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汝の零した青き涙に  作者: 嘉野 令
第九章 夜戦
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第三節

「エルティー! 敵は!?」

 アニエミエリが不明瞭に問うが、彼女が訊きたいことはわかる。見えるだけなら十とちょっとだが、エルルティスはざっと気配を探った。

「たぶん、三十とか四十とか」

 鬼たちの気配は獣のそれよりも人に近い。悪意と殺気に満ちている。人間だと思えば、なんとなく彼らの気持ちもわかる。

 銃撃には驚いた様子だが、すぐに襲いかかってこない理由は単なる恐れではないようだ。最奥の一匹が角笛を吹いている。おそらく、増援を待っているのだろう。

 近衛騎士たちと合流して戦うなんて愚策だ。留まれば留まるほど不利になる。だからといって無視できる数ではない。きっと、アニエミエリも同じ考えだろう。

「アミー、ここはいいよ。先に行って」

 鬼人たちから目を離さず呟く。

「エルティー?」

 背後から心配そうなオリビノエイタの声。

 ホント、オリタ君って誰にでもやさしーなー。

「……お願い、エルティー。なるべく長く、引き留めて」

 感情を押し殺したアニエミエリの気丈な声。

 ホント、アミーは昔っからかわいーなー。

「友軍も援軍もいないから……無理はしないで」

「ふえーい」

 いつもよりちょっと明るめに。

「行きましょう、陛下」

 アニエミエリの先導で、皇帝一行は近衛騎士たちの方へと向かう。エルルティスひとりを残して。

「鬼人族の矢は毒矢だからね!」

「黒蠍の毒です! 気をつけてください!」

 オリビノエイタとミューネの助言だか声援だかが遠ざかっていく。

 こちらの殺気に気づいているのだろう。鬼人族の一団は皇帝を追うことが出来ずにいる。事実、敵が五十だろうと百だろうと、エルルティスは斬るつもりでいた。

 東西新大陸の人々は自らの刃の届かない銃砲の力を恐れるが、旧大陸の軍隊だって剣を棄てようとはしない。なぜなら、その恐ろしさを知っているからだ。

 北方ユミーロ系旧貴族で刀剣術の大家でもあるルクスティーという家に生まれ、赤児のときから剣を握って生きてきた。その技をひたすら磨いてきたのは見世物にするためでも、道場や士官学校で生徒に教えるためでもない。

 ただ、守りたいものを守るために。

 ただ、斬ると決めたものを斬るために。

「さーて」

 軍刀拵えにあつらえた大業物。ここから先はこの人切り包丁だけが頼りだ。月の光が刃を舐める。手にはだんびら、敵は鬼。

 これじゃーまるで――

「鬼さん、こちら」

 子供の遊びみたいじゃん。

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