「私は男みたいなもの」とあらば
我慢できなくなって書きました。
リーレッタは、珍しく妹に呼び出された。
妹のリビングは、リーレッタの部屋と違い華やかで可愛いものが多く、色味も温かい。
「そんな風に言われて、わたくしはどうしたらいいの?『友人だ』って彼は何度も言うけど、うぅ。これ以上どうしようも」
ぐずぐず、と見たこともないほどに泣き崩れている妹は、お茶が冷めるのもかまわず話し続けていた。
こげ茶色の髪にとび色の瞳を持つ細身のリーレッタと違い、妹は亜麻色の髪にエメラルド色の瞳で女性らしい体つきだ。
「セオドーラ、落ち着いて。ほら、そんなにハンカチでこすってはダメ」
「お、お姉さまぁ」
ソファの隣に座り直し、リーレッタは妹の背を撫でた。
リーレッタは、妹のセオドーラにあまり強く出られない。
なぜなら、魔法省に就職したいからと、実家であるクロフォード伯爵家の後継ぎを妹に押し付けてしまったからだ。
要するに、後ろめたいのである。
通常であれば、貴族の子どもとしてそんなわがままは許されない。
しかし、リーレッタには魔法省の研究者自らスカウトに来るほどの魔法の才があり、両親もおおらかに許してくれたうえ、セオドーラも快く引き受けてくれたために、家の後を継がずに研究者になれたのである。
セオドーラは努力家で、コツコツ学んで伯爵家の跡取りとしても実力をつけている。
そんな、姉としても大切に思っている妹が、婿入り予定の婚約者のことで泣いているのである。
そうそう放っておくわけにはいかない。
「バートランド様は、セオドーラを優先していないの?」
バートランドとは、ロッドフォード伯爵家の三男で、同じ家格で評判も良いから、と父の伝手から紹介されたセオドーラの婚約者だ。
今は王城の第二騎士団に所属しており、結婚後はセオドーラの護衛兼サポートをする予定である。
「ぜん、ぜん。月に一度は交流を持とう、っていう約束だったのに。ちゃんと会っていたのは、はじめの三回くらいよ。っふぅ。それからは、訓練だとか、仕事だとかで、埋め合わせするって言うだけで何もないの」
「そのうえ、やっと会えたときには友人を連れて来たわけね」
「ええ。『セオドーラに僕の仕事ぶりを教えてやってほしい』とか言って、ずぅっと二人で話していたわ。わたくしは、わからないので相槌を打つ、だけ」
セオドーラ曰く、バートランドは久しぶりに開催された二人のお茶会に友人を連れて来たらしい。
『交流を広げる手伝いになれば』とかなんとか言い、現れたのが一人の女騎士。
普通に考えて、婚約者同士の交流に友人を連れて来るのもおかしいし、それが異性だというのはもっとおかしい。
魔法狂いと呼ばれる魔法省の研究者になり、自分は一般的な感覚を持っていないと自覚しているリーレッタですら、それくらいはわかる。
「このあいだの侯爵様のパーティーではどうだったの?」
「ぅ、ぐすっ。エスコートだけはしてくださったわ。でも、待ち合わせは向こうのお屋敷だったし、会場にはあの女騎士がいて、バートランド様はさっさとそっちに行ってしまったの。ほかの騎士仲間の方も一緒だったけど、ぐすっ、わたくしのことはそのままよ。そういうのは、何回もあったわ」
いつも毅然とした態度で後継ぎの仕事をこなしている妹は、きっとかなり溜め込んでいたのだろう。
「セオドーラは、バートランド様に抗議したのよね?」
「ええ、もちろん。その答えが、『友人なんだから気にするな、ありもしない関係への嫉妬なんて見苦しい』よ」
それを聞いたリーレッタは、思わず眉根を寄せた。
セオドーラは、騎士をしているバートランドに好意を抱いているようだった。
だから黙って抱え込んでいたのだろうが、その態度が彼を増長させてしまったのだろう。
