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汝の零した青き涙に  作者: 嘉野 令
第九章 夜戦
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第五節

 赤いマントに帝冠金獅子紋――合流した近衛騎士は戦場の礼として跪くことはなかったが、皇帝の無事を本心から喜ぶ忠誠心を見せた。

「訳は訊きますまい。御身がご無事で何よりに御座います、陛下」

「貴公こそよくぞ参った、トリスロス侯」

 オリビノエイタの記憶するところでは、トリスロス侯といえば近衛騎士団総長を世襲する大貴族だ。それが馬も槍もなく戦わねばならないほどの戦況。無謬園に残してきたエルルティスが心配になる。

「手勢はそれだけか」

「我ら十四名なれど意気軒昂に御座います」

 至聖殿は激戦だったのだろう。その十四人も満身創痍で、騎士なんだか兵士なんだか見ただけではわからない。騎兵も弓兵もいない小勢であるとわかり、アニエミエリが苦い顔をしている。状況は依然として厳しい。

 だが、皇帝は毅然と言い放った。

「皇帝旗を掲げよ、朕はマスティールガー城へ征く」

「ははッ! 旗手長、皇帝旗を!」

 ひとりの近衛騎士が誇らしげに旗竿を担い、皇帝旗を掲げた。燃える至聖殿に照らされた夜の闇に、この大陸でもっとも尊い一旒の旗が翻る。

 これでは敵にも皇帝の居所が知られてしまうが、誰も反対しなかった。美しく猛々しい騎士道の片鱗を見て、オリビノエイタは震えた。武者震いだと信じたい。

「では、エルトよ。帝冠はそちに任す」

「御意に」

 否、武者震いとはとても言えない。正直言えば、怖い。これからエルトとミューネと共に、オリビノエイタは楽土大聖堂に向かわねばならないのだ。エルルティスもアニエミエリもいない。エルトは皇帝の命に即答したが、自分にはそれを真似することもできない。

 真剣な面持ちでアニエミエリがオリビノエイタに迫る。

「いい、オリタ?」

 ただ突っ立って向かい合う幼馴染みのふたり。鉄兜の鍔で互いに瞳は見えない。

「生き残るためにも、躊躇わず引き金を引いて」

 厳しい言葉が彼女の優しさであることくらい、二十年前から気づいている。

「敵を前にしたら、何も考えずに撃って」

 彼女の心配にも信頼にも応えたい。だから、預かった六連発をぎゅっと握りしめ、努めてしっかりと声を出した。

「はい、中尉殿!」

 すぱん。

 真正面から頭をひっぱたかれた。

「えっ?」

 緊張していただけにびっくりした。叩かれ慣れてはいるものの、間違ったことをしたつもりはない。むしろ、意を決して正しい行動を選択したはずなのに。

「バカ」

 そう呟くと、アニエミエリは腕を組んだ。怒り半分、呆れ半分。幼い頃からの彼女の癖だ。見上げるアニエミエリの瞳を見つめると、彼女はそっと視線を逸らし、口を尖らせた。

「アミーって呼びなさいよ」

 このとき、オリビノエイタの胸の内に湧いたものはなんだったろうか。愛情と呼ぶには可愛げなく、勇気と呼ぶほど強くもない。ただ、恐怖が消え、震えは止まった。

「うん、アミー」

 こうして一行は二手に分かれた。

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