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薔薇の匂いは隠せない



 朝食の席には、すでに彼の母親、千恵子チエコが座っていた。濃い目のコーヒーを片手に新聞を読む姿は、母親というよりも上昇志向の強い会社員のようだ。

 

 長い巻き毛に淡いルージュ、指や首元に光る宝石。今年で43歳とは思えぬ美貌の持ち主でもあり、淳也や裕紀の容姿は彼女から受け継いだものだった。


「おはよう」

 ダイニングテーブルに着く淳也に、新聞に眼を落したまま千恵子はそう言った。裕紀が朝に起きないせいで最近2人きりの朝食が多くなっていたが、こういう時にこそ工藤さんの存在が淳也を救っていた。


「淳也、進路は決めたの」

「決めてない」

 工藤さんお手製のエッグサンドを頬張りながら彼はそう言う。その平然とした態度が、千恵子の眉間に皺を寄せる。

「何も将来を決めていないあなたが、私に反抗できるのかしら」

「何度も言うけど、俺は母さんの期待する子供になるつもりはない」

「いい加減にしなさい。この家を継ぐのはあなたしかいないのよ」

 淳也はテーブルを拳で叩きそうになるのを堪え、鼻で大きく息をした。千恵子の、まるで自分を圧迫するような態度が彼には苦痛だった。


「……俺は自分の決めた道を、自分の力で歩きたい。あなたの言いなりにはもうならない」

「……」千恵子は顔を歪ませる。淳也の言葉は、彼女にとって絶対的に受け止めがたいものだった。







「もしもし、祖父ちゃん? 淳也だけど」

 タクシーの中で、淳也は祖父に電話をかけていた。

「ううん、元気だよ。大丈夫」

 千恵子の父親でもある淳也の祖父が彼にとって大切な存在であると、その喋る口調からでも読み取れる。

 見慣れた景色が、窓の外を流れていく。いつも彼はそれを遠い眼で眺めていた。

「今度また、そっちに行ってもいい? ……うん、ありがとう」

 




   *  *





『IQ190の天才、K学院に現れる』。

 

 2年前のとある新聞の記事に、そんな見出しが躍っていた。大きい記事ではないが、里花はすぐさまその記事に目を通す。“夏見淳也”という名前が、彼女の眼に飛び込んできた。

「……うそ、夏見くん?」

 顔写真は載っていないが、この“天才”はまさしく里花の知っているあの“夏見淳也”のことだった。


 夏見総合病院の経営者、夏見千恵子氏の息子であること、高IQ団体への加入や大企業からのスカウトも期待される高校生であると、記事には書かれてある。

 そのどれもが里花に驚きをもたらした。あの穏やかで、でもちょっと世間知らずな彼とこの記事の中の人物がどうしても結びつかない。


 未咲の言葉が気になり、里花は学校帰りにこの区立図書館に立ち寄った。ここで彼女は思い知らされた気がした。彼は気高い薔薇で、自分は電柱の下に映えるたんぽぽだと。淳也との再会に浮かれていた自分を、里花は笑ってしまいたかった。




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