仮面の下にあるもの
中間テストは、勉強の甲斐もあってなかなかの結果だった。
でも里花の心は浮上しない。
やっぱり付き合わない方が良いなどと、無茶苦茶なことを言っているという自覚はあった。
でも淳也が母親のことを憎んで罵っても、彼女が自分たちの付き合いを反対している以上はその気持ちを無視することなど里花にはできなかった。
淳也は別れないと言った。母親と話をして説得すると。でもそのせいで、もし彼が勘当でもされたら、という最悪のシナリオが残っている。自分のせいで彼の人生を台無しにしたくなかった。
別れたくないのは自分も同じ。しかしこのまま恋人関係を継続させるべきか否か、それはとても複雑な決断だった。
とにかく今は、彼を待つしかない……。
「里花? どしたの?」
前の授業の教科書も片付けないまま、上の空な顔をしていた彼女に未咲が声を掛けた。
「あ、ううん、何でもないよ」
里花は慌てて次の授業の準備をする。
未咲には淳也とのことは話していない。親友に秘密をつくることは少なからず罪悪感を覚えることだったが、余計な心配はかけたくなかった。
「なあんか、最近変よね」
「そんなことないよ、全然ふつう」
「……」
そんな白々しい様子に、里花が何かを隠してることは未咲にも分かった。でもこういう時ほど、未咲は必要以上に彼女の方へ踏み入らないようにしている。
「まあ……何か言いたくなったら、言いなさい」
未咲はため息を付きながらそう言った。
* *
日曜日、祖父・竜之介の家。
「じゃあ、本当にありがとう、祖父ちゃん」
「気にするな、私はいつだってお前の味方だ」
深々と首を垂れる淳也を、竜之介は温かく見つめた。
今日は高校卒業後のことについて祖父に相談があり、1時間ほどの話し合いの後、彼らはとある約束を交わし合ったのだった。
話し合いの最中、彼の瞳には一筋の迷いもなかった。淡々と卒業後の進路について述べ、時折竜之介の意見を仰いでは真剣に耳を傾ける。竜之介は淳也のただならぬ決意をしかと受け取った気がした。
「そろそろ決着を付けるのか」
「うん……まあね。すぐには分かってくれないかもしれないけれど、俺の気持ちがどのくらい本気なのかを伝えたい」
孫の様子を頼もしく思いながらも、竜之介は母親の千恵子にも思いを馳せていた。
「……淳也」
「ん?」
「べつに自分の娘だから庇うわけじゃないんだが、千恵子の気持ちも少しは汲んでやってはくれないか」
「……」
「お前の父親が出て行った後、意地を張るようにアイツは仕事に没頭していった。この家を守る事、繁栄させることに生き甲斐を見出そうとしていた……アイツは憐れな母親なんだ……」
今さら母親に対して同情など抱くはずなかった。
それでも、彼女が“可哀想な母親”だということは何となく分かるような気がした。目的の為には息子の自由さえ奪う、可哀想なほど身勝手な母親……。
彼女はもしかしたら、怯えているのかもしれない。夫だけでなく、息子が自分の元を離れて行ってしまうのではないかと。
「もっと昔は、笑ってた気がする」
「……それはお前たちも同じだ」
微かな記憶を手繰り寄せると、3人の笑い声が聞こえた気がした。
感情を閉じ込め、何でも自分の意のままに操ろうとする女は、心の片隅に孤独を抱えている―――。