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汝の零した青き涙に  作者: 嘉野 令
第七章 訪問者
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第一節

「むぅ……眠れない」

 名目上の教職にあるものの、ミューネには教えるべき生徒も弟子もいないため、今も分校の学生寮に住んでいる。質素な部屋の質素なベッドで大の字になったり、うつぶせになったりいろいろとするが、なかなか寝入ることはできなかった。

 昨夜は徹夜し、午前中は朝見の儀、午後は師匠のお説教と見せかけた虐め。へとへとではあるのだが、ひとつ、どうしても気になることがある。

「違う! 三つ編みのことじゃなくて!」

 何やらひとりで自分の考えを否定するミューネ。寮が個室で助かった。ちなみに、気恥ずかしさから、その三つ編みも下城する頃には解いてしまっていた。

 それはともかくとして、何より気になるのは彼の行動ではなく、彼が御前で発した言葉だった。

「あの人たちが陛下を暗殺しようとしてたなんて思えないんです」

 自分自身囚われておきながら、異国の青年はそう言った。確かに、ミューネも彼ら叛徒たちから恐怖を感じなかった。気の迷いかも知れないが、紳士的ですらあったような気がする。エルデルドー砦で会ったホフレーンデルン男爵なんかよりもずっと騎士道を重んじていた、と思う。

 彼の主張を真っ先に否定しておきながらも、ミューネは考え込んでしまったのだ。

 赤龍館から情報が漏れ、陛下弑逆計画の調査に乗り出した自分が襲われる。それは自分を囮にした師匠の策略で、見事に叛徒を討伐。今後、師匠は裏切り者を捜すのだろう。

 しかし、それが真実のすべてだろうか?

 ポテルクワ城伯はこう言った。

「皇帝陛下を弑する企みについて、貴公の知っていることを聞きたいだけだ」

 異国の青年オリなんちゃらはこうも言った。

「もっと、こう、積極的に守ろうとする側なんじゃないのかな?」

 もしも、誰かが尽忠報国の士に「戴冠式を前に皇帝陛下が暗殺されそうだ」と囁いたのだとしたら? 囁かれたのが敗残騎士ポテルクワ城伯一味であったなら?

 ミューネはこの考えをどうしても確認したくなった。学者たる魔術師として疑問を疎かにしてはならない。師匠にもそう教え込まれている。

 この国の誰もが敗残騎士を不逞な輩と信じて疑わない。だからこそ、誰もが自分の報告を鵜呑みにしたのだ。頭脳明晰な師匠でさえそうだったのだ。相談するなら彼しかいない。

 そういえば、彼らは今夜、ゲリークフェン宮殿に招待されたと師匠の秘書のマンシュテンさんが言っていた。すでに陽も暮れているし、自分がのこのこ行ったところで門前払いされるのがオチだろう。

「そこは、魔術師だしね」

 いたずらっぽく独り言つと、ミューネはベッドから飛び起きた。

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