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トカゲの日。

作者: しけた。

一。


 トカゲの日には皮を被る。皮は前の晩から窓際に吊し風を通し、皺を伸ばしておく。ただの革ならまだしもこの皮は生きた皮なので、扱いにはいつも神経を使う。一度ヒトガタの方に吹き出物ができて困ったことがあるが、その時はトカゲの皮の方にも影響が出て、半年間トカゲの日は吹き出物だらけの皮を被ることになった。



二。


 皮を被る前の晩はヒトガタを解き、裸で眠る。トカゲの日はヒトガタの時とは違い、服は身に付けない。

 トカゲの皮だけで出歩き、過ごす。

 だから皮にはヒトガタの時に身に付けた服や下着の跡、それにヒトガタそのものの跡が出る。夫はそんなもの誰も見ていないし気にしていないと笑うが、やはりいくつになっても女である。身嗜みには気を付けておきたい。



三。


 夫が、わたしを求めてくるのはこんな夜だ。さっき誰も見ない気にしないと言っていた舌と同じ、ざらざらとした舌で、執拗にヒトガタの跡を舐め、歯形を付けようとする。わたしはやめてと言うが、夫は構わず、皮の上から跡が出そうな所ばかりきつく、噛む。わたしは身を捩り夫の歯から逃れようとするが、そうすればするほど夫の力は強くなり、強くなればなるほどわたしは身を捩りさらに強く、夫の歯を求めたくなる。

 夫の歯が、わたしを破る、わたしはかたちを忘れずぶずぶと、夫に破られて、ゆく。



五。


 子供は三人卵で生まれ、末の子だけがひとり、ヒトガタで生まれた。卵で生まれた三人はわたしには似ず、育つにつれより、夫に似たものになった。夫に似た子供たちは上から順に巣立ち、それぞれ夫に似たものたちと平凡な、家庭を持った。

 最後にヒトガタで生まれた末の子が残った。

 末の子は上の三人とは違いなかなかかたちが定まらず、苦労した。トカゲの皮を嫌がり、眼を離せばすぐにヒトガタを解き、あいだのものになろうとした。わたしは根気強く、末の子にこの世のことわりや、わたしたちの在るべきかたちについて諭した。時にはお互い声を荒げ、時にはお互い手さえ上げそうになったが、最後には親として子として、何より同じものとして、解り合えたと今では思っている。

 そんな末の子ももうすぐここを出て、自分の家庭を持つことになった。先週連れてきた相手は、わたしや末の子と同じ、似たものたちだった。

 明日は末の子たちと一緒に、トカゲの皮を被り、沼にゆく。



六。


 沼で何をしているのかと訊かれたことがある。

 末の子が生まれてすぐの頃だ。むずかる末の子に乳をやっていると後ろで声がして、そう訊かれた。ねばっこい、はじめて聞く感じの夫の声だった。

 わたしは何もと答え、夫はそうかと言った。

 しばらくしてふり返ると夫の姿はなく、翌朝いつものように出掛けたきり、帰ってこなかった。

 一週間後、ふとふり返るとそこに、夫がいた。一週間前と何も変わらず、まるでそこでずっとそうしていたように、夫はいて、末の子に乳をやるわたしを見ていた。

 あれから四半世紀経つが夫はあの日以来一度も、それについて訊いてこない。はじめは不思議でしかたがなかったが、段々、そういうものなのだろうと思うようになった。

 今日も夫は何も訊かず、トカゲの皮を被るわたしのかたちをじっと見ている。わたしは気付かないふりをしてトカゲの、皮を被る。ぴんと張った皮の上に、夕べの歯形の跡が浮き上がる。見られている。ざらざらとする。皮の下がざらざらと、する。



七。


 出掛けに夫が尻尾を踏もうとするが、いつも上手くいかない。わたしは尻尾の先で軽く夫の足を撫で、扉を閉める。扉の向こうで細く、また帰ってきてくれよという声がした気がする。わたしは尻尾でバランスを取りながら沼に向かって、駈けていた。沼への道は似たものたちで溢れかえっていて、トカゲ臭い。隣に末の子たちがいる。わたしたちは鱗を擦れ合わせ沼へ向かっていっしんに、流れて、ゆく。





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