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第十五話◇ やっちゃった村山


 今日の放課後はやはり文芸部での活動であるのだが、そうは言っても今は朝なのでその活動内容に思いをはせて嘆く必要もない。

 いつも通りに朝起きると、やはり朝ご飯を食っている妹と母に出会う。無論妹は必ず此方を一回睨んでくるので、こっちは限界の高さから見下げてやった。

 しばらく此方を睨んでいたが、俺は無視して妹の隣に座る。何故隣に座るかというと良くあるでしょ? 家族ごとにある椅子の定位置というやつが。ちゃんと飯もセットされているし。

 不本意だが幼き頃から私の定位置は決まってしまっていた。本来私と妹は水と油、犬と猿、上と下の関係なのだ。

「何あんたさっきから険しい顔で額に手を当ててるのよ。何かむかついてくる」

横から変な声が聞こえるが気にしないで行こう。それよりも何となく聞きたい事柄ができたので聞いてみる。というか早く解消して欲しい事柄だが。

「妹、お前彼氏できたか」

俺は気になって話しかける。妹は此方を何か変なものでも見るような目で見ている。俺はその目と向き合いつつ、味噌汁をすすった。

「なんで兄貴がそんな事聞くのよ」

非常に攻撃的な女だ。なんでもっとこう……素直な子に育たなかったのかな~。

「気になるから。じゃだめか?」

「じゃあ言うけど。私は今のところ彼氏なんて作る気はないわ」

「あ、そう」

俺はそう言って卵焼きを箸で分割し、一口食べ、そのあとご飯を口に含む。そして、飲み込んだあとに味噌汁を飲み、またその繰り返しをする。

「……私からも質問して良い?」

珍しく妹から話があるらしい。俺は牛乳を飲みながら頷いた。

「この前来た人は本当に彼女じゃないの?」

「ああ、あれはなんだ。変質者だから気にするな」

本当に変質者だと思うよ。

「え? でも兄貴よりしっかりした感じで……」

「え? ホント?」

妹は無言で頷く。俺が宝条よりしっかりしてないのかよオイィ。

「どうした兄貴! 顔が蒼く!」

珍しく妹が俺を心配している。さすがにショッキングだからね、あの変質者よりもしっかりしていないとは。

「いいんだ、三奈。お前は生きろ」

俺はそう言ってゆっくりと立ち、目の前もよく分からないような状況で部屋に戻っていった。ご飯はしっかりと食い終わったよ。

 …リビングでは。

「珍しく仲よさそうだったわねあなた達」

母、柳子は皿を洗いつつ三奈にそう話しかける。三奈はソファー越しに振り返り顔をしかめつつ答える。

「別にそう言うわけじゃないわ」

母は少し笑って答える。

「そう言うことにしておきます」

三奈は少し赤くなる。

「からかわないでよ!」

 事実、私こと三奈は兄のことが嫌いなわけではない。むしろ兄妹として好意さえ持っている。何故あのような態度を持つかというと、昔から兄は全く遠慮をしないタチなので甘やかすと勝手に部屋に入ってきてくつろいだりするので、私の友達にそういう様子が見られたら誤解どころの騒ぎじゃなくなる為だ。兄はすっかり勘違いしているようだがそれでかまわない。ちなみに彼氏を作らないのは何となくだ。