リーレッタからすれば、結婚前にそういう性根の奴だと分かったのだから、むしろ僥倖である。
伯爵家への婿入りなんて、貴族家の次男三男には喉から手が出るほど欲しい縁だ。
それも、相手は領地経営が順調なうえにしっかりした性格なのに見た目が可愛らしいセオドーラ。
リーレッタの狭い交友関係にある人たちだって、きっと喜んで手を挙げるだろう。
「それで、セオドーラはバートランド様に改心して戻ってきてほしい?それとも、もういらない?」
「っふ、うぅ。……彼が謝っても、きっともう信じられないわ。今も似たようなものだけれど、絶対浮気するでしょうね。浮気癖は治らないって聞くもの。それに、ろくにわたくしの仕事を知ろうともしない。わたくしは、わたくしは、あんな人、夫にしたくない」
クロフォード伯爵家の仕事を学んでいないという情報は初耳である。
リーレッタは大きくうなずいた。
「これまでに一緒に出席したパーティの一覧をちょうだい。交流を断る手紙は手元にあるわね?そもそも女伯爵になるセオドーラを心身ともにサポートできる人を望んでいるんだもの、ないがしろにするような人はいらないわ」
「ぐすっ。ありがとう、お姉さま。でも、パーティの一覧なんてどうするの?聞き込みでもするの?」
少し涙がおさまってきたセオドーラは、姉を不思議そうに見た。
「うふふ。半年くらい前にね、うちのチームが映像記録魔法を道具に組み込むことに成功したのは知ってるでしょう?まだそんなには広まってないけど、防犯意識の高い貴族家の方々にはもう取り入れられてるのよ。例の侯爵様もそのお一人」
リーレッタが楽しそうに言うと、セオドーラはぱちくりと瞬きをした。
「それじゃあ、もしかして」
「ええ、多分映ってるわ、そのときの様子」
にっこりと微笑んだリーレッタを見て、セオドーラはほんの少しだけ表情を緩めた。
とはいえ、婚約を解消するだけで怒りがおさまるわけもない。
可愛い大事な妹をコケにしてくれたのだ、個人的にバートランドにもの申してやりたいところである。
そこで、リーレッタは三日後にあるという婚約者同士の交流会に同席することにした。
あちらは友人を連れてきたのだから、こちらが姉を呼ぶくらいいいだろう。
父親を説得する材料を増やすためにも、リーレッタはわざわざ仕事を休んでお茶会に参加した。
「リーレッタ嬢はご存じないですよね、こちらが私の友人のクイン・ネルスン。我が第二騎士団でも頭一つ出ているたたき上げの騎士なんだ」
クロフォード伯爵家の応接室で、バートランドは目尻を下げて友人を紹介した。
「私は、リーレッタ・クロフォードです。セオドーラの姉ですわ」
令嬢の仮面を被ったリーレッタは、にっこりと微笑んだ。
何も知らないバートランドは女性に囲まれているからかますます頬を緩め、セオドーラは姉の笑顔にうすら寒いものを感じて口元をひくつかせている。
一方のクインは、可愛らしい目をぱちくりとさせ、リーレッタに微笑み返した。
「姉上でしたか。魔法省にスカウトされた天才と伺っていますよ」
見た目通りの可愛らしい声なのだが、話し方が堅くて違和感しかない。
バートランドがクインを構う理由はすぐにわかった。
リーレッタはもちろん、セオドーラにもない小動物を彷彿とさせる可愛らしさがあるのだ。
髪こそ短く刈っているが、柔らかそうな頬にふっくりとした唇、ほんの少し垂れながらぱっちりとした目、すっと通った鼻筋。
可愛らしさが目につくが、よく見れば非常に整っている。
さらに、大きく張り出した胸を男性用の服に押し込んでいるため、逆に目立っていた。
バートランドの視線の行方は言わずもがな。
「ありがとうございます。ごめんなさいね、おせっかいだとは思ったのですけれど。ちらっと伺って、私が勝手に心配して押しかけてしまったの。バートランド様がセオドーラの心情を気遣いきれていないのではないかと思って」
