第四節
すぱん。
「こら、いつまで呆けてるの」
幼馴染みと青年騎士の剣戟に見とれていたオリビノエイタはアニエミエリに頭をひっぱたかれた。尻餅をついていたから、さぞ叩きやすかったことだろう。
だが、恐怖で腰を抜かしたわけではない。思っていたよりエルルティスが強かったのもそうなのだが、中世の国に来て初めて目にした剣闘に感動していた。今もどこか夢見心地だ。
負けた騎士は天井に刺さった長剣を見上げていた。差し込む夕陽が影を伸ばし、表情までは読み取れない。自らを「剣に生きる者」と称した騎士は敗北に何を思うのか。
夢見心地は長く続かなかった。アニエミエリに促されるまま階段を下ると、一階の戦いはすでに終わっていたからだ。数か実力か、大きな差があったのだろう。そこにはポテルクワ城伯と五人の同志たちの亡骸だけが横たわっていた。誇らしげに立つ青いマントの一団と、目を開いたまま事切れたポテルクワ城伯。
血の海に、赤い林檎が沈んでいる。
本の世界ではない現実の光景。オリビノエイタはそれに捧ぐ言葉を知らずに今日を迎えた。だが、幸いにも今は口に紡ぐべき数節を知っている。
そっと、覚えたての祈りを唱えた。然して、それは初めて使う魔術だった。
烏兎の間隙に住まう母なる女神よ
汝の零した青き涙に
今も我らは感謝を捧げん
願わくば再びの慈悲のあらんことを




