第五節
彼は最初、家畜か何かが逃げ出したのかと思った。
夜も深まり真っ暗になったクロスフェール駅。彼は鉄道駅を守る番兵のひとりである。
近年、敗残騎士を中心とする過激な守旧派は異人や開明派の要人を斬り、領事館や鉄道を襲撃していた。それらや盗人から鉄道駅を守るため、彼は寝ずの番をしているのだ。
そんな彼の鼻に、田舎で馴染んだ臭いが届いた。駅舎の奥、最終の貨物列車が到着した方向から動物の、獣の臭いが漂っている。耳を澄ませば微かな鳴き声も聞こえる。だが、何の動物かは判然としない。
そういえば、最終便を迎えた駅員たちを見かけない。貨物の家畜が逃げだして大わらわなのだろう。しょうがない、手伝ってやるか。
手槍を担ぎ、角灯を持ってそちらへと向かうと、列車の周りの暗闇で何かが大量に蠢いている。しかし、駅員の気配はない。
角灯を掲げると、照らし出されたのは亜人の軍勢だった。短い角、赤黒い肌、小さな体躯、粗末な衣服。大陸南端の灰の砂漠に住む鬼人族だ。
彼は警笛を取り、敵襲を告げようとするも時すでに遅し。鬼人の短弓から飛び出した矢は彼の喉を貫き、黒蠍の毒が彼の命を奪った。