 さってと、忘れ物無し、パイ投げ用のパイよし。俺はスクールバッグを肩にかけ、学校へと歩き出した。

 「拙者は知らん。お主が阿呆な事をしてボコボコにされた所でな」

 朝俺の計画を武藤に伝えたらこんな反応をされた。だが俺はそれでもやらなくてはならぬのだ。パイ投げトラップ計画を。

 そして昼休み、この時点では文芸部室にトラップを仕掛けることはできない。放課後に丁度引っかかるようにしなくてはならないから、六時間目休み辺りに仕掛けるとしよう。

 俺は頭の中でそんな事を考えながら弁当を食っていると廊下が少しざわめいている。ざわめくって結構とんでもない事だよな。

「何かあるのかな?」

「拙者には分からん。しかし、何かが廊下を移動していて、それに対するざわめきと言うことは拙者にも分かる」

「それは俺にも分かる」

宝条は文芸部室へ行ってしまったので今は居ない。結構あいつもあそこを気に入っているのだ。

「うん?」

俺は目を疑った。

 そのざわめきの正体は結局俺にとって取るに足らないことだったが、実に鬱陶しい、二度と会いたくない、やはりお前か。

「村山く~ん」

教室にそう言いながら入ってきたのは昨日、俺を投げたり押さえ込んだりした女だ。俺は額に手を当てる。大体において誰だこの女。

 武藤を見ると、俺と奴を見ながら目をぱちくりさせている。一体何をそんなに焦る必要があるのだろうか。

「どうした武藤」

「い、いや。なんでもない。意外にも村山殿は生徒会長と知り合いなのだな」

なんでもなくねえよ。この女が生徒会長ってどういうこと?

「あれ、もしかして生徒会長さん?」

俺は隣でずっとうるさくしている生徒会長らしい女に聞いてみる。

「あら本当に知らなかったのね。いいわ、みんな知っていると思うけどもう一回自己紹介してあげましょう」

「いや、別にもう良いんで。俺達の弁当ブレイクを邪魔しないでください」

俺がそう答えると周囲がざわめいた。え? 選択肢間違えたのか俺? 生徒会長はちょっと怒ってる感じで俺を見ている。というのは顔が笑っていて目が笑っていない状態のことを指すのだがな。

「じゃなくて自己紹介をお願いします」

俺は二秒後に言い直した。周りとこの女を敵に回すのは避けたい。

「変な言葉が直前に聞こえた気がするけどまあ良いわ。私の名前は(あずま)(みなみ)。現役東大合格圏内にいる天才ウーマンよ!」

クラスの周囲からおおおおお~~~という声が上がる。俺も惚けた声しか出せなかったが。というか、

東南(とうなん)じゃねえかハハハハハ……ハァッ!?…ァァァ」

俺の声が次第にかすれていったのは生徒会長がいきなり俺を力ずくで立たせて金的をしたからだ。今のところ、死亡中。

「私を東南(とうなん)と呼ぶ奴は例外なくぶちのめすことにしているわ」

「そう……でしたか」

俺は椅子に座って股間と腹部を押さえながら答える。今のところ、蘇生中。

「昨日挨拶しに行くって言ったでしょ? しっかり歓迎の準備でもしてると思ったのにね」

「そう……でしたか」

「しまいには私の名前を知らないと。この生徒会長の名前を!」

生徒会長に連動して他の男子も俺を睨んでいる。こいつら何かのケーブルでつながっているのか? どちらにせよ腹部の鈍い痛みは形容しがたいものがある。

「東さんでしたね。分かりました。あなたがとても天才で素晴らしい人であることが分かりました。ええ、分かりましたとも。ですから生徒会業務に戻りましょう。みんなが呼んでいますよ」

俺の周りの女はただでさえめんどくさいんだ。というかもっと友人的な男成分が欲しい。女成分はもうこりごりだ。

「私が仕事を作るのだから他の会員に呼ばれる筋合いはなくてよ! なぜなら私は!」

「「「「「「美しく! 清らかで! 天才な!」」」」」」

男子一同(武藤と少数除く)の声がこだまする。うるせえ。

「蘭高校生徒会長だから!! オーホッホッホッホ」

そう高笑いしながら生徒会長は教室から出て行った。その歩く背中はさながら貴婦人のようで、されど俺の目には阿呆にしか見えなかった。

 前置きが長くて申し訳ないが、俺の企みは文芸部室にドアを開けると顔面にパイ投げが当たってくるトラップを仕掛けて宝条に恥を掻かせるのが今回の狙いだ。

 仕掛けは簡単。まず回転する支点に棒を装着。ドアの少し上の方の壁に回転式支点付き棒を垂直に設置。そして、滑車を介した糸でその棒の先端を上からつり、その糸をドアの閉まっているところで固定する。開けると糸の支えが無くなり、回転式支点付きの棒は重力によって丁度相手の顔に当たる。その当たる部分にパイを設置するのだ。デハハハハハ!

