第十話◇ 宝条にメールしたばかりに
宝条にメールしたばかりにめんどくさいことになった村山。
「たっだいま~」
「あら、おかえり」
家に帰ってから待っていたのは母の暖かい一言。妹は部屋にいるか部活だろう。
「今日の夕飯何?」
まず俺はこれを聞く。これを聞かなければ気になって何もかも手つかずになってしまうのではないか、というほどだ。やっぱりそれほどでも無い。
「豚汁にホッケの開きを焼いた物。そして白米よ」
魚料理か……近頃は肉料理中心の家庭が増えていると聞く。肉料理は飽和脂肪酸が含まれているので摂取するのは良いがあまりしすぎると良くない。対して魚は摂取許容量が圧倒的に高い不飽和脂肪酸。体にも良く、頭が良くなるという素晴らしい食材なのでみんなも食べよう。
「なるほど分かった。これで今日も勉強に集中できる」
「頑張ってね~」
母の言葉を背に、俺は二階へと上がった。
自分の部屋は至って普通の男子生徒の部屋だ。特に散らかりもせず、アニメのポスターも貼っていない。張っているのはカレンダーのみで、モデルガン{m249(\69800)}を一丁飾ってあるのみである。
さて、自分の部屋に来て何をするかというと小説の構想を練らなければならない。実際俺が書くと戦記物か軍事物になりかねない。日常やファンタジーなどもってのほかだ。
「……やはり戦記物が良いか。宝条はどんなだろうか」
さっき交換した宝条のメアド。にやりと口が笑うのはこれを持っている男子生徒はほぼ一人。俺だからだ。だからといってそれが得だと言えばたかが知れていることなので得とは言い難い。でもうれしい。
と言うことで俺は宝条にメールを送った。
→『やあ宝条。そなたは小説において如何様な構想を練っているのであるか』
一分くらいで返信が来た。
←『いま見合い中だからメールはすこし待ってくれるか』
ブホッ! いきなりそれか! ……しかたない。宝条の顔を立てると言うことでここはメールを我慢しよう。と、俺様が思うとでも思ったのかね宝条ゥゥゥッ!
→『相手の男性はどんな人間であるか』
反応が楽しみだ。
←『二菱社の社長の長男だ』
ゲェェ! 超財閥野郎じゃねえか解体されろやオラァ! ……いかんつい熱くなってしまった。しかし起伏のない文章だ。もっと焦っている感じで書いて良いのに。
→『で、本心はどうしたい?』
ずばり核心を突く良い質問を出したつもりだ。さあ宝条! どう返す!?
←『早く小説の内容考えたりおやつ食べたい』
宝条らしからぬ文章だが……いやこれは宝条の本性だったり? じつはしたいことがあるんだけど体裁ってものがあるから好き勝手できないって感じ?
→『そこに食べ物はあるか』
宝条も気になるがそこにある食べ物も気になった人も居るのではないのだろうか。
←『キャビア。トリュフ。フォアグラ』
馬鹿なぁ! 三大珍味が一堂に会するだとぉ!? なに仲良くしてんだこの三大珍味め! お前らなんか喧嘩しちまえ!
→『お持ち帰りはできますか?』
でも食べたいんですよね。だって普通手が届かないじゃん。
←『できると思うか?』
→『お前ならできる! 絶対だ!』
←『そういうなら……ってやるか馬鹿!』
ほほう、乗り突っ込みですか。宝条の良さを一つ学んだぞ。良さかどうかはともかく。
レストラン〈ジ・ラムダトゥ〉にて。
「さっきから宝条さんはたびたび下を見ていらっしゃるのですが何か居たのでしょうか?」
二菱みつおはさっきから宝条がテーブルの下に腕を縮め、たびたび下を見ながらしきりに顔の表情を変えているのを見て心配になっていた。なにせ相手は見合い相手、自分の良さをアピールできないとこまるのだ。
「い、いや何でもありませんわオホホホホ」
宝条はすかさず正面を向き、作り笑いをする。二人きりの見合いというのは実にやりづらい……宝条椿姫はそう思った。
「ふう、よかったです」
二菱みつおは易々と納得した。
「学校ではどんなことを? 一般市民の入る学校に入学したようなのですか何故なのです?」
「一般の学校に入学しようと思ったのはもう少し世間を知ろうと思ったからですわ。蘭高校はあれでも一応私のような上位の人物も少なからず居られますので両親の反対も簡単に説得することができました」
二菱みつおには一般市民と共同で学ぶなど理解のしがたい行為だった。
「なるほど……」
だからそうとしか言えなかったのだった。
「個性的な人が多いので、学校では常に新しい発見がありますわ。確かに私たちの生活も良いのですけど、一般庶民と共に過ごす生活も学ぶ所が多く、それはそれで楽しいのです」
宝条は思ったことを告げる。二菱みつおは一般市民を見下す典型的な貴族であったのでいよいよ理解できなくなった。だからだろうか、こんなことを言ってしまったのは。
「一般市民のような者とあなたは全く身分が違われます。私が素晴らしい学校に入学できるよう優遇させて……」
「あなたには落胆させられました」
宝条はキャビア、トリュフ、フォアグラに全く手をつけてない状態で立ち上がる。
「どういうことですか」
二菱は現状理解すらできていない状態で問う。宝条は無表情に答えた。
「あなたはまだ世界を知らない。親を見習ってもう少し広い視野を持て」
最後には敬語すらなく。二菱はそのまま硬直してしまい、宝条はゆっくりと歩いて行き、レストランをあとにした。
リムジンに乗り込む前に宝条は自らの初老の執事、東郷功
「無駄足だった」
宝条からのメールが遅い……気になるがここは小説を考えて気長に……お?
