにはいくつもの白亜の尖塔がそびえ立っている。およそ千年前、大平原を平定した聖帝が築き上げたヴェリアリープ帝国の都であり、西新大陸最大の都市――帝都クロスフェールである。
守旧派貴族の反対を押し切り、先帝はクロスフェール駅を大城壁の内側に作った。そのため、列車は専用の城門を通って帝都へ入城する。城門を抜けると、そこには伝説の白亜の街並みが広がっていた。
「ふぁーあ。ついたー?」
だらしなく大欠伸しながら部屋を出てきたエルルティスの声も聞こえない。オリビノエイタは列車に手を振ったあの少年と同じ瞳をしていた。