第十三話◇ 宝条
北条椿姫目線のお話。
私は宝条椿姫。別名宝条だ。いや、それは別名じゃなかった。
ともかく、私はいつものように村山をいじり倒したりして帰ってきたわけだが、先ず家に帰る方法がリムジンなのだ。
家も中途半端に遠いが、私は正直一人暮らしをしたいと親に行ったのだが断固として受け入れてくれなかった。まあ一般の学校に通わせてくれただけよしとしよう。
村山と西暁寺とお別れし、校門前のリムジンに乗る。私の家のだけじゃなく他のリムジンも止まっている。ロールスロイスとかもある。
なんだかんだ行ってこの学校はお嬢様お坊ちゃまの率が高いのだ。
リムジンが発進すると執事長であるエドワード・マコウィッツが前を向いたまま口を開いた。
「お嬢様、今日は学校で何かありましたか?」
ふむ、何かあるかというと村山をいじったり西暁寺のライバル視を軽くいなしたりしたことぐらいで何もないな。
「何も」
「左様でございますか」
会話はそれだけだ。しかし私は母や父よりもこのエドワードに多く子育てされ、思い出もこのエドワードとの思い出の方が多い。だから、私の家で最も話すのはこの執事長で、親や他の執事とはほとんど口をきかない。きくとしたら雑用を頼むことぐらい。
「しっかし村山も初対面から少ししか経ってないにも関わらず段々と私の対応になれてきたな……」
あの男は他の男とは違う何かがある。それが何かが分からないからこまる。少なくとも普通の女子よりは見合い回数も多いし、そこで得た知識や経験からある程度の男心は推測できる。村山は普通の男とほとんど同じような心を持っているが……精神が老いてるのか、女に対する関心が薄い。だからこそいじり甲斐があるのだが。私がムキになって家に出向いたがあの男はあろう事か私のはかなげな顔を見てから全く臆せずに玄関から突き出した。あれにはさすがにびっくりした。
「お嬢様、それは男性でございますか」
執事が妙に軽い口調で聞いてきた。
「男性だが、勘違いも甚だしいぞエドワード。あれは私の玩具だ」
そう、君は私の玩具なのだよ、村山君。
「ホッホッホ」
エドワードはそう笑いながら右折にハンドルを切る。家はもうすぐだ。
もうすぐと言ってもう着いてしまったようだ。ドアを若い男の執事が開ける。世の中では美男子に該当するらしい男だが、残念ながら私の心はその程度ではぶれない。大体こいつの名前を私は覚えていない。
「エドワード、今日はさっさと風呂に入りたい。食事も早めにだ」
「かしこまりました」
さて、村山がどう私の小説で動くかが楽しみでしたかがない。私はプロットを書かないのだが村山の人格や立ち位置はもう脳内で完成しているのだ。村山は勇者、私は女神で勇者を好き勝手に使役する役。西暁寺は大魔王決定。
「ムフッ」
私は美男子揃いの執事が道の両脇で私に向かって「お帰りなさいませ! お嬢様」とお辞儀をしている間を抑えきれない笑みを浮かべつつ通るのだった。
風呂も飯も食べた。あとは小説だ!
「さって、村山にいっちょメールでもしてみるか」
その前に何となくあいつをからかってやりたくなった。
→「親愛なる村山へ。あなたはめでたく勇者になりました」
さて、返信されるまでにもう執筆を開始するか。
―――三十分後。
←「いやあ実におめでたい。でもお前はどうせ女神とかの勇者を使役する立場なんだろ? 確実に」
さすが村山、私のことをよく分かってるじゃないか。
私の顔に自然と笑みがこぼれる。最近はよく心から笑えることが多くて良い。
→「よく分かっているね。そう、これから君は私にこき使われて魔王サイギョージを倒す旅に出るのだよ」
数分で返ってきた。
←「最悪じゃねえか。あと先輩の扱いも結構酷くないか。美味しい所とかの話じゃなくて」
→「しょうがないじゃないか。小説の話題を切り出したときからこの構成は決まっていたのだから」
←「俺はお前が出ることなんか決まってなかったぞアホ」
カチンと来た。おなごに対してアホ?
→「成績優良者になる予定である私に対してアホとは
いいだろう、定期テストで私と勝負するかね?」
←「やだ」
二文字返信は結構寂しいものだよ、村山。
→「……無性に村山と勝負したくなってきた」
負けた方は勝った方の言うことを何でも聞く、と言うルール付きでな。
←「俺は無性に勝負を逃げたくなってきたよ」
→「お前は男だろ」
←「お前は女以外の何かだろ」
ほほう、私が? この美貌を持つ私のことを女以外と?
