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姉はそれでもにこにこと笑っていた。キムラさんも母も、それを気味悪そうに眺めていた。
「サナさんが気にくわないなら、追い出せばいいのに。わたし、サナさんの家族じゃないから大丈夫です」
「ミユキ」
キムラさんは突然大きな声を出した。姉はそれでも母を見据えて、キムラさんなどいないように振る舞っていた。
「返事をしなさい」
「お父さんはサナさんの家族だから、変なこと言わないでよ」
妙な理論だった。母が姉の家族でないにしても、キムラさんは父親だろうに。
「あのね、ミユキちゃん」
母の声は震えていたが、態度は毅然としていた。
「ミユキちゃんは何か思い違いをしてるみたいだけど、別にわたしはミユキちゃんのことを嫌がったりしてないのよ。ただ今日はもういいから、休んでって言ってるの」
「わたし、もとのお母さんのご飯が食べたい訳じゃないんです。ユキにはお母さんがいるのに、その役割をわたしにさせるのが嫌なんです」
姉の言葉は切れ切れに続けられ、呼吸は荒かった。本心を口に出すということは、それだけで心身に大きな負担だ。何もおかしくはなくても涙が流れたり、普通の心情を言うのにも上手く言葉が出ない。口から出てしまうと、ぐっと肩が重くなる。
「お家のことをしてもらうのが嫌だっの?」
姉は違う違うと首を振った。「ユキのお弁当くらい作ればいいじゃないですか。母が怖いならわたしを追い出せばいいじゃないですか。結局サナさんはお父さんが好きなのであってわたしが好きなんじゃないんだから」
キムラさんはそこまで聞くと席を離れて姉に歩み寄った。姉は顔を差し出して、殴らば殴れという態度をとったが、キムラさんはただ姉の腕を掴んで軽く揺さぶった。
「お前、疲れてるんだろ。色々あって辛いのはわかるし申し訳ないけど、お母さんに当たり散らすのは止しなさい」
姉はにこりと笑っていた。
「何を言ってるの?」
お父さんが悪いなんて言わない。でもサナさんに当たり散らしてるんじゃなくて、思ったことを言ってるの。お父さんが知らんぷりしてる間に奥さんがこんなに苦しんでるんだから、わたしなんかいなくていいじゃないの。
そこで、母の骨ばった黄色い手がひゅうっと鳴って姉の顔に強かに当たった。指輪のしてある方の手だった。姉の顔はみるみる赤らみ、目の下が腫れ上がった。
元々色の白い姉の顔は、少しのことで赤くなった。風呂上がりや暑い日もそうだったし、声を出して笑ったときもそうだった。叩かれれば一層目立った。
姉は少し驚いたようだったが、ゆっくりと瞬きをした後、母を見据えたときには怒りと憎しみを露にしていた。自尊心の強い姉には、キムラさんならともかく、義母に手をあげられるのは許せなかった。
「自分の子供の世話もしない女が、他人の子供に何をするの?」
姉は大声で叫んで、顔を真っ赤にした。信じられない、頭おかしいんじゃないの。姉は母をひどく浅ましい言葉で罵って、相手が何も言わないでいるのを見ると、大きく息を吐いて部屋を出た。