第五節
目の前には帝都クロスフェールの誇る巨大な城門が立ち塞がる。
「開門! 開門! 開門なされぇ!!」
モデルトレデト大佐は馬上より叫んだ。
覗き窓からはちらちらと視線を感じる。聞こえているはずだし、何よりこの状況下で無人というわけもなかろう。無論、すでに敵の手に落ちていれば別だが。
「何者だ!? 名を名乗らぬか!!」
戸板をはね除け、豪華な甲冑を纏った騎士が誰何した。だが、何者も何もない。大佐に続く軍勢を見ればその正体など一目瞭然のはずである。
城門を預かるのは大変な名誉であり、彼もまたどこぞの男爵なり子爵なのだろう。先程から送っている伝令も追い返した連中だ。腹立たしいが門衛の誰何には答えねばならない。
「本官はマリエスタ陸軍モデルトレデト大佐である!」
「異国かぶれが何用か!? 皇帝陛下より預かりしこの門をおいそれと開けるわけにはいかぬことなど知っておろう!」
これだからこの国はヨッセル上流戦争にも下流戦争にも負けるのだ。伝統と習慣にこだわるあまり本質を見失っている。一体彼らはどちらを向いて戦おうというのか。
「貴公の目は節穴かァ!!」
ヨッセル上流戦争の敗戦から十五年。積もり積もった怒りが爆発した。
「ゲリークフェン宮殿の方角から火の手が上がっているのは一目瞭然であろう!! 敵は帝都に在るのに貴公は門のひとつも開けんのかッ!!」
松明や篝火に照らされた夜の闇に、モデルトレデト大佐の怒声が響き渡る。一方、面食らった門衛も怒鳴り返す。
「きッ、騎士道精神も解さん貴様らが何を言うかッ!! 異人に魂を売った貴様らの力などいらん!! 帰れ帰れぇい!! 帰らぬなら矢を射るぞ!!」
やはり、話の通じる相手ではない。
アルテプラーノからやってきた教官アニエミエリ・フローナースト中尉は「近代戦において兵卒は敵よりも士官を恐れなければならない」と指摘し、そうでなければ「使い物にならない」とまで言った。士官たちは貴族だが、マリエスタ陸軍の兵卒は戦とは縁遠い平民だらけである。アニエミエリの前で見せた醜態を繰り返すわけにはいかない。
ここで、容赦のない士官というものを兵たちに見せつけてやろう。
「大尉、騎砲兵に砲撃準備を命じろ」
「はい?」
兵どころか士官までこれである。アニエミエリの指摘はやはり正しい。
「同じ命令を二度も下さねばならないのかね?」
今夜が正念場なのだ。部隊を確実に統率してみせる必要がある。千年の歴史を動かす第一歩となるのだから。
「し、失礼しました!」
大尉の号令一下、騎馬の牽引を解かれた大砲が進み出る。
「貴公の節穴にもこの砲が見えるだろう!」
再び声を張り上げる。
「我らは時代遅れの弓など恐れぬ! 門を開けぬとあらば、この砲によって粉砕するのみッ!!」
さすがの門衛も、それだけでなく、大佐の兵たちも驚いた。邪魔立てするなら味方であろうとも撃つという。その苛烈さ、冷酷さに。
「し、しかし、連隊長殿。騎砲一門では……」
「わかっておる」
おそるおそる小声で進言する大尉を宥める。彼の言うとおり巨大な城門を破るには力不足だ。だが、異国を敵としながらも、その敵を知ろうともしない連中が相手。
「わ、わかった! わかったから撃つな! やめてくれ!!」
思いの外、返答は早かった。真正面からぶつかって門を破られるよりも、味方に開放したという方が名誉も守られると考えたのだろう。
これだからこの国は負けるのだ。だが、これで大佐とその軍隊は帝都に進軍できる。
「騎砲はそのまま、一個小隊を守備に残せ! 二中隊は中隊長の指揮の下、楽土大聖堂に向かい帝冠を確保せよ! 適宜、交戦を許可する!」
門が開くのを待つ間、モデルトレデト大佐は命令を飛ばし続けた。
「一中隊は余に続け! 敵を殲滅する!」
帝国を、帝都を、皇帝を守護する城門が、新式陸軍のために開かれた。
「我らに立ち塞がるものはすべて敵と心得よ!」
まさに今、立ち塞がる城門とすら敵対したのだ。その言葉の重みたるや、一兵卒にまで伝わったことだろう。




