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嫉妬の行方‐2

ようやく、といった感じです笑




「ごめんね夏見くん、待った?」

「ううん、大丈夫……」

 里花は傍に自転車を止める。いつの間にか彼女も涼しげな制服のブラウスに衣替えしていた。


「じゃあ、俺は行くから」

「えっ、ちょっと待ってくださいよ」

「あとの事は里花に直接訊いてくれ。じゃあな」

「ちょっ……」

 彼女が来ると、圭一はそう言ってすぐに去ってしまった。

 淳也の嫉妬を煽るだけ煽り、跡には2人が残される……。


「どうして圭ちゃんと夏見くんが一緒にいたの?」

「さっき偶然会ったんだ……」

「夏見くんは圭ちゃんのこと知ってたの?」

「うん、顔だけ……この前、里花ちゃんと圭一さんが歩いてるのを車から見て……」

「へぇ、そうだったの。びっくりしたよ、2人で居るから」

 先ほどまでの会話を知らない里花が無垢な顔で笑い、淳也はそれを複雑な気持ちで見つめた。


「……従兄なんだって?」

「うん。こっちの大学に通うために、」

「家に居候してるんでしょ」

「うん……」

 里花の言葉を引き継いだその口調には、冷たさが滲んでいた。彼女の表情が少し強張る。


「彼のこと、単なる従兄として見てる?」

「え?」

「……初恋なんでしょ、圭一さんが」

「圭ちゃんがそう言ったの?」

 淳也が頷くと、彼女は呆れ返ったように天を仰ぎ見た。圭一への制裁を考えながら、里花は説明する。

「初恋って言っても、小さいさい頃にちょっと憧れただけなの。圭ちゃんの言ったことはあんまり本気にしないで?」

「でも、好きだったことは事実なんでしょ?」

「でもそれは本当に大昔のことで、今は何とも思ってないよ」

「……ふうん」土砂降りでも起きそうな険悪な雰囲気が流れ始めていた。


「一緒に住むのって危ないんじゃない。従兄っていっても異性なんだし」

「そんな風に意識してないよ」

「里花ちゃんがそうでも、あっちは分からないだろ」

「圭ちゃんには彼女もいるし、最初から私のことを異性だなんて思ってないよ」

「そんなのっ……腹の底では何考えてるか分からないじゃん」

「……夏見くん?」

 彼女を困らせるために呼び出したのではなかった。でも彼の苛々は募るばかりで、自分の気持ちと裏腹な事ばかりが口をついて出てきてしまう。


「里花ちゃんだってそうだよ。本当にその初恋は、もう過去のことなの?」

「……」彼女の胸がキリリと痛んだ。

「黙らないでよ」

「だって夏見くんが……意地悪なこと言うからじゃない」

「……」

「どうしたの? 何で急にこんなこと言うの?」

 困惑の極みへと突入したような里花の様子に、彼もしばらく口を噤むしかなかった。

 ちょっとでも彼女を傷付けてしまった事を、今さら嘆いて後悔しても遅かった。でも人には必ず平等に、自分の罪を償えるチャンスがあるのだ。

 淳也は自分の愚かさを瞬時に認めて、下を俯く彼女の方へ一歩近づいた。


「ごめん。馬鹿なこと言った」

「……ううん」

「俺、嫌なんだ」

「……」

 何が? と彼女の眼は訊いていた。


「里花ちゃんが、他の男と一緒に居るのなんて嫌だ」

「……夏見くん」

 子供じみてるという自覚があるだけに、淳也は躊躇いがちにそう言った。まともに眼も合わせられない。

「早く素直に、そう言えば良かったよね」

「……」

「里花ちゃんと圭一さんが歩いてるのを見てから、ずっと落ち着かなかった。自分が自分じゃないみたいに。こんなこと初めてだった……」

 

 不思議と、さっきまでの緊張感はなくなっていた。

 今目の前にある可愛らしい瞳が自分だけを見つめている。その瞳に誘発されるかのように、淳也はごく自然にその言葉を告げていた。


「俺は、里花ちゃんが好きだよ。逢った時からずっと好きだった」


 確かめるように、ゆっくりとそう言った。

 その顔は至極穏やかだった。

 全てを言い終わった後は、やっと喉の小骨が取り除けたような爽快感さえ見受けられた。


 下校する他の学校の生徒や買い物帰りの主婦。そんな周りの変わらぬ日常など、もう彼らの視界には入っていなかった。


 告白を聞いた里花の方は、口をポカンと半開きにさせたまま微動だにしていない。

 それは処理が上手くいかずに停止するコンピュータのようで、淳也は小さく笑みを零した。

「……え、好きって……え?」

「うん、好き。里花ちゃんに彼女になってほしい」

「え!? か、彼女っ?」

 里花の耳が真っ赤に染まっていく。

 淳也の声が、眼が、表情が、自分を“好き”だと訴えている。

 信じられなかった。彼は、自分と同じ気持ちだった。


「えっと……あの」

 そうなれば里花の答えは一つだった。

 でも熱くなる身体がそうさせるのか、うまく言葉が出てこない。

 淳也も辛抱強く彼女の言葉を待った。“返事は今日じゃなく良い”なんて言葉は、頭の隅にも置いていなかった。好きか、嫌いか、微妙か、その答えがすぐに欲しかった。


 里花が、おずおずと視線を上げる。

「……あの、なんというか、すごく嬉しい」

「うん」

「私も……夏見くんの彼女になりたい」

 か細い声で、それは確かに淳也の耳に届いた。

 

「それ本当っ?」

 里花の眼を覗き込みながら、彼は興奮気味にそう尋ねる。

 彼の問いに満面の笑みでコクンと頷く彼女を見て、淳也は今にも地面を蹴って飛び跳ねてしまいそうになる。ずっと夢に見ていた瞬間だった。


「大好き里花ちゃん」

 淳也はそう言うと、なんの前触れもなく彼女の小さな身体をぎゅっと抱きしめた。

 腰や背中に回された腕は意外と逞しく、里花は身体を硬直させる。


「えっ、ちょ、ちょっと夏見くん! ひ、人が見てるよ!」

 腕の中でもがく里花を、彼は離そうとしない。道行く人の視線など、もはや彼には痛くも痒くもなかった。

 でも里花の方は色々なことがそろそろ限界だった。心臓の鼓動が暴れ出している。

「ねえ夏見くん、離してっ」

「もうちょっとだけ」

「……離さないと、夏見くんのこと嫌いになる」


 その瞬間、眼にも止まらぬ速さで淳也が彼女の身体を解放したことは言うまでもない。早くも里花は、彼の扱いを心得たのだった。

 その後、「ごめん、つい嬉しくて」と、尻尾の垂れ下がった子犬の如く謝罪した事には、里花も彼を許すしかなかった。




 今日は家まで送ると淳也が言い、2人は郵便局から歩き出した。また彼が里花の代わりに自転車を押している。

「……夏見くん、どうしよう」

「ん?」

「テスト勉強が手に付かないかもしれない」

 冗談混じりにそんなことを言う里花に、彼は言った。

「そのときは、俺が家庭教師してあげる」

 

 里花は微笑みながら、自分の隣で勉強を教えてくれる彼を想像する。集中力は保てそうにないが、やる気は出そうだった。

「じゃあその時は、お願いしようかな」

「俺はスパルタだよ?」

「えー、やさしい先生が良いなあ」


 並んで歩く2人の距離が、もう“友達同士”ではなくなっていた。





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