「ということで完成だ。あとは宝条を待つのみ! 西暁寺でもかまわん! もはや奴は先輩じゃない!」

ドアを閉めて満足。俺はづらかろうとした。なぜってドアの目の前に立ってたら俺が被害を受けるから。

「すいません」

その時、ドアの向こうから聞き慣れない女性徒の声が聞こえた。今開けられるとまずい、このままでは無関係の人に被害が及んでしまう。

 糸を手で押さえながら俺はドアを僅かに開けた。隙間から覗くとそこには随分とスモールな女生徒が居た。小動物らしい雰囲気を醸し出している。かなり可愛いぞこの娘。

「なんの用でござんすか?」

微妙に部活動入部ラッシュも過ぎ、みんな落ち着いてくる頃だから入部というわけじゃないと思う。

「あの、こちら蘭高校新聞部なのですがいま様々な部活動の方にインタビューを行っているのです」

「お疲れ様でした」

そういって俺はドアを閉めようとする。

「え! ええ!? そ、そんな……」

少し驚いたあと少しすすり声みたいな声が聞こえてくる。泣かせちゃった?

 ガチャリ。

「ではインタビューお願いします!」

少し開けた瞬間ドアを無理矢理力ずくで全開放された。こっちは糸持ってて片手ふさがってんのよ~? しかもこいつ相当の手練れのようだ。さっきのは演技か!!

「俺部長じゃないんで……」

「そうですか……」

俺はそう言いかけて閃いた。ここでぼろくそ言えば新聞部の記事はメチャクチャ俺にとって面白い記事になるのではないか、と。

「俺部長でした。ど忘れしてたわ~」

俺はわざとらしく笑っているようだ。新聞部の娘の顔もパアっと輝いた。しかしその笑顔はすでに演技にしか見えなくなっちゃった。

「ではお願いします!」

新聞部の子はマイクを俺に向けてきた。

「ゴホンッ。ええ~この文芸部は現在三人しか居ません。しかし、個性的な三人です。

 皆さんもご存じかも知れませんが、宝条椿姫、西暁寺静というそうそうたるメンバーが揃っています。

 主に活動としては本を書く、読むなどの単純なお仕事です。しかし、本を書くとしてもしっかり文学賞を狙ったりと本格的に頑張っています。かつても小さな賞をいくつかもらっていた先輩が居たらしいですしね。

 ところで皆さんは宝条さん、西暁寺さんのことを素晴らしい、美人な人物だと思っているでしょう、フッ。

 実は親密になればなるほど分かることなのですが、私は彼女らのことを形容するには園児、幼児、そこら辺の言葉で形容すると良いのでしょうか。ほんと彼女らの実態はそれはもう酷いもので、尻ぬぐいが大変です。ええ、私が居なければきっと駄目になって居たでしょう。

 阿保と莫迦ですからアハハハハハ………ん?」

 今気付いたのだがおかしいな、マイクを持っているのがさっきの娘から西暁寺先輩に変わっているぞ?

「どうした村山、続けろ」

横から宝条も顔を出してくる。おかあさん、おしっこ漏らして良いですか。

「え……いや、あの、これはほらねぇ……」

「どうした?」

宝条は笑顔ではさみを持って近付いてくる。え? それはやり過ぎなんじゃないの? 待って来ないで!

「ちょっと待つ! ちょっとってアアアア!? 『ぐちゃ』……あぁ……」

 この音は俺が刺された音じゃなくて後ろからパイが俺の背中に衝突した音ね。

 俺は衝撃と同時にこれが後ろからのパイの衝突である事を悟った。宝条は、俺がすっかり忘れていた片手に持っていた糸を切ったのだ。制服洗濯しなきゃな。

 しかしそれでも西暁寺先輩達の怒りは収まらないらしい。新聞部の娘にもう帰って良いわ、と有無を言わせぬ口調で迫り、帰らせた。

 そして、宝条とともに文芸部室に立ち入ってくる。俺はゆっくりと後ずさる。西暁寺先輩と宝条の背後に般若のオーラが見えてきそうだ。

 そして、西暁寺先輩は此方を笑顔で見つめつつ、ゆっくりとドアの鍵を閉める。

「じゃあ、始めましょうか」

 死の宣告が部屋に響いた。おそらく私は死ぬでしょう。

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