彩さん
家に入れて、とりあえずさっさとシャワーを浴びてもらう。
何をしたらいいのか分からんかったけど、体は温めたほうが良いと思ったから。
「翔太くん。ここに置いとくから、着替えてな」
タンスの奥底に入ってたお兄ちゃんのジャージを見つけて、風呂のドアの前に置く。
中から、ありがとう、という声が聞こえたような気がするけど、シャワーの音でよく聞こえない。
その間に、暖房をつけたり、布団を敷いたりと、テキパキ動く。
着替え終わった翔太くんは、家に帰るんを諦めたらしく、大人しく座ってる。
「吐くときはここに吐いてな。んで、熱測って」
バケツを枕元に置いて、体温計を手渡す。
我ながら、よく動いてると思う。良いお母さんになるわぁ。
感心してたら、体温計がピピッと鳴った。
なんと彼の現在の体温、39.7℃。もうちょっとで四十いくやん。
「アホやなぁ」
病人にたいしての第一声がこれ。思わず口から出てもうた。
でも、しんどいんかして全く反応してくれへんから、つまんない。
「薬飲んで、寝といて。お粥作ったるから」
救急箱からかの有名な風邪薬を出して、コップに水を入れて枕元に置いた。
家に入れる前に躊躇ってたのが嘘みたいに、うちは自ら動いてる。
「……気持ち悪い」
ポツリとした彼の呟きを聞いて、うちは慌ててバケツを向けた。
彼はしんどそうに吐いて、うちはその背中をさすった。
一通り吐き終わって、薬を飲んで静かに眠ったのを見届けて、うちは家を出た。
お粥の材料を買いにスーパーまで自転車をこぐ。
そうや、ついでに熱さまシートでも買って行こうと思って、近くの薬局にも立ち寄る。
家に帰ったら、翔太くんがいなくなってらどうしようって思ってたけど、ちゃんと布団で寝てた。
勝手に熱さまシートを額に貼ると、ちょっと体を動かしたけど、起きる気配はない。
お兄ちゃんのジャージを着て、うちの布団で寝てる同級生を見て、不思議な気持ちになったけど、考えやんようにした。
考えれば考えるほど、自分の行動が馬鹿らしくなってくるから。
それにしても、こうやってマジマジ見ると、やっぱりかっこいい。
神様って不平等屋と思う。こんなに明るくて人気ある奴が、こんなにかっこいいし。
あっ、かっこいいから人気があんのかな?
それに比べてうちは、可愛くないし、友達も少ないし……。
「ずるいねんボケ」
そう言って頬を突っついてみると、翔太くんが目を薄く開いた。
あっ、ヤバ。起したかな?
「ごめん。もうちょっと寝てて良いで」
「……彩さん?」
慌ててフォローすると、翔太くんは寝ぼけた声で呟いた。
何て言ったん? 彩さんって名前?
なんかよく分からんけど、面白いから彩さんになりきってやろう。
「そうだよ。彩さんだよ」
「俺、死んじゃったの?」
「そんなわけないじゃん。生きてるよ」
使い慣れない標準語やけど、優衣の影響でちょっと上達してる気がする。
「そっか。じゃあ、これは夢か」
「……そうだね」
「じゃあ言いたいこと、全部言っとこうか」
翔太くんの言葉を聞いて、つい身構えてしまう。
言いたいことって何なんやろ?うちが聞いて良いんかな?
でも、うちの戸惑いも無視して、翔太くんは話し始める。
「ボケ、アホ。大バカヤロー」
え?言いたいことってそれ?そんなに彩さんが嫌いやったんかぁ。
笑いを堪えてると、翔太くんの表情の変化に気づいた。目に涙が溜まってる?
「ごめん、好きだよ。大好きだった。だから……帰ってこいよぉ」
最後の声は今にも消えそうな、弱々しい声やった。
溜まった涙が、綺麗に一筋流れていくのを見て、うちは複雑な気持ちになった。
こんなん聞いて良かったんか? いや、アカンやろ。
でも、彩さんって誰?
「翔太くん?」
呼びかけても、翔太くんはまた眠りについたらしくて、返事してくれへん。
あんなん聞いたら。気になってしゃあないやん。
元カノっぽいから、余計気になる。