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君が強くしてくれる

 


 切りの良いところで勉強をひと段落させ、里花はベッドに寝転がった。

 天井を見上げながら、気付けば昨日の事を思い出している。再生されては巻き戻し、また再生される。そんな風に、淳也との一つ一つの出来事が宝物のように彼女の記憶に焼き付けられていた。


 今日は学校でも未咲に昨日の出来事をしつこく追及された。興味津々な顔で大体の概要を聞き終わると、彼女から言われたのは「付き合わないの?」の一言。

「え、な、なんで?」

「なんでって、夏見くんが好きなんでしょ?」

「……え……」

「バレバレよ。早く告白したら? 夏見くんなら、すぐにどっかの女に狙われちゃうわよ」

「……」

 自分が誰かと付き合うなど想像もしていなかった里花にとっては、告白するなんて一大事だった。今のままでも十分幸せだと思う一方で、淳也の隣に他の女の子が並ぶのは見たくない気がする……。言うべきか言わざるべきか、そんなモヤモヤが彼女の中で膨らんでいく。

 


 しばらくベッドの上で悶々と考え込んでいると、携帯の着信音がした。

 横になったままテーブルに手を伸ばして携帯を開くと、淳也からのメールだった。見計らったようなタイミングの良さに、里花はガバリと上半身を起こす。

 淳也からは、“今、電話しても良い?”という一言。すぐに返信すると、程無くしてまた携帯が鳴った。数秒、間を空けてから里花は通話ボタンを押した。


「……もしもし」

『あ、もしもし、里花ちゃん? ごめんね急に。勉強中じゃなかった?』

「ううん、ちょうど休憩してたから大丈夫。なにかあったの?」

『いや……、なんか、なんとなく声が聞きたくなって』

 淳也の声など聞き慣れているはずなのに、電話越しに間近に感じるだけでドキドキする。照れくさそうな彼の声が耳に心地よく響いた。


「声なら、昨日たくさん聞いたでしょ?」わざと意地悪を言ってみる。

『うーん、そうなんだけど、昨日の事思い出したらまた聞きたくなった』

「……そう……」

 どう答えて良いのか分からず、里花はそんなそっけない言葉しか返せない。慌てて話題を探す。


「あの……、昨日学校のこと話してくれたけど、本当に大丈夫なの?」

『んー、まあ何とかね』

「辛くない?」

『辛くないと言えば嘘になるけど、でも多分大丈夫だと思う。すごく信頼してる先生がいて、その人に色々話しを聞いてもらったりしてるし』

「へえ、そうだったんだ。どんな先生?」

 淳也は繭村と初めて会った時の事を今でも鮮明に覚えている。何を言われて、どんな表情をしていたのかも。それほど彼との出逢いは印象的だった。


『……歳は28だったかな。高1のときに、俺のクラスで数学を教えてたんだ。でも記事のことがあってからよく学校をサボるようになってて、そのときは先生の顔すら覚えてなかった。

 で、ある日屋上に居たら、その先生が突然現れてこう言ったんだ。“俺の授業を勝手に休むなんて、良い度胸してるな”って』

 笑い交じりに淳也は続ける。


『それで“あんた誰?”って俺が訊いたら、いきなり頭掴まれて“数学教師の繭村だ。一生忘れないようにココに記憶しとけ”とかって言われて。もう一瞬で鬱陶しいヤツだと思ったね』

「でも、今は違うんでしょう?」

『うん。その後にさ、言われたんだ。

 “俺はお前のことなんて特別扱いしない。お前がこの学校にどんな貢献をしたかなんて知らないし、もし難解な数学の定理をお前が分かってても、それは授業を無断で休む理由にはならない”って』

「それで何て答えたの?」

『なにも答えられなかった……あんな風に本気で俺を叱って、本音で俺と話しをしてくれて、恥ずかしいけど正直泣きそうになった』

「……良い先生ね」

『心強い味方だよ』

 絶対に面と向かっては言えないけれど、里花の前でだけは素直にそう言えた。きっと何年経っても、本人にだけは打ち明けられないだろうけど。

 里花も、そんな淳也の気持ちに感動しながら、自分も彼にとってそんな存在になりたいと切に思っていた。


「……夏見くん」

『ん?』

「私も……夏見くんの味方だからね」

『……』

 それは消え入りそうな声で耳元に届いた。くすぐったい思いと、この携帯電話を飛び越えて彼女を抱き締めてしまいたい気持ちが彼の中に込み上げてくる。


『里花ちゃんが味方なら……もう何も怖いものはないね』


 本当にそうだった。里花がいるだけで、彼は自分がどんな困難にも負けない屈強な男だと思い込むことができた。

 彼女ほど、欲しいと思う味方は他にはいないのだから―――。

 



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