第三節
「エルティー! 敵は!?」
アニエミエリが不明瞭に問うが、彼女が訊きたいことはわかる。見えるだけなら十とちょっとだが、エルルティスはざっと気配を探った。
「たぶん、三十とか四十とか」
鬼たちの気配は獣のそれよりも人に近い。悪意と殺気に満ちている。人間だと思えば、なんとなく彼らの気持ちもわかる。
銃撃には驚いた様子だが、すぐに襲いかかってこない理由は単なる恐れではないようだ。最奥の一匹が角笛を吹いている。おそらく、増援を待っているのだろう。
近衛騎士たちと合流して戦うなんて愚策だ。留まれば留まるほど不利になる。だからといって無視できる数ではない。きっと、アニエミエリも同じ考えだろう。
「アミー、ここはいいよ。先に行って」
鬼人たちから目を離さず呟く。
「エルティー?」
背後から心配そうなオリビノエイタの声。
ホント、オリタ君って誰にでもやさしーなー。
「……お願い、エルティー。なるべく長く、引き留めて」
感情を押し殺したアニエミエリの気丈な声。
ホント、アミーは昔っからかわいーなー。
「友軍も援軍もいないから……無理はしないで」
「ふえーい」
いつもよりちょっと明るめに。
「行きましょう、陛下」
アニエミエリの先導で、皇帝一行は近衛騎士たちの方へと向かう。エルルティスひとりを残して。
「鬼人族の矢は毒矢だからね!」
「黒蠍の毒です! 気をつけてください!」
オリビノエイタとミューネの助言だか声援だかが遠ざかっていく。
こちらの殺気に気づいているのだろう。鬼人族の一団は皇帝を追うことが出来ずにいる。事実、敵が五十だろうと百だろうと、エルルティスは斬るつもりでいた。
東西新大陸の人々は自らの刃の届かない銃砲の力を恐れるが、旧大陸の軍隊だって剣を棄てようとはしない。なぜなら、その恐ろしさを知っているからだ。
北方ユミーロ系旧貴族で刀剣術の大家でもあるルクスティーという家に生まれ、赤児のときから剣を握って生きてきた。その技をひたすら磨いてきたのは見世物にするためでも、道場や士官学校で生徒に教えるためでもない。
ただ、守りたいものを守るために。
ただ、斬ると決めたものを斬るために。
「さーて」
軍刀拵えにあつらえた大業物。ここから先はこの人切り包丁だけが頼りだ。月の光が刃を舐める。手にはだんびら、敵は鬼。
これじゃーまるで――
「鬼さん、こちら」
子供の遊びみたいじゃん。




