第三節
「エリーティングスといったか?」
それは予想していた敵対行動であり、そのための対策は打ってある。アニエミエリは焦らず振り返り、問う。
「何のつもりだ?」
目の前で長剣と軍刀が交差している。一方、背後ではどしんという尻餅の音。おそらくオリビノエイタが腰を抜かしたのであろう。
「背後から斬りかかるのが貴様らの騎士道なのか?」
ピアニエの一撃をエルルティスが防いでいる。
「そんなこと言ってるから異人相手に負けるんですよ、連中は」
騎士ピアニエ・イェンスト・エリーティングスの言う「連中」とは階下で彼らに斬られ、アニエミエリに撃たれた敗残騎士たちのことだろう。今も階下の戦いは続いているが、彼ら碧空騎士団が勝つのは間違いなく、敗残騎士の一味も降伏はしないだろう。
「剣に生きる者、斬れるときに斬るべきですよ」
悪びれずに微笑みさえ浮かべてみせるピアニエ。
「でも、斬れなかったじゃん」
そう応えたエルルティスにそんなつもりはないのだろうが、皮肉めいて聞こえてしまうのは仕方がない。現に、ピアニエは睨んでいる。
鞘に収められていた彼女の軍刀がいつ抜かれたのかはわからない。だが、だからこそのエルルティス・ルクスティーなのだ。幼馴染みではあるがオリビノエイタとは違い、縁故によったわけではない。軍律も重んじず、副官としては無能極まりない。何より常日頃からふざけている。この刀槍と魔法の国に、副官という建前で護衛として連れてきた理由はただひとつ。エルルティス・ルクスティーが旧大陸一とも呼ばれる剣の達人であるからに他ならない。
「よっ」
軽く息を吐くと、エルルティスは軍刀を薙いだ。一歩退いて間合いを取るピアニエ。
「まさか、こんな凄腕の異人がいるとは思いませんでしたよ」
「そんなこと言ってると負けるんじゃないかしら?」
アニエミエリは明らかな皮肉を告げた。
「アミー、相手は本物の騎士だよ?」
やっと立ち上がったオリビノエイタが不安げに訊く。気持ちも意味もわかるが無用な不安だ。
「大丈夫。エルティー、やっちゃいなさい」
「ふえーい」
いつもの調子で応じたエルルティスがピアニエに正対する。
「なめられたものですね。異人相手に僕が剣で負けると思ってるのです、かッ!!」
言葉と共に躊躇いのない打ち込み。華奢な体ながら、長剣の扱いに長けているようだ。名目的に高位の騎士とされる門閥貴族たちではこうはいかないだろう。彼の自信や評判ももっともらしい。
しかし、エルルティスが負けるとは思えない。範士、師範、教官、剣聖――旧大陸で廃れゆく剣術最後の担い手。アニエミエリは彼女から一本も取れた験しがない。
「なんてゆーかさ」
軍刀と体捌きに長い銀髪が遅れて付いてくる様は美しささえ漂わせる。間の抜けた語り口さえなければ演舞とさえ思えたほどだ。
ピアニエの一撃を弾くと、そのまま流れるように間合いを詰めて袈裟懸け。
「くッ」
無理矢理に柄を引き寄せ、ピアニエはその一太刀を剣の腹で受けた。その体勢では攻撃に転ずることは出来ない。エルルティスに誘われたのだ。
「剣が、槍が、ってゆーわりにはさ」
涼しい顔で語りつつ、エルルティスの二の太刀、三の太刀がピアニエに迫る。刀槍弓馬の戦いを騎士の誇りなどとのたまう彼らにとって、軍服姿の外国人に剣で押されるなど我慢ならぬことだろう。
「なんにもわかってないよね」
「異人の女が、何を言う!!」
今までの余裕が嘘の様な怒号。鍔と鍔の触れ合った瞬間、若き騎士は強引に押し返した。勢いそのまま剣を高く引き戻し、憤怒の構えから長身のエルルティスの胸を突く。
「それがダメなんだよ」
まさに柔よく剛を制す。ピアニエ渾身の突きはエルルティスの滑らかな太刀筋に逸らされた。行き先を見失った騎士の剣は力を込めたが故に手を離れ、天井に突き刺さる。
予想通り、エルルティスの完勝だ。斬らずに済んだ以上、外交問題にもならない。それに、こちらの力を見せつけておくのも悪くない。前言撤回、彼女をこの旅に連れてきたのは正解だった。
「剣はね、思想で振るうもんじゃないよ」
相変わらず、刀剣術に関してだけは厳しいエルルティス。
「それに――」
切っ先でこんこんとピアニエの胸甲を突っつく。
「隠し事は腕を鈍らせるよ」
その指摘にピアニエは整った顔を歪ませたが、アニエミエリには何のことかわからない。剣を交えたふたりだけの秘密だろうか?
「はい、終わったよ、アミー」
「ご苦労でした、エルティー」
背後でまたもどしん。おそらくオリビノエイタが腰を抜かしたのであろう。




