第一節
「デュー先生、翼龍も十数騎確認されました。鬼人族の本格的な侵攻です」
秘書のマンシュテンが部屋に駆け込み報告した。
「ああ、ここからも見える」
赤龍館、エルト・カール・デューの執務室。その窓から、夜空を飛び交う翼龍も燃え盛る炎もよく見える。官庁街に隣接する楽土大聖堂の鐘がけたたましい。
宮廷魔術師任官から一年と少し。先帝から賜った白いローブにも、帝都の地理にももう慣れた。エルトはゲリークフェン宮殿の方角へと視線を向ける。
「至聖殿、厩舎……シュレージル兵営もやられたか」
それらの建物は今や巨大な篝火となって帝都の夜を照らし、それが故に、夜の闇に紛れた翼龍も目にすることができる。
至聖殿には今夜、皇帝が滞在している。たとえ皇帝が至聖殿から逃れても宮殿の厩舎はすでに燃えている。そのうえ、近衛兵の詰所からも火の手が上がった。落ち延びるにしても、皇帝には馬も兵もないということになる。
「確実に中枢を突く、か。宮殿も時間の問題だな」
エルトは誰にともなく呟いた。人間ほど頭のよくない鬼人族の軍勢が発揮することのない手際の良さ。明晰な頭脳を持つ煽動者、あるいは指揮者の存在を予感させるには充分だ。
「鬼人共がどこから攻め込んだのかは判然としません。近衛も諸侯の騎士団も混乱しており、兵の召集もままならない様子で――」
「そんなことはどうでもいい」
ぴしゃりと遮るエルト。戦況が気にならないのだろうかとマンシュテンは訝しんでいるようだが、知ったことではない。それこそどうでもいい。
「あの愚か者はどうした?」
あの愚か者、弟子、ミューネ・ルナッド・リューゼ。
「それが、学生寮に人をやりましたが不在でした」
「まったく、こんなときにどこへ」
ため息ひとつ。エルメイバの青水晶を覗く。
「……何故、こいつが宮殿にいる?」
映し出されたのはゲリークフェン宮殿三階のバルコニー。
「そういえば……夕方、アルテプラーノからの客人が宮殿に招待されたと、リューゼ先生に話しました」
変なところで行動力を発揮するとは、やはり愚かだ。
「仕方ない。俺は宮殿へ行く」
弟子ひとり迎えに行ければ簡単な話だが、どうにも嫌な予感がする。しかし、現状を打破するには行かねばならない。何かあればあとでまたこっぴどく虐めるとしよう。
「馬を用意しましょうか?」
「不要だ。それより魔術師も衛兵も召集するな。ここの存在と意義を気取られたくない。他の宮廷魔術師が余計なことをしないよう手を回せ」
「承知しました」
矢継ぎ早に指示を飛ばしながら窓を開け放つ。
「それと」
窓枠に足をかけつつ、マンシュテンを見遣る。
「地下の準備は?」
「整っています」
「よろしい。後は任せた」
確認すべきことを済ますと、エルトは手製のブーツに触れ、呪文を唱えた。
「空を舞う一条の風よ、その輪廻なる舞を休み、今こそ契約を果たされたい」




