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誘惑のワンピース



 ノックをしても返事はなかった。

「いないのか?」

 ドアを少しだけ開けて中を覗くと、カーテンの閉め切られた部屋は薄暗く、散らかってはいないが物が雑然と置かれている。部屋の主がここ最近家に居ないせいか、どこか無機的で、人の生活する気配があまり感じられない。

 

 ペン立てに差し込まれたハサミを借りて部屋を出ようとしたとき、淳也は机の上に無造作に置かれたあるものに気付いた。医学書だった。

「……」

 家族と距離を置いて不良を気取る弟が何を考えているのか、その一冊がそれを導き出しているようだった。少なくとも淳也にはそれを汲み取ることができる。

 中2の彼がこんな難解な本を買う姿を想像しながら、淳也は部屋を後にした。










「そうだ、今週の日曜は久しぶりに外食に行かない?」

 いつのように先に夕飯を食べていたところへ、母親の千恵子がめずらしく早めに帰宅して来た。愛用のスーツを脱ぎながら、一つにまとめた髪をほどく。


「……日曜は出かけるから」

 味噌汁を手にぶっきらぼうに答える淳也。

「また本屋にでも行くの」

「違う……友達と会う」

 休日に一緒に出かけるような友達が息子にはほとんどいないことを知っている千恵子は、その言葉に思わず眼を見開いた。そしてすぐに、ある疑念が彼女の中に生まれる。


「それ、もしかして女の子?」

「……だったらなに」

 母親の勘の良さに内心ちょっと動揺しつつも、彼は何食わぬ顔で箸を動かす。千恵子はすかさず釘をさすように言った。

「どんなお嬢さんか知らないけど、夏見の人間にふさわしい女性なのかどうかよく考えなさいよ」

「どんな友達と付き合おうが俺の勝手だ」

「自分の立場をわきまえなさい」

「付き合う人を自由に選べない立場なんて、俺はいらないよ」

 淳也は食べ終えた食器を重ね、席を立った。千恵子のため息だけが後に残った。


 




  *   *






 “デートに服装は関係ないと思うけど”。そんなことを言ってきた男の子と、まさか自分が実際にデートをするなんて彼女は思っていなかった。

「里花、おばさんが呼んでるぞ」

 圭一が彼女の部屋に入ると、そこには服に埋もれた里花の姿が。かなり疲れ切った様子で鏡の前でへたり込んでいる。

「なんだこれ。ファッションショーか?」

「……まあね」

 ドアの前に立ちながら、圭一は彼女の疲弊した顔を眺める。女の子が片っ端から服を引っ張り出して鏡と睨めっこする目的なんて、ひとつしかない。もちろん彼にもすぐにそれは分かっていた。


「やっぱワンピースの威力は絶大だと思うんだけど」

「……何のこと」惚けようとする里花の目が少し泳いだ。

「デートにでも行くんだろ? 最近妙に浮かれてたしなあ」

「……っ」

 頬を紅潮させて、里花は手元にあった服を圭一の方に投げた。恋などしないと言っていた自分に気になる人が出来たことを覚られるのが、なんだか悔しい。

 

 あれから何度かメールのやり取りをし、2人はとりあえず新宿に行くことに決めた。「普通がいい」と言う淳也のことを考えて、およそ彼が足を踏み入れたことのない所のない、でもごく普通の場所に連れて行ってあげようと里花は考えていた。

 まあ彼女自身デートなんて初めての経験だから、自分こそ落ち着いて淳也の隣を歩けるのか不安でもあったのだが。


「ワンピース……持ってないもん」

 里花はそう言いながら散らかった服を手元に集める。

「買いに行けばいいじゃん。デートのために何か用意するのも、楽しみの一つだと思うけど?」

「……」

 さり気なく片付けを手伝う圭一の顔がやさしく笑っていた。



 結局デートの数日前に、里花は未咲と一緒にワンピースを買いにファッションビルへと向かった。本人よりも未咲の方が気合い十分で、あちこちのショップに里花を連れ回した。その度に着せ替え人形のごとく何種類ものワンピースを着せられては、未咲の厳しい審査を受けたのだった。


 ようやく運命の一着にめぐり会ったのは、それから1時間ほど経過した後だった。

 それはグレイの落ち着いた色のワンピースで、裾や袖口にレースがあしらわれている。ここで重要なのは、そのワンピースがハイウエストのタイプのもので、彼女の豊かな胸がかなり強調されている点だ。それが未咲のこだわりであり、狙いでもあった。もちろん里花はそんなことに気付いていない。

 そのワンピースに似合う靴も購入してから2人は店を出た。


「未咲、今日はありがとう」

「いえいえ、むしろ私の方が楽しかったわよ。当日も頑張んなさい」

「でも緊張するよ」

 未咲はそんな里花の肩に手をまわし、耳元で囁いた。

「大丈夫、夏見淳也は絶対あんたに夢中になるから」

「?」

 首をかしげる里花の横で、未咲は今にもスキップを始めそうなほど楽しげな様子だった。




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