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汝の零した青き涙に  作者: 嘉野 令
第六章 皇帝拝謁
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第三節

 朝見の儀が始まると、謁見の間は騒がしさを取り戻した。アニエミエリが思っていたよりも厳粛な儀式ではないらしい。

 集まった諸侯は順に呼ばれ、玉座の前に進み出る。そこで形式的に報告やご機嫌伺いをし、皇帝のひとことふたことを賜って辞する。その繰り返しなので、待っている連中はがやがやと雑談している。ある種、社交場としての役割も担っているのだろう。

 今は騎士と魔術師のふたりが御前にある。参内の道すがら、宮中の作法は彼らのそれを真似るようにと公使に言われているのでアニエミエリは注視していた。呼ばれ、歩み出て、片膝をつき、頭を下げたまま名乗る、と。

 身分制を廃した旧大陸の革命思想に育てられたアニエミエリらにとって、そこまで深く頭を下げるというのは屈辱的ですらある。だが、両膝両手に加え、額まで地面につける東新大陸と比べればまだマシだと思うことにした。

「神聖なる皇帝陛下の忠実なる僕にして、我が兄ホフレーンデルン男爵が一の家臣、士爵バイツ・リヒャルム・オライツに御座います」

「皇帝陛下の宮廷魔術師を相勤めまするエルト・カール・デュー魔術博士に御座います」

「此度は総大将ホフレーンデルン男爵に代わり、リアンチェス河畔がエルデルドーの砦における蛮族征討軍勝利の報を奏上に参りました、陛下」

 どうやら戦勝報告らしい。そういえば、大陸の南端と北端には不毛の地が広がり、亜人と呼ばれる人為らざる蛮族が住んでいるとオリビノエイタが言っていた。本国の新聞を読む限りでは未開の辺境部族のようなイメージだったが、どうやら本物の化け物とのこと。そこまでの辺境に写真機を持ち込んだ旧大陸人は未だいないのでいまいちわからない。

「七ヶ月に渡る攻防の末、我らが勇猛果敢なる征討軍は鬼人族共を退治せしめ、残党を灰の砂漠に追いやり、ここに南方の鎮護を果たしたことを――」

「新たな魔術による結界が決め手と聞いておるが?」

 美辞麗句を並べ立てる伝令など碌なものではない。そう思い、某オライツとかいう騎士の背中を冷ややかに見つめていると、意外な声が割って入った。皇帝クラリーク一世その人であった。

 まだ少女と呼んで差し支えのない年齢にも関わらず、堂々とした立派な言葉遣いだ。そのうえ、その指摘は鋭いもののようだ。自らの武勲のみを誇らしげに語ろうとしていた騎士が慌てている。

「え、ええ、しかしながら申し上げますれば、その結界も我らが守護すればこその――」

「然様に御座います、陛下」

 静かに引き継いだのはフードを深くかぶった魔術師である。

「確かに結界は鬼人族に対し避けざる死を与えるものでは御座いますが、その準備には時間がかかり、持続には強固な守りが必要です。故に、勇敢なる軍勢の存在が不可欠なのです、陛下」

 騎士とは違い、白いローブの宮廷魔術師――ローブの色で所属や身分がわかるのだと以前オリビノエイタに教えてもらった――は魔術による功績を誇らないようだ。だが、謙虚というわけではなさそうだ。

 御前に進み出る際にちらりと見た白皙白髪、赤い瞳に片眼鏡の痩せこけた男。眼光は鋭いのに感情の宿らないその貌は謙虚さとはほど遠い。野心に釣り合う能力を持った議員や参謀、すなわち策士の貌である。

「ところでさー」

 また唐突にエルルティスが口を開いた。母国語なので周囲の貴族に聞かれることはないだろう。他国の公使たちや、今朝は貴族らしい格好で遠くにいるモデルトレデト大佐くらいしか外国語のわかる者はいないはずだ。

「なによ?」

「女帝って言葉、ないの? みんな、皇帝って呼んでるけど」

「ああ、この国には皇帝を意味する女性名詞が存在しないのだよ」

 答えたのは駐在公使ガシルダルタン・ソニエナディーだ。

「彼らのいう騎士道精神とやらは女性を尊ぶ者としながらも、家督を継がせることはない。だから、今まで女性の皇帝も存在しなかった」

 なるほど。宮廷文化といえば華やかなドレスで着飾った女性を思い浮かべるが、この朝見の儀では皇帝以外に貴婦人を見かけない。公務と舞踏会は別なのだろう。

「そして、だからこそ、我々旧大陸諸国に対するアピールとして初の女性皇帝を擁立した、ということですね」

「そうだ」

 アニエミエリの言葉にソニエナディー公使は首肯した。

「まぁ、そもそも、毎度一代限りの皇帝などというのは御輿でしかないのだがね」

「傀儡、ということですか?」

「そこまで立派でもないのが実情だ。有り体に言ってお飾りに過ぎん」

 それほどとは思っていなかったのでアニエミエリは黙って続きを促した。ちなみに、すでに興味を失ったのか、エルルティスはそっぽを向いている。

「数百年前はいざ知らず、最近は六大選帝侯の天下だよ。むしろ、力をつけてきた諸侯に負担を強いるため皇帝として担ぎ出すこともあるくらいだ。だが、まぁ、彼女は本物のお飾りだな」

「そうなのですか?」

「なにしろ、七百諸侯で唯一の女性領主だったんだ。それすらも例外中の例外なんだよ、この国では」

 視線の先にいる若き皇帝が単なるお飾りとは思えないのだが、根拠はないので口を閉じた。

「ただ、帝位と帝冠は重要な意味を持つ。誰がそれを担おうとな。だから、命も狙われる」

 昨日のオリビノエイタ・エパスタ誘拐事件のことだ。否、オリビノエイタはたまたま居合わせたに過ぎない。

「例の誘拐犯の最終的な目的も皇帝の暗殺だったそうですね。その調査に乗り出した魔術師を攫ったと」

 昨夜、魔術師から情報提供を受けたというモデルトレデト大佐がそう教えてくれた。

「それも、この宮廷の権力闘争の余波かも知れんぞ?」

「え?」

 アルテプラーノ語の会話なれど、さすがの公使も声を潜めた。

「敗残騎士の最大の支援者は保守派の貴族たちだ」

 ヨッセル上流戦争からすでに十数年。今なお活動していることを考えれば当然だ。背後には大きく強力な支援者がいる。

「では…・・この中に黒幕がいる可能性も?」

「もちろんだ」

 開国以来、帝国の政治情勢は奇々怪々だというのは本当らしい。

「ヴェリアリープ帝国へようこそ、フローナースト中尉」

 公使は洒落を効かせたつもりだろうが、アニエミエリは笑えなかった。華やかな宮廷に広がる深く暗い闇を垣間見た。

 朝見の儀は続いている。先程の戦勝報告はとうに終わり、今は明日の戴冠式の段取りについてどこぞの貴族が奏上している。

 どうやら、ソニエナディー公使との会話に集中しすぎていたようだ。ふと気づいたらオリビノエイタが近くにいない。

「あれ? オリタどこいった?」

「あー、あっち」

 エルルティスが部屋の隅を指差す。赤いローブを纏った魔術師の少女とオリビノエイタがそこにいた。

「昨日の女の子と仲良くしてるよ」

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