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第八節
彼女たちが見ている間にも火の手は勢いを増し、至聖殿を包み込んでいく。至聖殿だけではない。ゲリークフェン宮殿の厩も燃えている。単なる火事でないのは明らかだ。
街中の教会の鐘が災厄を告げ始めた頃、バルコニーから見下ろす閲兵場に敵の軍勢が現れた。文字も持たぬ野蛮な彼らは旗を掲げることがない。だが、人間とも獣とも違う独特の鳴き声でその正体は知れた。
帝都クロスフェールが生まれて千年。幾多の反乱勢力を退け、卑しき存在としてあらゆる亜人種を拒み続けた純白の城塞に、初めて鬼人族が侵入した。
時に、クラリーク一世の治世二年愛華月十七日未明。夜が明ければクラリーク一世の戴冠式が執り行われるというまさにその日の出来事である。
教会の鐘の音に混じって、怪しげな角笛が響き渡っている。




