第五節
赤いマントに帝冠金獅子紋――合流した近衛騎士は戦場の礼として跪くことはなかったが、皇帝の無事を本心から喜ぶ忠誠心を見せた。
「訳は訊きますまい。御身がご無事で何よりに御座います、陛下」
「貴公こそよくぞ参った、トリスロス侯」
オリビノエイタの記憶するところでは、トリスロス侯といえば近衛騎士団総長を世襲する大貴族だ。それが馬も槍もなく戦わねばならないほどの戦況。無謬園に残してきたエルルティスが心配になる。
「手勢はそれだけか」
「我ら十四名なれど意気軒昂に御座います」
至聖殿は激戦だったのだろう。その十四人も満身創痍で、騎士なんだか兵士なんだか見ただけではわからない。騎兵も弓兵もいない小勢であるとわかり、アニエミエリが苦い顔をしている。状況は依然として厳しい。
だが、皇帝は毅然と言い放った。
「皇帝旗を掲げよ、朕はマスティールガー城へ征く」
「ははッ! 旗手長、皇帝旗を!」
ひとりの近衛騎士が誇らしげに旗竿を担い、皇帝旗を掲げた。燃える至聖殿に照らされた夜の闇に、この大陸でもっとも尊い一旒の旗が翻る。
これでは敵にも皇帝の居所が知られてしまうが、誰も反対しなかった。美しく猛々しい騎士道の片鱗を見て、オリビノエイタは震えた。武者震いだと信じたい。
「では、エルトよ。帝冠はそちに任す」
「御意に」
否、武者震いとはとても言えない。正直言えば、怖い。これからエルトとミューネと共に、オリビノエイタは楽土大聖堂に向かわねばならないのだ。エルルティスもアニエミエリもいない。エルトは皇帝の命に即答したが、自分にはそれを真似することもできない。
真剣な面持ちでアニエミエリがオリビノエイタに迫る。
「いい、オリタ?」
ただ突っ立って向かい合う幼馴染みのふたり。鉄兜の鍔で互いに瞳は見えない。
「生き残るためにも、躊躇わず引き金を引いて」
厳しい言葉が彼女の優しさであることくらい、二十年前から気づいている。
「敵を前にしたら、何も考えずに撃って」
彼女の心配にも信頼にも応えたい。だから、預かった六連発をぎゅっと握りしめ、努めてしっかりと声を出した。
「はい、中尉殿!」
すぱん。
真正面から頭をひっぱたかれた。
「えっ?」
緊張していただけにびっくりした。叩かれ慣れてはいるものの、間違ったことをしたつもりはない。むしろ、意を決して正しい行動を選択したはずなのに。
「バカ」
そう呟くと、アニエミエリは腕を組んだ。怒り半分、呆れ半分。幼い頃からの彼女の癖だ。見上げるアニエミエリの瞳を見つめると、彼女はそっと視線を逸らし、口を尖らせた。
「アミーって呼びなさいよ」
このとき、オリビノエイタの胸の内に湧いたものはなんだったろうか。愛情と呼ぶには可愛げなく、勇気と呼ぶほど強くもない。ただ、恐怖が消え、震えは止まった。
「うん、アミー」
こうして一行は二手に分かれた。




