第七節
「ふんっ!!」
地面に刺さるほどの突きで鬼人の頭蓋を砕く。背丈が人間の半分ほどの鬼人族と戦うのは骨が折れる。斬っても薙いでも剣が空振ってしまう。そのため、戦いに不慣れな近衛騎士と近衛兵の多くが命を落としていた。
伝家の長剣を鬼人の亡骸から引き抜くと、近衛騎士団総長トリスロス侯は周囲を見回した。燃え盛る至聖殿のおかげで赤々と照らされる屍。人間のものだけでも数百。
感傷に浸る余裕はない。彼らはヴェリアリープ皇帝のためならあらゆる犠牲を厭わない栄えある近衛騎士団なのだから。だが、その誇りも虚しきものになりそうだ。
皇帝が御座す至聖殿は今や崩れ落ちんばかりに燃えている。その所在を示すために掲げられた、涙神と龍神の抱く帝冠白翼紋の描かれた旗――皇帝旗も炎に煽られていた。
交戦していた鬼人族はあらかた片付いたが、目的を果たした主力が去ったに過ぎない。翼龍など一騎も落としていないのだ。今頃は楽土大聖堂の帝冠が狙われているのだろうか。
「皇帝陛下は!? 皇帝陛下のお姿を見た者は居らぬかッ!?」
すがるような気持ちで問うも、生きている者は一様に首を横に振り、死んだ者はぴくりとも動かない。爆ぜる炎によって彼らの影は揺らめいているというのに。
戴冠式を控えた皇帝が討たれるなど前代未聞。
「斯くなるうえは……」
閲兵場でも戦いが続いていることは音と気配で知れていたが、トリスロス侯は今ここで自害すべきとまで考えていた。己が使命は皇帝の守護に他ならないのだ。
奇襲とはいえ、惨敗にもほどがある。名門から選りすぐられた近衛騎士たちでは腕に限界があったのか。そのために碧空騎士団を設立したにも関わらず、身分の低さを考慮して宮殿や至聖殿の警備からは外していた。いま思えば失策であった。
「お、御館様! 御館様、あれを!」
閣下と呼ばないのは国元から連れてきた兵だからなのだが、返り血に塗れて誰だかはわからない。それにしてもひどく驚いている。皇帝亡き今、今更なにを驚くことがあろうというのか。
悔しいかな、蛮族の放った炎のせいで彼の指差す先が闇夜なれどよく見えた。
隣接するゲリークフェン宮殿、その三階のバルコニー。戦いのために消したのか、それとも逃げ出したのか。その他の部屋は灯りが消えているのに、その部屋と隣の部屋だけは煌々と光を放っている。
そして、その部屋のバルコニーには白銀の鎧を纏い、白亜のマントを翻させた皇帝クラリーク一世の御姿。お飾りの皇帝と呼ぶにはその姿は偉大に見え、女子供と蔑むにはその声は心をたぎらせた。
「遠からん者は音に聞けッ!! 近くば寄って目にも見よッ!!」
若干十九の少女とは思えないほどの、実に騎士らしい口上だ。どんなカラクリで宮殿に逃れたのかは知らないが、確かに己が主君はそこにいた。
「旗手長! 我らが皇帝陛下は宮殿に御座す! 皇帝旗を持てぇい!!」