リーレッタは、貴族的な、本音を隠した会話が苦手である。
頑張った結果がこれだ。
「バートランドが?ああ、私を連れて来るからですか。どうか気にしないでほしい、私は男のようなものなんだ」
クインは、後半はセオドーラに向かって言った。
しかし眉を下げた表情は、どこからどう見ても可愛らしい。
バートランドは、そんなクインをでれっとした表情で見ていた。
彼の隣に座るセオドーラは、ちらりと冷たい視線を向けて、すぐに笑顔を取り繕った。
「クイン様は、二人のお茶会に呼ばれて不思議に思われませんでしたか?」
リーレッタが聞くと、クインは首をかしげた。
彼女の仕草には、あざとさまで感じられる。
リーレッタの言葉を聞いたバートランドは、一瞬表情を歪めたもののすぐに笑顔を貼り付けた。
「少し。でも、恋人や婚約者に友人を紹介するのはよくあることですし、私が平民なので、こぢんまりした集まりにしてくれたのかと」
クインが答えるのに続けて、バートランドが口を開いた。
「リーレッタ嬢、それはうがった見方ですよ。伯爵家を継ぐにあたって、貴族だけではなく平民とも付き合いがあった方が色々とわかるだろうと思って紹介したまでです」
柔らかな表情で言うバートランドに、リーレッタも笑顔で答えた。
「そうかしら?もしクイン様に気を遣ってそういう場にしたのなら、セオドーラには気を遣わなかったんですの?婚約者が異性を一人だけ連れて来るなんて、特別扱いに思えますから普通は良くは思えませんことよ。どうしても紹介したいなら、クイン様のお知り合いを含めた複数人にする程度の配慮は必要でしょう」
今度は、はっきりとバートランドの表情が歪んだ。
この程度の腹芸もできないのなら、やっぱりセオドーラの伴侶にはふさわしくない。
しらっとした視線をバートランドに向けたリーレッタは、今度はクインに顔を向けた。
「三人のお茶会では、セオドーラはほとんど話さず、お二人がずっと会話なさっていたとか。婚約者を放置して友人同士でだけ話すのも、マナーとしてありえませんわ。それとも、平民の方はあまり気になさらないのかしら?」
リーレッタが聞くと、クインはぱちぱちと瞬きをした。
「あのときの話ですね。バートランドの婚約者殿が騎士団の話を聞きたいらしいと言われて、あれこれネタを仕入れてしゃべっていただけなのですが……」
「あら、そのようなお話でしたの?妹は、カフェで突然あなたを紹介されて戸惑ったそうですわ」
「そっ!それは、単にセオドーラが失念していただけでしょう!手紙で、友人を連れていくと伝えていたはずなので」
バートランドは、慌てたように会話に割って入ってきた。
「いや、どちらにしてもご不快だったでしょう。私が男とほぼ同じだというのは、騎士団では周知のことですが、ご令嬢には当然ではないんです。大変失礼いたしました」
「そ、そうだ!クインはほとんど男なんだから、気にすることはないんだ」
クインの謝罪に、バートランドは乗っかってきた。
「ほぼ男性ですか」
「ああ、そうだ!」
リーレッタの言葉に、バートランドが答えた。
バートランドを無視したリーレッタは、クインの青い目をじっと見た。
「では、男性になってみましょう」
「は?」
「えっ」
「あら」
リーレッタは、予備動作もなく無詠唱でクインに魔法をかけた。
「うわっ?!」
「クイン?!」
光に包まれたクインは、顔を庇うように腕を上げた。
バートランドは、光るクインを見ながらも席を立ってさらに一歩下がった。
セオドーラは、優雅にお茶を飲み続けている。
光がおさまりはじめると、バツン、と音がして、続けてカツンと音を立てて壁に何かが当たった。
よく見れば、床にボタンが転がっていた。
