嫉妬の行方‐1
“少し話したいことがあるんだけど、明日時間ある?”
“明日は部活があるから、6時過ぎなら大丈夫だよ”
“じゃあ6時半くらいに里花ちゃんの家の近くで待ってる”
“この前送ってくれた、郵便局のあたりで良い?”
“うん、分かった”
そんなやりとりをしたのが昨日の夜。
今日は一日中、そのことで頭が一杯だった。しかも6時半の約束だというのに、1時間も早く待ち合わせ場所に来てしまう始末だ。
郵便局から少し離れた所で淳也は落ち着きなく動きながら、彼女にどのように話を切り出そうかと考えていた。
あの男が誰なのかを知りたいというのが最大の目的ではあるのだが、勢いに任せて余計な事まで口走りそうだった。それほど彼には変な緊張感があったし、こんなに怖さを感じることはなかった。彼女には既に、大切な人がいるのかもしれないという怖さ……。
「……」
自分はこんなにも傷つきやすい男だったのだろうかと、淳也は唇を噛み締めた。
不確かな妄想が頭をよぎってはそれを打ち消し、彼女の前でいつも通りの夏見淳也を演じきろうと自分を鼓舞する。
そんな風にして時間を潰していると、駅のある方向から1人の男性がこちらの方へ歩いてくるのが見えた。
流行りのヘアスタイルに、流行りのファッションを身に纏い、耳には音楽プレーヤーのイヤホン。大学生らしき男が、淳也の目の前を通り過ぎていく。
その顔には、はっきりと見覚えがあった。
「!」
まさにその男は、ベーカリーで里花と一緒に歩いていたあの男だった。
想定外な出来事に、淳也は彼の背中を見つめながら声を失う。しかし、考えるよりも先に彼の足は男の後を追っていた。
「すみませんっ」
男の肩に手を置いて、そう呼び止めた。
衝動的にそんな行動を取ってしまった自分に驚いたが、それと同じくらい男の顔も驚いていた。
イヤホンを耳から抜き、男はやや身構えた姿勢で淳也と適度な距離を置く。驚きが、怪訝な表情に変わっていった。
「……なんすか」
「あの、急に呼び止めてすいませんっ。今、少し良いですか?」
「? はあ……」
なぜこんな事態になっているのか、淳也は自分でも理解できなかった。でも、真相を知りたいという彼の気持ちは彼にさえ止められなかった。
「俺、夏見淳也っていいます」
「はあ」
「あの……あなたは、戸川里花さんを知っていますよね?」
「……」
淳也の言葉に男の顔がまた変わる。今度は何かにピンと来たような表情だ。
「……もしかして、この前里花とデートした人?」
「え、そうですけど……知ってるんですか?」
「あ~、やっぱりね。なるほど」
“なるほど”の意味が淳也には分からない。話は意外な方向へ進んでいきそうだった。
「2人で遊んだこと、なんで知ってるんですか」
「そんなの里花の態度ですぐに分かったよ。男と会うんだなって」
「……態度って、そんなに頻繁に彼女と会ってるんですか?」嫉妬を隠せない淳也。
「会ってるっていうか、一緒に住んでるし」
「!」
あっさりと衝撃的なことを口にする男に、淳也は一瞬にして打ちのめされた。心なしか顔が青白く見える。
(え、一緒に住んでるって……は? どういうこと……)
混乱する頭のまま、淳也は改めて質問をする。
「あ、あの……あなたは里花ちゃんと……どういう関係なんですか?」
「関係? 従兄だけど」
「……従兄? 恋人ではなく?」
「違うよ。東京の大学に通うために、里花の家に居候させてもらってるんだ。あ、ちなみに俺は紺野圭一。よろしくな」
「……」
気さくにそんなことを言う圭一を見つめながら、淳也のなかで安堵感がじわじわと込み上げてきた。
特別な関係ではなかった。里花とこの男は、ただの従兄妹同士だった。それは今までの悪い想像を一気に吹き飛ばしてくれるような、明るい一筋の光のように思えた。
「なんだ……そっかあ」
心底安心したような、だらしのない笑顔が広がる。
「きみ、俺と里花の関係を気にしてたのか?」
「あ、はい、実は偶然あなたと里花ちゃんが歩いている目撃して……もしかしたらと思って。でも良かったです」
「ふうん……」
それを聞いた圭一の口元が、何か悪巧みを思い付いたように歪んだ。いまだ付かず離れず状態の2人に、圭一はまどろっこしさを覚える。
「里花のことが好きなんだな」
「えっ……」図星なくせに言い淀む淳也
「じゃあ、良いこと教えてやるよ」
ニッと笑みを浮かべながら、圭一は淳也の耳元で囁いた。
「アイツの初恋は、俺なんだよ」
淳也の大きな瞳に、勝ち誇ったような圭一の顔が映っていた。
「……え?」
「まあ、口でははっきり言われてないけど、里花って結構分かりやすいとこがあるからさ。昔から俺にくっついて来て、すごい可愛かったなあ」
「……っ」
何かを仄めかすような口振りで、圭一は里花と自分にしか分からない様な話をわざと淳也の前で披露した。
その見せつけるような彼の眼に、また淳也の心は揺れ動いて行く。初恋が事実だとすれば、再び話は変わってきそうだった。
「……なんでそんなことを俺に?」
「里花と俺の関係を知りたかったんだろ? 俺たちの詳しい関係を」
「……」
半ば争いが始まるようなピリピリとした雰囲気を纏いながら、彼らはしばらく対峙し合った。
「―――あれ、圭ちゃんと夏見くん? 2人でどうしたの?」
返す言葉を淳也が探していると、ふいに彼女の声がした。
自転車に乗ってこちらに向かってくる里花が、不思議そうな顔で彼らを見つめていた。