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汝の零した青き涙に  作者: 嘉野 令
第九章 夜戦
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第十節

 一気に膝を屈め、一閃。

「ほっ」

 エルルティスの低い横薙ぎが鬼人の喉を斬り裂いた。

 体格差が大きいため腕力で押し負けることはないが、長身のエルルティスが鬼人族を斬るには工夫が必要だった。それでも、四十、五十と切り伏せ、綺麗な庭園を血で穢していく。

 人間よりも気配の正直な鬼人の放つ毒矢は避けやすい。

「よっ」

 呼気ひとつ、紙一重で避ける。矢は長い銀髪を撫でただけで飛び去った。

 アニエミエリたちと別れておよそ一時間。剣を握っている以上、いくら戦い続けようとも平静を失うつもりはないし、敵ならぬ疲労に負けるつもりもない。

 とはいえ、大立ち回りにも限界が見えてきた。角笛に呼び寄せられる鬼人がさすがに多すぎる。軍略がわかればここに拘らず皇帝なり帝冠なりを狙うのだろうが、鬼たちは愛らしいほどに愚かしい。当初、帝都の中枢を奇襲した統制はすでに失われている。指揮官に余裕でもなくなったのだろうか。おかげで無謬園は血の海である。

 愛刀は血と脂でべっとり。

 今なお十、二十と鬼が増える。

 アニエミエリの言うとおり、この街には友軍も援軍もいない。

「ふぅ……」

 刀を降ろし、ため息をつく。

「ここまで、かな」

 唐突に消えた殺気に鬼人族は躊躇うが、じりじりとエルルティスを囲い込む。その数、およそ百匹。よく引きつけたものだ。

「けっこーがんばったと思うんだよね」

 晴れ晴れとした貌で、まるで諦めたかのような言葉を口にする。しかし、それはただ、ひとつの仕事の終わりを告げたに過ぎない。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォ!!」

 鬼たちも震えるほどの叫び声。金髪碧眼の整った顔立ちには似合わないな、なんて思う。

 いの一番に飛び込んできたのは無紋の青いマントを翻す剣士。重たく、自らを隠し、欺すような甲冑を今夜は着こんでいない。例の気取った態度もかなぐり捨てている。

 ピアニエ・イェンスト・エリーティングスは手当たり次第に鬼人を斬り捨てた。

「ピアニエに続けェ!! 遅れをとるなァ!!」

 馬も紋章もない騎士たちが後に続き、怒濤の勢いで鬼人族を横合いから突き崩す。

「碧空騎士団総長! グレクス・ミューガン・ヴァリアマンス推参! ふぅんッ!!」

 宮殿で見かけた大男が名乗りを挙げながら長柄の戦槌を振るう。豪快な一撃に三匹ほどまとめて吹っ飛ばされる。

 ある者は長剣で、ある者は手槍で、またある者は鉄球で鬼人族を蹴散らしていく。

 三十名ほどの碧空騎士団だったが、ぎりぎりまでエルルティスが敵を引きつけた甲斐もあり、無謬園に集った百を超える鬼人族はあっという間に討ち取られた。

 だが、最後の鬼人が逃げ出しても勢いの止まらない騎士がいる。

「エルルティス・ルクスティー!!」

 鬼人へ向かったそのままの勢いで、ピアニエがエルルティスへと斬りかかる。

「おっと」

 大上段からの強烈な一撃を横一文字で受ける。ふたりで十文字を作るのはオリビノエイタを助け出したときと同じだが、あのときとは比べものにならないほど苛烈で正直な太刀筋。

「ほら」

 払い除けようにも気迫が強くうまくいかない。

「思想とか隠し事とか捨てたら強いじゃん」

 ひとりの剣士として、世界の果てで強敵に出会えたことが嬉しいエルルティス。

「うるさいッ!」

 ピアニエは嬉しくないらしい。怒鳴られてしまった。

「そこまでにしておけ、ピアニエ」

「でもッ! この女はッ! この女は僕がッ!!」

 グレクスの制止も聞かず、鍔迫り合いへ。

「女、女って言うけどなぁ、ピアニエ」

 目の前の修羅場にも動ぜず、グレクスは少し呆れている。

「お前だって女だろう」

 彼女自身にもエルルティスにもわかりきったことであるが、改めて言われると落ち着かないのであろう。女騎士ピアニエは剣を退いて怒鳴った。

「グレクスさんッ!!」

 怒りか羞恥かちょっと顔が赤い。最強の剣士と謳われたピアニエのその反応にグレクスは呆れ、他の騎士たちはにやにやしている。

「その異人にはもうバレてるんだろう? 別にいいじゃないか、なぁ?」

「ねー」

 グレクスと面識はないが調子に乗って応じてみた。

「き、貴様は黙ってろ!」

「ふえーい」

 再び斬りかからんばかりに睨み付けるピアニエは軽装であった。エルルティスの思った通り、彼女の腕なら重い鎧などいらない。むしろ、邪魔である。本人も気づいていたことだろう。

 それでもピアニエが甲冑を着こんでいたのは、胸の膨らみを隠すため。

 皇帝がそうであったように、この中世の国では女が騎士になることはできない。しかし、この動乱の時代に、彼女は己が腕を示したかったのではないか。または単に、男を斬って捨てたかっただけなのかも知れない。

「まー、理由はわかんないけど、正直なのはいーことだと思うよー?」

 エルルティス自身、この態度が相手をいらつかせることを知っている。アニエミエリでさんざん遊んだからよく知っている。だからこそ、やめられない。癖になる。

「やはり、ここで斬り捨てて――」

「あーそーそー」

 怒り狂うピアニエを前にしてへらへらするエルルティス。

「皇帝の行き先って知りたくなーい?」

 女騎士の葛藤はともかくとして、絶望的な状況の下、アニエミエリですら存在しないと思っていた友軍と合流できた。最強の剣士ふたりを有する、洋の東西も性別さえも問わない即席の軍勢だ。

 これで、反撃に打って出ることができるだろう。

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