さらに、ビィィィッ!という布が引き裂かれるような音が響いた。
光の塊は、元のクインよりも大きな輪郭を描きながら収束していった。
「ク、クイン……?」
「ああ」
震える声で聞いたバートランドに答えたのは、上から降ってくる野太い声。
「きゃっ」
セオドーラは、慌てて扇を広げて顔を覆った。
しかし姉は見た。
妹は、筋骨隆々とした体をしっかり見てから扇に隠れていた。
「嘘、だろ。あの巨乳が!僕より小さくて、可愛くて、守ってあげたくなるような」
バートランドは、目の前の存在を拒否するように目を閉じて首を横に振った。
「何を言っているんだ?まあ身長はバートランドより低かったが、守っていたのは私の方だろう」
ふん、と組んだ腕には、巨乳(筋肉)が乗っている。
服は大きくなった体に引き裂かれ、肌が見えている。
にもかかわらず落ち着いて座っているクインは、目算で二メートル近い巨漢になっていた。
なお、顔は元の可愛らしさが残りつつも精悍な印象に変わっている。
「クイン様、いかがですか、男性になってみて」
リーレッタは悪びれることなく質問した。
「うむ。悪くない。いや、しっくりくるというか……」
そこまで言って、リーレッタを見たクインは固まった。
「クイン?何を言っているんだ。リーレッタ嬢、頼むから早く元に戻してくれ!」
情けなく叫ぶバートランドの声を無視したクインは、さっと席を立った。
ボロボロに千切れたシャツとズボンは、かろうじて大事な部分だけは覆っていた。
そしてクインは流れるような動きでリーレッタの前までやってきて、さっと跪いて彼女の右手を取った。
「一目見て素晴らしい女性だとは思っていたが、そういうことだったか。男になるとよくわかるな。リーレッタ嬢、私が平民なので今すぐ求婚できないのが心底悔やまれる。急いで叙爵できるよう尽力するから、どうかいましばらく待ってくれないだろうか」
こちらを見上げる視線には、ドロリとした熱のようなものが感じられる。
驚いたリーレッタは、思わず取り繕ったものを脱ぎ捨てて本音をこぼしてしまった。
「まあ。そんなことはどうでもいいので、魔法をかけられたときのことや現状の違和感を教えていただけませんか?私、人に向かってこの魔法をかけたのは初めてなんですの」
「お姉さまっ?!」
「リーレッタ嬢?!」
ぎりぎり婚約者な二人は、似たような表情でリーレッタを見た。
「もちろん。先に求婚の許可さえ得られればすぐにでも」
柔らかく弧を描く目は、しかしギラギラとしたまま視線をリーレッタから外そうとしない。
「別に貴族であろうがなかろうが、求婚くらい自由だと思いますよ。それより、先ほどの状態を教えてくださいな。きちんと順序立てて伺いますわ。まずは魔法をかけた直後の感覚ですね」
「ありがとう、リーレッタ嬢。そうだな――」
密着するほど近くに椅子を並べ、クインはリーレッタの質問に細かく答えた。
その間、セオドーラは気を取り直してからお茶をお代わりして菓子を食べながら本を読み、バートランドは唖然と見守っていた。
一通り聞きだして満足したリーレッタは、思い出したようにバートランドを見た。
「そういえば、この性転換魔法は、すぐには戻せませんの。それから、本人の自認が重要ですので、クイン様が男性であることに納得されてしまったら女性には戻れませんわ」
それを聞いたクインはなるほどとうなずいていたが、バートランドは驚いたのちに声を荒げた。
「なっ……。なんだと?!待て、それじゃあ明日からクインは」
「当然、このまま騎士団に行かざるをえませんね。ですが、女性対応案件以外は特に問題ないのでは?ほかにも女性騎士はいらっしゃいますし、どうにでもなるでしょう」
あまり興味のないリーレッタが答えようとしないので、代わりにセオドーラが解説した。
