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2人はリンクする‐1



 里花の家の前で、圭一が恋人とキスをしていた。

 色白で少しぽっちゃりな、大福みたいな女の子。彼の好みは分かりやすかった。


 こういう場面に里花が居合わせるのは、これで2回目だった。彼の恋人が大きく手を振りながら遠ざかっていくのを見計らって里花は物陰から出た。

「……圭ちゃん」

「お、里花おかえり」

「……家の前でああいうことしちゃダメだよ……非常識」

「え? おやすみのキスくらいするだろ、普通」

「そうじゃなくて、ここは圭ちゃんの家じゃないんだから止めてよっ。お母さんに言っちゃうからね」

 頬を染めながら口を膨らませる里花を、圭一は「わかったわかった」と適当なことを言いながら宥める。

 圭一は里花の従兄で、一昨年から東京の大学に通うため彼女の家に下宿している。一人っ子の里花にとって圭一は昔から兄のような存在で、一時期は彼に憧れたことさえあった。  

 

 でも一緒に住むようになり、女性関係が激しいという一面を知ってからは圭一に幻滅することが度々あった。シャワーから出てきた見知らぬ女性と鉢合わせしたり、2人の女性が圭一を囲んで修羅場が繰り広げられているのを目撃したり。そしてその女の子のどれもが、大福みたいだった。

 人懐っこそうな、爽やかな外見とは裏腹な圭一の本性を知る度に、里花の抱いていた憧れは儚くも散って行ったのだった。


「圭ちゃんには誠実さが足りないよ」

「恋もしてない里花には言われたくないなあ」

「わ、私はべつに……恋なんて、しないもの……」

 ニヤニヤと笑いながら彼女をからかう圭一。言葉に詰まる里花の頭を、彼はポンポンと優しく叩いた。

「恋も勉強の一つだと思うぞ」

「……」

 圭一が自分を子供扱いする事に少し悔しさを覚えつつも、場数を踏んだ彼の言葉には妙な説得力があった。

 自分には目標がある。それを達成することが、自分の今やるべきことだと里花は思っている。でも無意識のうちに、ふと頭に浮かぶあの男の子の顔がそれを邪魔するのだ。恋をしないと決心した気持ちを。






―――次の日は雨だった。

 春らしい陽気がこのところ続いていたが、その雨の影響で冬に戻ったような寒さが東京を覆っていた。

 ブレザーの下にセーターを着込んだ里花は、玄関前に置いてある自転車を素通りし、代わりに傘を差して家を出た。里花の通う都立高は自転車では15分くらいの距離だが、徒歩になると40分ほどかかってしまうため、雨の日はいつも電車を利用していた。

 3年になってから、通学に電車を使うのは初めてだった。


 


   *   *  




 今日は部活がなかったため、里花は学校の図書室で少し勉強した後学校を出た。帰宅するころには雨はすっかり止んでいたが、いつもなら見える筈の幻想的な夕焼け空は厚い雲に隠れている。

 

 学校から駅までの5分ほどの道程を歩きながら、何人か他の学校の生徒とすれ違った。すれ違いながら、ちらりとその顔を確認してしまう彼女。

 自分がなぜそのような事をしてしまうのか、里花はもう認めるしかなかった。もしかしたらまた彼に逢えるような、そんな期待と予感が知らず知らずのうちに彼女を包み込んでいる。

(……何してるんだろう、私……)


 

 


 家の最寄り駅に着くと、帰宅する学生やサラリーマンの波が絶えず行き交っていた。バスプールには長蛇の列が並び、みな家路に就こうとしている。

 しかし、里花の足はこのまま家へと向かうことを躊躇っていた。このまま帰ってはいけないような、なにか心に引っかかる感じだ。


 彼女は駅前に設けられている、大きなドーナツ型の腰かけに座った。そして携帯を取り出し、「少し遅くなる」というメールを母親に送った。

 

 ドーナツの椅子に座っている他の人々は、きっと友達や恋人と待ち合わせしているのだろう。でも里花には、待ち合わせをしている人などいなかった。逢えるか分からない人を、ただ待っているだけだった。それは永遠にも思えるような、虚しさを感じさせる時間に違いなかった。





 どのくらいそうしていたか、彼女には分からない。

 里花が携帯を開いて時間を確かめると、ちょうど7時を過ぎていた。さすがにお腹が空いてくる時間で、体力的にも精神的にも疲れが押し寄せていた。

 

“あと5分経ったら、諦めよう”。

 里花は残り5分に全てを賭けることを決め、再び周りを見渡しながらあの男子が現れるのを待った。携帯を握りしめる両手は、半ば神様に祈っているように見える。

 1分……、2分……、3分……。時計の針は残酷に進んでいく。


(……やっぱり、もう……)

 呼吸がため息に変わろうとした時だった。

 

 突然、里花の肩にそっと誰かの手が置かれた。里花はゆっくりと俯いていた顔を上げた。

 彼女のすぐ横で、あの人が里花を見下ろしていた。


「やっぱりきみだ!」


 あの日と変わらない、無邪気なその笑顔を見た瞬間、里花は全ての時が止まったような感覚に陥った。何も聞こえない、何も見えない。ただ、この男の子だけが彼女の瞳に映っていた。


 彼は里花の目の前にそっと屈んだ。

「……やっと見つけた」

 そう呟いた彼の言葉を、里花は聞き逃さなかった。自分と同じ気持ちだったことが、里花は何よりも嬉しかった。




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