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汝の零した青き涙に  作者: 嘉野 令
第三章 出会い
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第四節

「へ、ちょっと、どういうことですか?」

 光る刀身に怯えながらも、ミューネは今一度問い質した。春だというのに薄ら寒い。

「なに、皇帝陛下を弑する企みについて、貴公の知っていることを聞きたいだけだ」

 ミューネは心の中で叫んだ。

 この人たちが反逆者!?

 つい今しがた存在を知り、つい今しがたその調査を命じられた皇帝暗殺を企てる叛徒に違いない。

 まさか、こんなにも早く――ミューネが調査を開始する前に出くわすとは思いもよらなかった。むしろ、見つかるはずもないと思っていた存在だ。心も頭もうまく整理できず、鼓動だけが早まる。

 とはいえ、任務は極秘である。師匠に釘を刺されている。正直に答えるわけにはいかない。

「ナ、ナンノコトデスカ?」

 あっちゃあ!

 明らかにぎこちない言葉が口から出てしまった。嘘は苦手なのだ。わかってはいるが、嘘ひとつつけない自分が情けない。

「あ、いや! 今のは違う! 違うんです! 何か隠し事してるわけじゃなくて――」

「まぁよい。情報に間違いはない。詳しくはアジトで聞くとしよう」

 苦笑してそう言うと、ポテルクワ城伯――その称号は本物だろうか?――はミューネににじり寄った。

 まずい! やばい!!

 命や身体の危険もそうだが、なによりも秘密を守れる自信がない。拷問などされなくとも、何もかもバレてしまいそうだ。

 そうなれば、調査など形だけで、皇帝暗殺計画について当局は何も掴んでいないと露見してしまう。

 後ろの騎士もゆっくりと抜刀。二振りの剣とふたりの男に挟まれ、ミューネは進退窮まった。彼女の魔術や腕力、頭脳や機転では太刀打ちできない。

 ミューネが諦めかけたそのとき、青年の声が路地に響いた。

「こらぁ! 何してるんだぁ!」

 字面ほど強さを帯びない声音。声の主は林檎を投げつけて隙を作ると、滑り込むようにふたりの騎士の間に割って入った。ミューネを背中に庇いながら、騎士ふたりを交互に睨む。

「大丈夫!?」

 その台詞を以前どこかで聞いた気もするがミューネは思い出せない。それよりも気になったのはその青年の容姿だった。

 へ、異人……?

 あまりに流暢な発音だったので声だけでは気づかなかったが、青年の髪は栗色で瞳は鳶色――外国人であった。世情に疎いミューネにはどこの国の人間かわからなかったが、肌が褐色ではないのでケーネルキー人ではないだろう。

 服はいわゆる背広というやつだが高価そうには見えない。つぎはぎもある。兵隊でも官吏でもなさそうだ。異国の商人はこの国を食い物にしてたんまり稼いでいるので、そういった類でもない。

「君、大丈夫!?」

 返事をしなかったせいか、再度問われた。

「へ、あ、はい」

 やせっぽちで頼りなさそうだが、何しろ異人である。いまやこの国では皇帝どころか、選帝侯よりも強大な力を持つ存在だ。思わぬ白馬の王子の登場にミューネは九死に一生を得た、と思った。

「異人の出る幕ではない! 邪魔立てするなら容赦はせんぞッ!!」

 保守的な騎士には攘夷論者が多い。異人など返り討ちにしてくれようというのだ。

「そ、そんなこと言っていいのかな?」

 ポテルクワ城伯の気迫に押し潰されそうになるも、異国の青年は踏みとどまった。

「あなたたちでは敵わないよ――」

 抜き身のだんびらを前にして、さすがの異人も恐れてはいるのだろう。声が震えている。しかし、彼は自信に満ちていた。

 だから、騎士たちは警戒し、ミューネは期待した。

 だが――

「なんてったって、彼女は魔術師なんだからねっ!」

 一同、沈黙。

 天に輝く光を指して「あれは太陽だ」という者がいるだろうか。赤い瞳に赤いローブのミューネが魔術師であることなど一目瞭然のはずだ。

 それとも、青年は発音が得意なだけで文法は苦手なのだろうか。

「さぁ、君! こんな不逞の輩は魔術でばばーんとやっつけちゃいなよ!」

 期待に満ちた瞳で擬態語まで使いこなすとなると、言葉の意味はわかっているに違いない。

「えっと、あの、私、そういう魔術、苦手なんですけど……」

 そもそもそんなことができるのなら、彼が割り込む前にやっている。すまなそうに答えるのも何か癪だった。

「え、そんな……じゃあ、どうすればいい、かな?」

 脂汗をたらして訊く青年にミューネは声を荒げた。

「聞きたいのはこっちですよ!! 異人なんだから鉄砲とか大砲で助けてくださいよ!!」

「そ、そんな! 僕は兵隊じゃないしそんなの持ってないよ!」

 とんだ役立たずである。

「じゃあ、何しに来たんですか!?」

「う……だって、女の子がピンチだったから……」

「だったから!? 何!?」

 身の危険も忘れてミューネは青年を問い詰めた。

「……ご、ごめん」

 異国の青年はしゅんとして謝った。

 何!? 何なのこの人!?

 白馬の王子が一転して路傍の石となった。状況はまったく好転していない。

「そこな異人よ――」

 ポテルクワ城伯が路地に転がった林檎を拾い上げた。その間も彼の剣に隙はない。

「この赤い林檎は農夫が汗水垂らして収穫したヴェリアルの宝だ――」

 険しい双眸が青年を睨みつける。

「異人如きが粗末にするでないわッ!!」

 怒気を孕んだ騎士の言葉は剣よりも恐ろしく、ふたりはなすすべもなく捕らえられてしまった。

 魔術師の少女ミューネ・ルナッド・リューゼと旧大陸の青年オリビノエイタ・エパスタの二度目の出会いはほんの偶然で、最悪のものとなった。

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