その通りなので、リーレッタはメモを睨みながらうなずいた。
「そんなっ!俺の癒しが……みんなの羨望が……。クインが一番デカかったのに」
「バートランド?お前という奴は、私をそんな風に見ていたのか」
ずい、と顔を寄せて凄んだ新生クインに、バートランドは怯えた表情を向けた。
「ひぃっ!?だ、だっていつ絡んでも拒否しないからっ!デカいは正義なんだぞ!」
「私は、バートランドが普通だというからあの距離も気にしていなかったんだ。だというのに、実際には女として慰み者にしていたんだな。気の置けない友人だと思っていた私が馬鹿だったよ」
クインが目を細めると、綺麗な顔だけにものすごく底冷えした表情になる。
すっくと立ったクインは、そのままバートランドの服の首根っこをがっしりと掴んだ。
「ちょっと団長も交えて話そうか。いろいろと聞きたいこともある」
「やっ、やめろっ!放せ!ちょ、おい、助けてくれ、セオドーラ!」
「わたくしには無理ですわ。助けるのも、婚約を続けるのも」
「待ってくれ!セオドーラ。ゆ、許してほしい、この通りだ!このままでは、私はっ」
必死に言い募るバートランドの言葉を無視して、クインはずるずると彼を引きずって行ってしまった。
「証言は任せてね」
「お願いします、お姉さま」
想定外の事柄はあったが、今回の目的は果たせたので、セオドーラは納得したようである。
リーレッタとしても、妹が満足のいく方向に持っていけたのでほっとした。
数日後、バートランドとセオドーラの婚約は、バートランドに瑕疵があるものの、両親同士の話し合いによって解消されることになった。
そもそも両家で何か事業を行っているわけでもなかったので、すんなりと済んだ。
妹に感謝され、リーレッタとしては少しは恩を返せたように思う。
ちなみにクインは、バートランドが同僚たちにうまいこと言って仕事をサボっていたこと、婚約者への仕打ち、クインへの邪な感情などを騎士団のトップにあたる人たちに暴露した。
男性になったことは驚かれたようだが、顔の面影と言動ですぐにクインだと理解されたらしい。
そこにリーレッタの追撃情報も加わって、バートランドは見習い騎士に格下げされ、厳しく鍛え直されることになったようだ。
◆◇◆◇◆◇
性転換する前のクインは、自分が男のようなものと言っていたが、男ではなかった。
性別が変わった今だからわかるのだ。
「女性は、本能的にこの力の差を感じ取っているから男性を怖がるんだろうな」
クインは自分の胸を叩いた。
軽くしたつもりだったが、胸のあたりでドォンと音が響いた。
リーレッタを初めて見たときから、芯のあるカッコいい女性だと感じていた。
けれども、男になるともっと強烈な感覚に襲われた。
リーレッタがほしい。
彼女を自分だけのものにしたい。
自分よりも明らかに力の弱いリーレッタを、守るという名目で閉じ込めてしまいたい。
なのに、魔法に秀でているからきっと閉じ込めることなんてできない。
追いかけ続けたい。
そんな凶暴にも通じるような欲が、腹の底から湧いて出てきた。
もちろん、大切に大切に扱って、常に笑顔でいてほしいとも思う。
矛盾するようだが、どちらも根本にある感情は同じだ。
リーレッタのおかげで、自分にずっとあった違和感が解消された。
あっという間に解決してくれたリーレッタは、自分の女神である。
男として、女性のリーレッタを守っていきたい。
あわよくば、一番近くで彼女を見つめていたい。
あの短い間にも、クインはリーレッタの性格をある程度把握していた。
「まずは、私の性転換に関するところで釣るか」
にんまりと、クインは口角を上げた。
◆◇◆◇◆◇
気づけば、リーレッタは数日おきに研究室にクインを迎え入れていた。
