第一節
「構えッ!! 狙えッ!! 撃てッ!!」
歩兵銃が一斉に火を噴き、銃声が響き渡った。春の陽光に照らされた練兵場に戦列歩兵が横列を組んでいる。
近代的な軍服を着た西新大陸人の歩兵がアルテプラーノ語の号令でケーネルキー製の最新鋭小銃を操る。ヴェリアリープ帝国の誇る近代化戦力の精鋭――マリエスタ陸軍教導連隊である。
「フローナースト中尉、如何ですかな、我が軍の実力は?」
「教練も行き届いているし、装備もいいようですね、大佐殿」
胸を張るモデルトレデト大佐に対し、アニエミエリは言葉とは裏腹に冷ややかな声音を返す。彼女は鋭い視線を生まれたばかりの軍隊へと向け続けていた。
練兵場は帝都クロスフェールの大城壁の外側に位置している。東方鉄道で入城したアルテプラーノ教官団は荷を解くなり、今度は馬車で城門を出て、この練兵場へやってきていた。マリエスタ陸軍がこのような扱いを受けるのは、近代軍を都内に駐屯させたくない保守勢力の思惑によるものだろう。
「さて……どう思う、曹長?」
アニエミエリが含みを持たせて問うたのは東新大陸での戦友でもあるドレモンティス曹長であった。熊か巌のような外見通り、彼は信頼に足る人物だ。
「確かに悪くない動きですな、中尉殿」
彼もまた褒めてはいない。
「だが、使い物にならない」
「はい。使い物になりませんな、中尉殿」
「え?」
モデルトレデト大佐は予想外の酷評をすぐには理解できずにいた。
「な、なにが――」
「大佐殿、教育してもよろしくありますか?」
「ええ、もちろん……」
「では、失礼して」
大佐の許可を得るとアニエミエリはすぐさま大股で歩き出した。向かったのは隊列の先頭、横列の中央。ひとりの兵卒の真横につくと、おもむろに声を張り上げた。
「オリタ! ちょっと来なさい!」
練兵場の隅っこにいるオリビノエイタを呼ぶ。街道を行く商人たちを眺めていた彼は慌ててやってきた。アニエミエリが呼べば彼はすぐに飛んでくる。昔からそうなのだ。
「え、なに、アミー……あ、中尉殿」
「ちょっとあそこに立ってて」
そう言ってアニエミエリが指差したのは射撃の的だった。
「あ、うん……?」
要領を得ないまま、オリビノエイタはとぼとぼと歩いて行った。
「じゃあ、そのまま動かないで!」
何のことかわからず、きょとんとするオリビノエイタ。
「さて……」
アニエミエリは姿勢を正し、すぐ横の兵卒に命じた。
「構えェ!!」
その動詞の意味がわからないはずはない。それでもヴェリアリープ帝国の兵隊は動くことができなかった。彼の前にあるのは木の的ではないのだから。
「狙えェ!!」
構わずアニエミエリは号令を続けた。兵卒はモデルトレデト大佐を見遣り判断を仰ぐが彼もまた動揺していた。
「撃てェ!!」
その決定的な命令にさえも兵卒は反応できなかった。
「どうした、兵隊!? 命令が聞こえないのかッ!?」
「し、しかし……」
凛とした大音声が兵卒を責め立てるが、案の定、それでも動かない。おろおろとする兵卒とオリビノエイタ。互いに視線を交わすがどうしていいかわからないのだろう。
アニエミエリは六連発拳銃を抜き、天を撃った。銃声が轟く。
「構えェ!!」
先程よりも厳しく。そして、さらに一発。恐怖に怯えた兵卒がぎこちない動きで歩兵銃を構えた。銃身がぷるぷると震えている。
「狙えェ!!」
アニエミエリがまたも発砲。兵卒の顔は汗でびっしょりだ。狙った先には生きた人間がいる。騎士階級が反発する中で誕生したマリエスタ陸軍の主力は農民や町民である。戦うことに慣れていないのだ。
「撃てェ!!」
銃声はアニエミエリのものだけだ。
「撃てェ!!」
再度の号令を受けて、兵卒は恐怖のあまり引き金を引いた。目を瞑ったまま。
「ひぃ!!」
放たれた弾丸は木の的も、腰を抜かしたオリビノエイタも大きく外れた。やはり、この軍隊は戦えない。アニエミエリはそう確信した。
「ドレモンティス曹長、これが彼らの実力だ! 徹底的に教育してやれ!」
「はい、中尉殿!」
ドレモンティス曹長は不敵な笑みで応じた。彼にも結果はわかっていたのだ。
「フローナースト中尉……その、申し訳ありません」
アニエミエリに駆け寄るなり、モデルトレデト大佐は頭を下げた。
「いえ、初めはこんなものでしょう。しかし、近代戦において兵卒は敵よりも士官を恐れなければならないのです、大佐殿」
「はい……」
大佐は見るからに自信を失っていた。彼にとっては自慢の軍隊だったのだ。
「我々が鍛え直しますので、お気になさらず」
軽く微笑んでみせたが、大佐は気づかなかったようだ。だいぶショックだったのだろう。
そんな中、エルルティスがアニエミエリの袖を引っ張った。エルルティスはいつだって唐突だ。
「ねーねー、アミー」
背丈は高いくせに彼女の言動は子供じみている。
「なに?」
注意すべきかと思ったがそれも無駄な努力だと悟って、アニエミエリは冷たく応じた。
「いーの?」
「なにが?」
「オリタ君」
短い言葉が交わされ、心地いい春風が吹いた。エルルティスの長い銀髪が風になびく。青空には白い大きな雲が浮かんでいる。
「……あ、オリタ!」
アニエミエリは忘れていた存在に思い至った。夜、ひとりになったとき、彼女の頬を染め、胸の内を支配してしまう存在であるにも関わらずだ。
「仕事のためとはいえ、酷いことしたよねー。うんうん」
「え、ちょっと、オリタ、どこ行ったの!?」
練兵場を見渡すが彼の姿はない。
「城門の方に走ってったよ、涙目で」
なぜそれを引き留めなかったのか、などという指摘すら思いつかないほどアニエミエリは深く深く後悔した。当たらないという確信はあったが、親友を――想い人を射撃の的にしてしまったのだから。
「あぁん、もぉ!」
ままならない自分への怒りを込めて、アニエミエリは白き土の大地を踏みつけた。




