第八節
「いやはや、物騒なものだねぇ」
厠から戻るなり、マルメトアン軍医がのんきに言い放った。アルテプラーノ陸軍教官団にあって、彼はオリビノエイタに次いでのんびりとした人物である。
「クロスフェールがナントカ族に襲われてるって話だよ」
敵勢力による首府への夜襲は「物騒」などという言葉で済ませられないとドレモンティス曹長は知っている。東新大陸アブククナ城での激戦を経験しているからだ。
「宮殿に泊まった中尉殿は無事なんだろうか?」
それが彼の独り言の延長だとわかっているが、その答えに自信のあるドレモンティス曹長は口を開いた。
「心配無用ですよ、軍医殿」
「しかしね、曹長。さっきなんか、モデルトレデト大佐がものすごい剣幕で出撃してったじゃないか。こりゃあ城壁の向こう側はすごいことになっとるぞ、きっと」
確かに、市街地での戦闘は混戦になりやすい。大軍だから有利というわけでもないが、だからといって小勢では逃げられもせずに包囲されかねない。
だが、その程度の戦場に倒れるアニエミエリではないはずだ。今も目を瞑ればありありと思い出されるのだ。燃え盛る異国の城下を疾駆する可憐なる龍騎兵の姿を。
「中尉殿は教官などである前に龍騎兵ですから。ホンモノの龍でも撃ち殺すことでしょう」
旧大陸では火器を装備した騎兵を、伝説の怪物が火を噴くのに見立てて龍騎兵と呼ぶ。しかし、この国ではその怪物は伝説などではない。そんな冗談に教官団の面々は小さく笑った。
「それよりも自分が気になりますのは――」
彼ら教官団は練兵場に併設された兵舎に集められたまま、協力を求められるでもなく、ただただ時が過ぎるのを待たされている。
「歩哨を立ててまでして、我々をここに閉じ込めておく理由です」
この部屋の外には着剣した歩兵銃を担った見張りがふたりもいる。出入りを禁止されている訳ではないが、明らかに威圧を目的としている。
「曹長、そりゃあ、邪魔するなってことだろう」
「何の、邪魔をするなってことでしょうかね」
一同、顔を見合わせ、嫌な予感を共有する。マルメトアン軍医が眼鏡をかけ直し、笑いとも苦悶ともとれる貌で呟いた。
「まさか、なぁ?」
夜襲を受けてから四時間あまり。もう一時間もすれば夜が明ける。




