第十七話◇ 爆発オチ
放課後、暇つぶしに学校を見て回る。また楽しからずや。
「しっかし、ここは広いのか狭いのか分からん」
教室棟と特別教室等に別れているだけだが、莫迦みたいに広いわけでもなく、阿呆みたいに狭いわけでもない。中間だな中間。良く小説などではマンモス高校などで妹も同じ場所に入ったりするが、あいにく俺の妹の志望校は女子校なのだ、と聞いた覚えがある。おそらくは真実だろう。そしてここに来るな。
考え事をしていると、いきなりどん、と誰かとぶつかった。俺は尻餅をついて尾てい骨を痛めた。
「いってて、すいませんでした」
「いや、此方こそ済まなかった」
そういって無効も尻餅をついたらしくケツを抑えながら立ち上がる白衣の男はたしか化学の先生だった津根恒男先生だ。ツネ、と良く略されて呼ばれる。本人は苦笑いで愛想良く対応しているらしい。
僅かにある無精髭とすこしよぼれた白衣がより化学者らしさを演出している。
「お、そうだ」
少し気まずい感じの空気が流れてきたとこでツネは閃いたらしい。
「なんでしょうか」
「丁度誰かに手伝ってもらいたいことがあるんだ。君ならできる、村山君。僕に付いてきてくれたまえ」
「え? ああはい、分かりました」
よく分からないうちに連れて行かれてしまった。
そして化学室。授業の時とは違い、八個ある机全てに妙な実験器具が所狭しと並んでいる。緑色の煙が出ていたりするのが怖い。
「……で、いきなり連れてこられた私は何をすれば?」
「この粉末アルミニウムの袋が20kgあるから重すぎるんだ。非力な僕には無理だから君にこのビーカー一杯に移し替えてもらいたいと思って。あ、ちなみに水に触れたりすると爆発起こすから気を付けてくれよ?」
うおおおおおおい!? そんな危ない役目危険物取り扱い者資格を持っている奴とか科学部の生徒に任せろよ!
「え? いや先生。こういうのは私みたいな素人には向いていないと思うのですが」
「南山先生を軽くいなすくらいだから繊細さと力はあると思うんだけど」
どういう広がり方をしているんだ俺の武勇伝。というか武勇伝ですらない。
「そんな神話は存在しませんよ。とりあえず、帰って良いですか?」
「だったらとりあえずこれ」
そう言ってツネはアルミニウムの袋を指さす。だからそれは危ないと何度も。
「だからそれは駄目ですって」
「大丈夫だから早くしてくれ」
「根拠が無いのにできませんよ。共死にしたら元も子もありません」
せめて俺だけでも逃げたい。ここから。
「まあとりあえず。ここら辺には水気とか何もないからさ、僕も手伝うって」
そう言って先生は袋の下を持つ。待っているようだが、俺も手伝えと?
仕方ないので持つ。かなり重い、何キロ買ったんだこやつは。20kgだったな。
「で、これをビーカーに……先生、ビーカーの真横にアルコールランプらしきものが。俺まだ可哀想なことになりたくないのでこれは床に下ろしましょう」
少し傾けてテーブル上のビーカーに注ごうとした所で気がついた。気がついてて良かった。
「ここまで来て弱音を吐くのかい?」
「先生、弱音じゃなくて身の安全を考えているのです。実に合理的な……力を入れないでくださ……あ」
ササァーーっとビーカーに注がれる音がする。結構袋に満杯だったんだな。
「ほら、大丈夫だろ?」
案外引火しないものなんだな。間近にあっても全然問題ないや。
「そうですね。おっと、ここら辺までにしておきましょう」
ビーカー八分目辺りまで注いで俺は少し上に力を加えた。それが原因だろうか、粉が一瞬大きく舞った。
視界が反転した。世界が反転した。俺は死んだんじゃないかな。
醜悪なオブジェ。溝に詰まったヘドロ。腐った人肉。この世の全ての汚いものが押し寄せてくるという最悪な夢を見た。
俺はゆっくりと目を覚ます。無機質な天井は先ず目に入る。蛍光灯は既についておらず、光は月明かり。
しかしここはどこだ、私は一体誰だ。村山だ。そしてここは病院のベッドだ。
横に目をやるとツネが眠っていた。顔が包帯だらけだが大丈夫か? そう思ったが自分の顔を触ってみるとこれも包帯だらけだった。
「何が起きた。この小説は次のコマにて全ての怪我が治っているはずなのだが」
俺はそう呟く。それにしても今何時だ? 手がギプスによって使えないのでそこにある携帯電話すら取ることができない。
もどかしい。非常にもどかしい。顔すら動かすと激痛が走る。つらい、歯がゆい。そして時計はすぐそこにあった。
二時五十三分。月明かりが照らす病室のベッド、そこで気がつく。自分を看に来ている人間の存在に。
「兄か」
黙々と月明かりで本をめくる兄。俺の声に気がついたのか本から目を話して此方を見据える。
「そろそろ起きる頃だと思っていた。時間は分かるだろうが日付は分かるまい」
「あれから何日経った?」
もしかすると俺は相当長い間昏睡状態にいたのか。死にかけて?
「なんと一日だ」
「一日かい!」
つい突っ込んでしまうほどに拍子抜けだった。
「もう少し感動を演出して欲しいものだな」
兄にそう言われるが、俺は死にかけたくて死にかけたわけじゃないし、いつ起きるかなんてどうやって指定しようか。
「そう言われたって困る。ところで、俺はいつどうやってどのようにここに来たんだ?」
「先ずお前とこの先生が理科室に行くのを目撃した生徒が居て、入っていくのを見てそのまま廊下を歩いて行ったら爆発したらしい。とりあえず救急車を呼んで、お前と先生をいち早く瓦礫の中から捜し当てたらしい。全身やけどしながらも普通にいびきを掻いている二人に愕然としたようであるがな」
「ああ、じゃあこれは明日にでもとけるな」
俺はそう言って包帯のあまりを弄ぶ。
「妹が心配してたぞ」
いきなりそんな事を言う。にわかには信じがたいが、非常に力が出る言葉だ。
「……そうか、ところで先生は大丈夫なのか」
「ああ、この教師もお前と同じでギャグ担当らしい。絶対死なないことをここに明記しておいて閑話休題」
兄に話を打ち切られた。まあ必要なことは話したので俺も再び眠りにつこうとする。
「ところでそこに飾ってある菊の花を持ってきた美しい女性は弟の彼女かね? 随分と皮肉の効いた見舞いのようだが」
「俺の良きライバルだ。あとでぶっ殺す」
「フハハハハ! さすがだ弟よ! 女性に対する厳しい態度は今も昔も変わらぬものか!」
兄はひとしきり笑ってから呼吸を整える。
「俺はとっとと寝るよ。兄はどうする?」
「私はここで黙って待つ。明日は休日だ、妹も連れて三人でどっかうまいものでも食いに行くか」
「それもよか……」
俺はそう言って意識を手放した。