第六節
「でも、師匠。何でなんですか?」
「愚かしい口は閉じていろと教えたはずだ」
確かに、ミューネも我ながら馬鹿げた質問だと思った。慌てているうえに、疑問がふたつあってごっちゃごちゃになってしまったのだ。
「えっと、あの、師匠はなんで、大聖堂に直接行かなかったんですか? 赤龍館から来たんですよね?」
皇帝たちと別れ、師匠とオリタの三人で楽土大聖堂を目指す。鬼人の闇討ちを恐れて見通しのいい街路を歩いている。ミューネだけは相変わらず小走りだ。
「それに、師匠がいれば私なんていなくていいのに……」
仕事熱心なエルトは赤龍館内の狭い居室に暮らしている。そして、赤龍館は楽土大聖堂のすぐ近くにある。
かつて神童とも呼ばれたエルトはミューネも知らない強力な魔術を使いこなす。そして、ミューネはまだまだ未熟である。
「うん? ミューネちゃんを迎えに来たってことじゃないの?」
だから、オリタにそう指摘されてもぴんと来なかった。
「へ? なんで?」
「いや、理由はわからないけど……君が心配だったとか?」
「それはないです」
「それはない」
師匠より先にオリタの言葉を自ら否定してしまってだいぶ悲しくなった。それに、まったくその通り師匠が答えてかなり悲しくなった。
「じゃ、じゃあ、君の力が必要、とか?」
「それもないです」
いつも未熟だ無能だ愚かだと虐められてきたから、ミューネはこちらも即答した。
だが、師匠は黙っている。
「……もしかして、師匠、私に――」
そんなはずはないと思いつつも、念のために確認しようとしたとき、街路を照らす月光が一瞬だけ大きな影に遮られた。
「翼龍!?」
「あれが!!」
見上げると、家々の屋根より高いところを四騎の翼龍が飛び去っていった。その向かう方角はミューネたちと同じだ。楽土大聖堂を目指しているに違いない。
「師匠! 急ぎましょう!」
「急いでいないのはお前だけだ。走るぞ」
いつも通りの嫌味と共にエルトは駆け出した。オリタもミューネもそれに続く。
エルトの魔術なら翼龍とも戦えることをミューネは知っている。彼はタネコイガル修験洞に三ヶ月以上籠もったことがあるうえ、ケンデンス先生の合宿からも生還したのだから。彼が大聖堂に辿り着けば帝冠を護ることも容易いはずだ。
だからこその質問だったわけだが――
「ねぇ、ミューネちゃん」
「はい?」
初めて翼龍を見たからだろう。オリタは走りながらも興奮気味だ。ミューネは走るだけでも精一杯だというのに。
「翼龍って鬼人族だけじゃなくて人間も乗れるんだね!」
「へっ?」
この人は突然何を言い出すのやら。
「鬼人だけですよ、基本的には」
鬼人語を極め、〝バッソグザルクの護符〟を身につければ翼龍を使役できるという。ただし、そんな護符を作れる魔術師などエルトを含めても学界全体で十人もいないだろう。
「え、でも、いま、先頭の翼龍に乗ってたの人間だったよね?」
それが本当なら由々しきことだ。翼龍の始祖は鬼神バッソグザルクの支配印を刻まれ、その子孫はバッソグザルクの末裔たる鬼人族にしか操れない。それなのに人間が乗っていたとすれば、不可能を可能にできる人間――すなわち、魔術師以外にあり得ない。
「――緑のローブを着た男の人」




