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覚悟を示す



 まるで空港のロビーを思わせるような真新しく広々とした待合ホールを、淳也は大股で闊歩するように横切って行った。


 外来の診察室を通り抜け、隅にある階段を目指す。ここに来るのは久しぶりだったが、彼女の居所くらいは覚えていた。

 5階まで、一気に駆け上がった。

 


『事務長室』というシルバーのプレートが掲げられた、とある一室。

 淳也は躊躇いもせず、勢い良くドアを開けた。


 部屋に居たのは、母親である千恵子だった。

 大きめのデスクに腰かけ、その上にはノートパソコンと大量の資料が置かれている。

 急に乱入してきた息子の姿にさほど驚く様子もなく、彼女は無表情のまま彼を見つめた。


「今は仕事中よ。出て行って頂戴」

 冷たく言い放つのを無視し、淳也は駆け寄るようにして千恵子の方へ近付いた。


「彼女に何を言ったの」

「……」

 鋭い牙で噛み殺したくなるような、そんな殺気に満ちた興奮をどうにか抑えようとするような声だった。

 淳也は机に手を付き、さらに千恵子に詰め寄る。


「母さんがここまで汚い人間だとは思わなかった。彼女の純粋な優しさを利用するなんて卑怯だ」

「……」

「彼女を、この家の問題に巻き込むのは絶対に許さない」

 彼の低い声に怯むことなく、千恵子は涼しい顔をする。


「言いたいことはそれだけ? 私は忠告したはずよ。別れないなら別れさせるまで、と」

「俺たちは別れない」

「あら、でもここへやって来たということは、里花さんに言われたのでしょう? 別れようって」

 ニヤリと、千恵子の口角が引き上がった。


「大好きな人の気持ちを無視する気かしら」

「あなたがそうなるように仕向けただけだ。彼女の本心じゃない」

「どちらにしても、別れることが正しい選択だわ。あの子は夏見にとって無意味な存在なんだから」

「彼女を侮辱するな!」

 荒げた声が、部屋中に響いた。

 淳也を眼を瞑り、早くなる呼吸を整える。



「……とにかく、俺がこの家を継がないことを母さんが認めれば万事上手くんだ」

「そうかもしれないけど、私は認めるつもりなんてないわ。無駄よ」

 余裕の表情で取り合おうとしない千恵子を、淳也は鋭く睨んだ。


「この家を継がない覚悟は出来てる。それをあなたに、認めさせる」


 彼の瞳に大いなる意志が宿っていた。






    *






『今度の日曜、そっちに行ってもいい?』


 病院からの帰りのタクシーの中で、淳也は祖父の竜之介へそんなメールを送った。そして彼の手には、コンビニで見つけたアルバイトの情報誌が広げられている。

 

 膨大な求人の中から、“高校生可”の文字を探していく。

 彼に不安などなかった。新しい未知への扉が、そこには広がっているような気がした。





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