第三節
ガス灯のない帝都クロスフェールの夜は早い。一部の繁華街は別だが、基本的に日が没すれば月明かりだけが頼りである。
太陽の運行と共に生きるそんな中世の街に、例外的な〝近代〟が二箇所存在する。
ひとつは公使館街。皇帝の持つ庭園のひとつを潰して作られた、小規模ながら近代的な街並みが都内東部にある。とはいえ、電信もガス灯も禁止されている以上、建築様式と暮らす者だけが異様であるに過ぎない。
もうひとつは都内南端のクロスフェール鉄道駅。ヴェリアリープ帝国の近代化を象徴し、西新大陸を縦横に結ぶ東方鉄道と南方鉄道の結節点である。これは守旧派の反対を押し切って、先帝エルフルト四世が大城壁内部に作らせたもので、中世の街並みに大きな違和感を与えている。
帝都クロスフェールはヴェリアル大平原の中央に位置し、諸方を睥睨していると言えば聞こえはよかろう。しかし、実際には地の利を得られず守るに難い。そのため、高く大きな城壁が周囲をぐるりと囲んでいる。三十二ある城門は、昼間は関所として機能し、夜間や戦時には締め切られるが、これにも例外がある。
この大城壁の内側にクロスフェール駅があるため、城門のうちふたつは鉄道院に専有されているのだ。このふたつは他の城門が日没と共に閉じられるのに対して、鉄道の最終便を待って閉じられる。
この日の最終便は南方鉄道であった。汽笛をあげ、夜の闇に白い蒸気を引き摺り、列車は帝都へ入城した。東方鉄道側の城門に遅れることおよそ一刻、最後の城門が閉められ、帝都は夜を迎えた。
その列車は明日戴冠する皇帝への献上品を運ぶため、ポテルクワ城伯なる貴族が借り切ったものであった。少なくとも、書類にはそう記されている。




