第七節
まさに死屍累々。
「ひっ、ひぎゃああああああああああぁ……」
オリビノエイタが見たのは最後の僧兵が事切れる瞬間だった。
翼龍を追うように駆けた三人が楽土大聖堂に辿り着いた時には、精鋭たる僧兵団二百名が全滅していた。騎士ならぬ身でありながら、法衣を纏ったまま槍や剣を携えた彼らは涙神プラニラムへの信仰に殉じたのだ。
見る限り鬼人の死骸も無数に転がっている。僧兵たちはよく戦ったのだろうが、翼龍に襲われてはひとたまりもなかったようだ。
翼龍は胴だけで騎馬の倍はあり、翼は片方だけで馬車を覆うほどの大きさだ。その巨体を支える脚から繰り出された爪も、長い首の先にある口から飛び出す牙も、人間を殺すには充分すぎる。僧兵たちの亡骸は見るに堪えない姿となっていた。
それが、目の前に四騎もいる。
帝冠が安置されている荘厳な大聖堂はいままさに失陥しようとしていた。ぎりぎり間に合ったといえばその通りだが、オリビノエイタは正直なところ、とんだ場面に出くわしてしまったという思いだった。
そして、やはり、そのうち一騎は人間が騎乗していた。
「おや、誰かと思えばデュー博士にリューゼ修士でしたか」
銀糸で刺繍され深緑のローブを着た、赤い瞳の男――モークロッド学園に属する魔術師だ。
「じぇ、ジェラン博士……?」
どうやら彼らは顔見知りらしい。ミューネは驚き、エルトは無言で睨み付けている。
「リューゼ修士とはエルデルドー以来ですな」
ジェランと呼ばれた魔術師は不敵な笑みを浮かべ、黒い髪を掻き上げた。手段も理屈もわからないが、彼が鬼人族の軍勢を率いている大将だとオリビノエイタは直感した。
「なんで、ジェラン博士が……」
ミューネも彼が反逆する理由はわからないらしい。
「オリビノエイタ・エパスタ」
急に聞いたそれが自分の名前だと理解するのにさえ数秒を要してしまった。ミューネの師匠、エルト・カール・デューに呼びかけられたのは初めてだったからだ。
「は、はいっ」
彼独特の気配に飲まれ、声がうわずった。もちろん、目の前の惨劇に怯えていたからでもあるのだが、そんな自分が情けないことに変わりはない。
「その馬鹿を連れて赤龍館へ走れ」
「へ?」
オリビノエイタが聞き返す前にミューネが訊いた。
「赤龍館、ですか?」
「翼龍に喰われたくなければ急げ、愚か者め」
ミューネはますます混乱している。オリビノエイタにもわからない。だが、アニエミエリに頼まれたのは自分だ。
女の子ひとり守るのに理由はいらない。
「わかりました」
自分でもびっくりするほど力強く応えた。
「行こう! ミューネちゃん!」
「へっ、あ、でも、っととと!?」
右手に拳銃、左手に女の子。
記憶を頼りに赤龍館へ向かってミューネの手を引いて走り出す。彼女の手を握るのは初めて出会ったクロスフェール駅以来、二度目。
小さく、指も細い。
「やってくれたな、パウマス・サット・ジェラン」
怒りに満ちたエルトの呟きを最後まで聞くことなく、オリビノエイタとミューネは走り去った。目指すはエルトたち宮廷魔術師の役所――赤龍館。




