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散花雨

作者: 鳥居脩輔

某所にてお題「夜の雨」で即興で書いたものを再編集したものです。小説というよりは詩に近いくらいの文量かもしれません。

 湿った夜の空気は、どこか生臭い、自然の匂いがした。

 こんなにアスファルトで覆われた都会の真ん中でも、あたりに漂うのは水に濡れた草木のものだ。

 街灯に照らされた道にはところどころ水溜りができていて、この雨風で散ってしまった桜の花びらが浮かんでいる。

「そこに大きな水たまりあるから」

 気をつけて、と大きな傘をさして少し前を歩く彼は時々振り返ってはそんなふうに注意をしてくれた。

 ずっと彼のやせた背中を追いかけて歩いていた私は、その度に少しドキリとする。そうして聞こえないくらいの声で、うん、とうなずいて、すこしだけ足を早めて水溜りを迂回する。

 でも、私が小走りになって水溜りをよけても、二つの傘が重なる間際に彼はまた前を向いて歩き出してしまう。

 結局彼との距離は少しだけ離れたままで。

 そうしてまた私は背中を追いかけるままで。

 いつも私がそうして追いかけるだけで。


 大股に歩く彼も、私と歩くときだけは、いつもゆっくりと歩いてくれる。

 小さなころから彼の後ろを一生懸命追いかけていた私は、よくつまずいて転んでは、その場でメソメソと泣いていた。そんなとき彼はいつも困った顔をしながらも何も言わず、手を持って引き起こしてくれた。

 今はもう転んで泣いたりすることなどはないけれど、転べばまたきっと手を差し伸べてくれるだろう。

 当時から頑固なくせにわがまま放題な私に、いつだって気の済むまで付き合ってくれたし、

「これじゃない」

 と、いつも泣いてばかりいる私の横で、泣き止むまでずっと一緒にいてくれる。

 でも、それだけだ。

 頑固で不器用で、いつも大事なことを言い出せない私の気持ちを、彼だけはいつもちゃんと理解してくれている。

 でも、それだけだ。

 私の気持ちを誰よりも理解してくれる彼は、きっと私のこの気持ちだって知っている。

 でも、それだけなのだ。

 いつだって彼は少し前を歩いていて、私はずっとそれを追いかけているだけで。

 私たちの距離が、二つの傘が隔てる距離よりも縮まることなんて、きっとない。

 音は雨でかき消され、顔は傘で見えない。

 だから、今だけは。

 今だけは、私のことならなんでもわかる彼も、泣き虫の私がまた泣いてしまっていることに気づかないだろう。

 そのことをそっと、花を散らしていく、冷たい春の雨に感謝した。

お読みいただきありがとうございました。

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