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汝の零した青き涙に  作者: 嘉野 令
第九章 夜戦
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第一節

 皇帝を中心にミューネら七人は宮殿の大階段を下る。

 七人はすなわち、魔術師の師弟であるエルトとミューネ。アルテプラーノ人のアミー、エルティー、オリタ。そして、皇帝クラリーク一世とその侍従官長。

 本物の侍女たちもついて来ようとしたが女子供は隠れるようにと皇帝自ら命じた。もちろん、私も女子供ですとは口が裂けても言えなかった。

 一行は誰も走りはしないのだが、皆大股で歩くせいでどうしても追いつけず、ミューネは後ろをひょこひょことついていく形になった。自分の体格を呪う。

 足よ、背よ、もっと伸びよ。でも、ふとももは痩せ、っととと!

 急ぐあまり一段踏み外す。あわや階段を転がり落ちるところであった。余計なことを考えている場合ではない。

 宮殿正面の閲兵場では今も攻防が繰り広げられている。ミューネの素人考えではそこと合流した方がいいように思えたが、敵はまだ無数にいるはずだという。名乗りを挙げた皇帝が都内を移動することで敵勢を翻弄、更にいえば引きつけるつもりらしい。皇帝にしろアミーにしろ大胆にもほどがある。

 そうこうするうちに一行は宮殿一階の裏口へ。裏口といっても民家の勝手口とは違う。帝都最大の庭園〝無謬園〟に面した大きなテラスまである。

 ここを出れば、いつどこから襲われるかわからない。皇帝は歩みを止め、聖印を切り、手を合わせ、そして祈った。ミューネもそれに倣う。


 烏兎の間隙に住まう母なる女神よ

 汝の零した青き涙に

 今も我らは感謝を捧げん

 願わくば再びの慈悲のあらんことを


 厳密に言えば、魔術師であるミューネにとってこれは祈りではなく魔術である。だが、今夜ばかりは涙神プラニラムに慈悲を願った。

 ふと見遣るとオリタまで祈っている。それを見て、こんなときながらミューネは笑いを堪えねばならなかった。神々の存在を信じない異人のくせして、オリタは誰よりも真剣に祈っていたからだ。

 それも、共に囚われた昨日、覚えたばっかりなのに。

 おもしろい人だなぁ。

 そして、一行は宮殿を出た。

 誰も走りはしないのだが、やっぱりミューネはついていくのが精一杯だ。

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