初めは、性転換後の現状について、困ったことや以前との違い、便利なことなどいろいろなことを聞いていた。
自らやってきてくれるので、非常に協力的な被験者だと認識していたほどだ。
また、研究関連のことだけではなく、ちょっとした片付けもしていってくれる。
実験にのめり込むがあまり、研究室はしっちゃかめっちゃかになっている。
そのぐちゃぐちゃの室内を、クインは少しずつ片付けてくれるのだ。
食事も用意してくれるし、お茶もしょっちゅう淹れてくれる。
そのうち、リーレッタにとっては生活部分の補助をしてくれる、ありがたい存在になっていった。
ある日、リーレッタは同僚の男性に妹の現状について語った。
同じ魔法省の研究者なので変人だが、比較的まともな方の男性だ。
婿選びが難航しているようだったので、リーレッタは息抜き代わりにとその同僚をセオドーラに紹介した。
ヤバい奴を見れば、妹の男性への不信感もリセットされるのではないかと目論んだのである。
ところがなんと、同僚がセオドーラに一目ぼれしてしまった。
そのまま愚直にアタックし続け、彼は見事にセオドーラの婚約者の座を射止めた。
「魔法狂いだけど、だからこそ余所見なんてしないし、変人らしく頭もいいから領地経営のサポートくらい軽いと思うわ。変態だけどね」
そんなリーレッタのセリフが決め手だったとかなかったとか……。
おかしいけれども、自分だけに向く好意にまんざらでもないセオドーラは、その同僚と仲良くやっているようだった。
研究に研究にと楽しく過ごすリーレッタのそばには、いつもクインがいた。
リーレッタはそこまで鈍感でもないし、割と一般常識もある方だと自負しているので、その意味はわかる。
「クイン様、せっかく男性になったのに。私のような魔法狂いでいいんですか?生活方面は完全な無能ですし、女性らしい魅力もないと自覚していますよ」
「ほかの女性にも会ったし、話もした。でも、やっぱりリーレッタ嬢が良い。君しかいらないんだ。女性らしい魅力って、男として欲しいと感じることだろう?私は、ずっとあなたが欲しい」
騎士服を新たにしたクインは、大きな身体を折り曲げるようにしながら、リーレッタが座る椅子の背に両手をついた。
刷り込みもありそうだが、それよりも執着心の方が随分と育っている。
とはいえ、リーレッタにとっては特に問題ではない。
彼は、リーレッタのしたいことを邪魔することはないからだ。
性同一性障害という病気があることを周知するきっかけとなり、その治療にも身体を張って携わったとして、クインは准男爵位を叙爵した。
ちなみに、リーレッタは魔法子爵を貰っているが、こちらは個人に与えられる爵位だ。
断る理由もなかったので、リーレッタは受け入れた。
座りっぱなしで凝り固まっていた背中がゴキッと鳴るほどに力強く抱きしめられた。
なお、リーレッタの家族は諸手を挙げて賛成した。
「魔法狂いになったことはいいのだけれど、あまりにも色恋に興味を持ってくれなくて、色々と諦めていたのよ」
軽く涙をぬぐったのは母。
「うむ、これで安心だ。君しかいないんだ、頼むよクインくん」
ほっとしたようにうなずいたのは父。
「ちょっとどうかと思うけど、でもわたくしの旦那様(仮)も大概ですものね。むしろ、姉様にはそれくらいベタベタに暑苦しい方が合うのかも」
ほんのり惚気ながら言ったのはセオドーラ。
さすがに、はじめは複雑な感情を持っていたらしいが、新しい婚約者からの愛情もあって吹っ切れたようだ。
断じて、リーレッタに怒涛の勢いでアタックするクインに呆れたからではないと思う。
その後、リーレッタとクインは無事に結婚した。
ある日、ふと思い出してリーレッタが好意を伝えたときには、クインは男泣きしたという。
読了ありがとうございます。