←『見合いは終わった。全く最近の財閥息子は世間のことも知らないのか』
文句言うなよ。あいつらだってあれで頑張ってるんじゃないのかなぁ?
→『ところでお前そんな早いってことは三大珍味もう食ったのか?』
メールは一瞬で返ってきた。
←『全部残した』
あとでぶっ殺すこのアマ。おっと……俺としたことが熱くなっちまった。
→『明日、いや今日覚悟しとけ。残された三大珍味の恨みを余り舐めない方が良い』
怒りが冷めたと思ったか?
←『まあそう怒るな。それよりも小説の件についてだが』
長きにわたるメールを経てやっと小説の話題か。
→『宝条はどんなジャンルで考えているんだ?』
ファンタジーか? はたまたホラー? 俺は非常に気になった。
←『私としてはコメディで行こうと思っている。日常のな』
予想外過ぎる……。宝条のキャラとのギャップのせいで脳みそがオーバーヒートしてくる位予想外でした。
→『宝条が書くのか?』
ゴーストライター居たりして。
←『勿論』
畜生。じゃあ俺は元から無かった選択肢が一つ狭まって選択肢が減ってしまわなかったよかったと言うことか。
→『まさか宝条がコメディを書くとは思いませんDEATHTA』
←『村山も登場させるつもりだぞ』
させんなよ恥ずかしい。そうと聞けば立ち位置が気になる。
→『どんな立ち位置で出すんだ?』
←『女子が主観の小説だからおそらく恋愛相手か大魔王だろう』
→『なんでラブコメの選択肢に大魔王が居るんだよ』
←『気にするな。ところでだが、村山は私を登場させるつもりか?』
突然なんだ……ここで出すというのは簡単だが俺が書くのは戦記。しかも戦争映画などにおいて俺は恋愛要素が入るのを酷く拒絶する傾向にあるから絶対に俺が書く小説に若い女子は入らない。あっても故郷にいる妻かフィアンセを死亡フラグ作りのために登場させる位か。
→『旦那を死なせたかったら出しても良いよ』
お前もそんな事をするのはつらいだろう?なあ宝条。
←『旦那は居ないのだが……』
いやまあそうだけど。
→『いや、俺の小説だと戦記だから女子は全部死亡フラグ作るかモブって決まってるのよ』
←『せめて目立ちたい。お前の妻として出してくれ』
こいつ俺に死ねと言っているのか。
→『俺はまだ死にたくない』
←『私がこんなに懇願してるのに出してくれないのか』
なんでこいつこんな出たがるんだよ!!
→『なんでそんなに出たがっている』
←『私が出すんだから村山も出すのは当然』
いや、それは宝条が勝手に決めた事じゃないか?
→『いや、まあ今決められる事じゃないし……』
←『今決めろ』
厳しいな!
→『じゃあ出さない』
決めろって言われたらこう答えるしかないでしょう。
←『駄目だ』
この野郎。
→『選択肢は"出す"しかないのか』
←『当然だ』
→『こだわるなぁ~』
←『出すと言わないと今からお前の母親に挨拶しに行くぞ』
俺はすぐに窓から玄関の先を見る。そこには黒い長い車が……冗談だろおいおいおいおい。