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時が経つにつれて、僕とミユキは似ていった。容姿は似ても似つかないが、目線や動き、言葉の端々に同じような臭いが立ち込めた。知らない人たちは僕らを本当の姉弟だと間違えた。僕らも別に否定しないので、中学を卒業する辺りには、僕とミユキが血の繋がらない姉弟だと知っている人はほんの数人になった。
ミユキは怒ることのない性格だった。いつも穏やかな顔で世間を見詰めていた。
ミユキが一度だけ感情的になったのは、僕らが中学一年の時だった。
それまで母とミユキは仲の良い家族のように見えていた。ミユキは母の料理を美味しい美味しいと言って残さず食べたし、母も努力家で真面目な義娘を可愛く思っているようだった。ミユキはよく母の仕事を手伝い、母の手解きで料理や洗濯をしていた。
けれども小さい頃に覚えたミユキの母の味だけは、どうしても直らなかった。味付けは出汁をきかせて薄味に仕立てたものが多く、温野菜が好きだった。チーズやクリームソースなど、母が好んだ濃厚な味付けのものは決して作らない。キムラさんはどちらも美味しいと言って食べていたが、ミユキの料理の方が好きなようだった。優しいキムラさんは実は味の濃いものが苦手でも、何も言わずに笑って食事をしていたが、神経質な母はそれに気がついていたが知らんぷりをしていた。たまに和食の料理本を買ってきては苦心して料理していたが、いつの間にか自分好みの味付けに直している。そんなことを繰り返していた。
ミユキは淡白な味付けのものを作り続け、キムラさんはそれを食べ続けた。母はやがて料理を嫌がり、あまりしなくなった。
ミユキに対して冷たくなったのはその頃だった。仕事が軌道に乗り始めたのを口実のように、母は台所をミユキに預けて、僕らの晩御飯はミユキが作るようになった。母はミユキと目を合わせなくなっていったが、ミユキは変わらずただにこにこと役目を果たしていた。
僕はそれまで味付けになど興味がないという風に、その過程をただ傍観していた。本心では母の味が好きだったが、そんなことを言っても仕方がないと思っていたからだ。母はキムラさんに言われて、僕の弁当だけは自分で作り続けたが、その日は朝台所に行っても弁当がなかった。母はすでに家を出ていて、ミユキとキムラさんと僕しかいなかった。
ミユキはあっちこっち探している僕を見かねて、自分で弁当を作ってくれた。ミユキの弁当は美味しかった。
その頃僕には初めての彼女ができて昼は彼女と食べていた。色目も美しいミユキの弁当は彼女も気に入ったようだった。その日弁当を空にして帰ると、ミユキは満足そうだった。僕はその幸せそうな顔が気にくわなくて、やっぱり母の弁当がいいとこぼした。
ミユキは少し悲しそうだったが、そうだよね、ごめんねと言った。ミユキはその事を夕食の席で話した。
やっぱり誰でもお母さんのご飯がいいに決まってるもの。ユキのお弁当はわたしじゃだめ。
母はその言葉にむっとしたようだった。お前も自分の母親の料理がいいんだろうと、母は言いたかったに違いない。
何も言わない母の、燃えるような目をよく覚えている。