→「じゃあ女以外の何か、言ってみなさい」
←「うんこ」
なんで十五秒でその答えになるかなぁ。
→「それはこまる。それだと村山はウンコが隣に座ったりしても全く気にしないような男になってしまうぞ」
←「訂正、あなたはかわいげのない女の子」
女の子には昇格したがかわいげの無いとはなんとかわいげの無い答え。
→「美人だろう?」
だろ?
←「自分で言う奴に限って終わってるのが何故分からん!」
→「終わっているとは失敬な。またあの時みたいに股間を圧縮するぞ」
←「俺は反撃できねえじゃねえか」
おや、女心を全く理解しようとも女性に関心を持とうともしないくせに体に対する攻撃はためらうと。
→「君は全く女に対して遠慮がなさそうだが」
←「俺のせいで子供が産めなくなって、そしてそのせいで恨まれたら困るじゃねえか」
→「じゃあその女性と結婚すれば良いんじゃないか」
←「やだよ、俺は結婚なんて破棄しづらい契約を結ぶつもりはない」
結婚が契約……確かにそういった見方もある。
→「Ifの話だが……村山は私が結婚したらどう思う?」
私がそう送ると返信が滞る。確かに私も私らしくない質問をしたと思う。村山はやはり私のことをなんだかんだ言って心配してたりするのだろうか。そんな淡い期待は次の返信で打ち砕かれたが。
←「先ず一言。おめでとうと言いたい。
おめでとうと言ってそのあとは縁を切りたいね。
あと結婚式には呼ばないでくれよ?
お前が結婚するような相手にふさわしいようなご祝儀なんて持ち合わせている余裕はないからな。
別に百円でいいのなら俺は喜んで結婚式に行くがな、飯うまそうだし。
長文失礼、行き遅れに注意しなさい」
携帯がミシッと、つい力が入ってしまう。ならば、
→「私が村山と結婚したい、といったら?」
←「遺産相続権と会社の名義をそっくりそのままくれるなら俺は三つ返事で快諾するよ。さあ結婚しよう」
なかなかに辛口な事を言ってくれる。
→「残念だが君は私と結婚しても種馬にしかなり得ない」
←「それはそれで良い生活だ。働かざる者食うべからずとは面白いことを言ったものだ」
村山はよく分からないが調子に乗ってることは確かだな。
→「まあ、今の君じゃ私と結婚するにはふさわしくないがね」
←「ありがたき幸せ」
毎度返しに皮肉が入ってくる。
→「だから明日は村山の秘密を学校でばらそうと思う」
私を弄んだ罰だ。
←「……なんの秘密だ」
→「明日のお楽しみ」
←「さっきはすいませんでした」
参った。この男にはプライドがないみたいだ。
→「もう許せないね」
←「今土下座してます」
→「写メ」
私がそう言うとどうやら村山が土下座しているらしい写真が添付されてきた。すごいあっさりなんだが。
→「駄目だ」
←「なんでだよ!!」
→「頭は床を貫通するのが欧米のマナーだ」
←「ここはジャポンだ!」
→「では秘密を暴露させてもらおうか」
←「できません! ホントすいませんでした! 許しておくんなまし!」
変な方言混じってるぞ。
→「……ではもう一度聞く、私がお前に結婚を申し込んだらどうする?」
←「はい! そりゃもう! 快諾でさあ!」
→「だめだな」
こいつは薄っぺらい男だな。いや、道化を演じているのか?
←「ところで、秘密って何だ?」
もう一度聞いてきた。私も知らん。
→「それは秘密」
←「北条って知ってる?」
突然なんだ?
→「あの北条家か。あそこの令嬢はパーティで見たことあるが……」
←「話したことはないのか」
→「無いぞ。それがどうした」
←「じゃあお前俺の秘密なんて握ってないな」
何故そこでそう言う推理にたどり着く。いや、それよりも北条家の令嬢とこいつはまさか何かあったのか?
→「ところで北条家となにか確執でもあるのか」
←「黙秘権を行使させてもらう。あの件は俺の人生の汚点だからな」
余計知りたくなってきたなあ。今度パーティーに出たときに探してみよう。いつもはつまらないが、目的があるとこうも出席したくなるとは。
→「まあいい。本人に直接聞いてみるよ」
←「止めとけ、爆発するから」
→「余計聞きたくなってきた」
←「命の保障はできないが、ホントに聞くのか?」
村山にしては随分と粘り強く聞いてくるな。
→「ああ、私だって宝条家の一人娘だぞ」
←「しーらね」
→「まあ、明日をお楽しみに。あと、お前の秘密ってのは嘘じゃない」
私はそこでメールを切った。何通かメールが来てたが無視した。ところで秘密の話だが、村山の母と話すうちに幼少の恥ずかしい話をある程度聞き出せたのでそれを秘密としてみよう。