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英仏露の美少女達は英国男子の俺を落としたい!

作者: 白石白
掲載日:2026/04/23

 ロンドン郊外にある名門校、セント・エドモンズ学院。

 学力水準の高さと、日本文化教育に力を入れていることで有名な学校だ。

 もっとも、俺——トーマス・サブジェクト・ウィリアムが日本文化教育をこんなにもするのかと知ったのは入学後だが。

 そんなことを考えながら歩いていると、見慣れた金色の髪が視界に入った。


 「ねぇ、トーマス?遅刻だよ?」


 そう言ってきたのは幼馴染のダリア・モディフィー・キリロフ、愛称は「ダーシャ」だ。ダーシャとは小学生の頃からの付き合いで、妹……と言うよりは姉みたいな存在だ。

何か物を忘れると届けに来るし、友達と喧嘩すれば説教される。幼馴染というより本当に姉に近い。

 少し体を前のめりにして、腕を後ろに組みながら上目遣いでこちらを見てくる。

 ほんと、可愛いやつだな。もっとも、それは恋だの愛だのとは別だ。子犬や子猫を見る時の、それに近い感情だった。


 「って、言ってもダーシャもここにいるってことは同じだろ?」

 「……?」


 ダーシャは姿勢を戻した後、何を言っているの?と言いたげなつぶらな瞳でこちらを見つめる。

 いつの間にか、俺がダーシャを見上げる側になっていた。

 いつこんなに差がついてしまったんだか……


 「あのなぁ、ダーシャ。俺が遅刻してるのに君もここにいるってことは遅刻じゃないか。なんで俺を待ってたんだ?先に行ってもよかったのに」


 そう言うとダーシャははにかみながら


 「君が一人だと泣いちゃうでしょ?」


 と言ってきた。一人だと泣いちゃうだなんて随分昔なのにな...

 だが、今では泣かない以上、英国紳士のプライド的に許せないのでダーシャに言い返した。


 「う、うっせ!」


 この時、自分の耳まで真っ赤になっていたことを、俺は知る由もなかった。


 〜〜〜〜


 今の時刻は十時過ぎ。完全に遅刻だ。職員室を寄った後ダーシャと一緒に教室に入る。

 ドアを開けると別の幼馴染と目が合った。

 彼はアドルフ・ヴァーヴ・ロレンツェン。彼もダーシャと同じく小学校からの付き合いだ。

 そんな彼はニヤニヤしながら口を開いた。


 「夫婦揃って仲良く遅刻かぁ?」


 クラス中が「夫婦!?!?」と「夫婦(笑)」の二パターンに綺麗に分かれて反応した。

 そして、それを受けて俺より先にダーシャが口を開いた。


 「うちの旦那は朝弱くて困るのよ〜」


 冗談半分でダーシャが言う。うちの…?ん?

落ち着け…今ダーシャはなんて言った?旦那!?!?ダ、ダーシャは一体どういう意図で言ったんだ…?

 この時、俺はひどく混乱しすぎて“冗談半分”である事を忘れていた。


 「……」


 トーマスは固まっていた。それを見たアドルフが追い討ちをかけた。


 「否定しないってことはまさかっ?」


 だが、すぐにダーシャが訂正した。


 「そんなわけないじゃん!ただの幼馴染だからね!」


 ダーシャは微笑みながらこちらを向く。俺もダーシャを見つめるが視線の先には気まずそうな顔をした人がいる。

 担任で歴史科担当のアマンダ先生だ。


 「と、とりあえずなんで二人は遅刻したのかしら?」


 呆れたような顔をして聞いてきた。


 「それは——」


 理由を説明した後、席に座るよう言われ着席した。


〜〜〜〜


 席に座るとよりにもよって関わり難い人間から声をかけられた。


 「お、おはようトーマスくん…」


 彼女はアリス・コンプリメント・マクフィー。スコットランド生まれのイギリス人で、中学校では三年間無遅刻無欠席の超健康体の優等生。今も、無遅刻無欠席を続けている。

だが、人見知りすぎて友達が全然いない。あまりにも人付き合いが出来なさすぎて教師からは「物静かな模範生徒」、生徒からは「話しかけると固まる人」と認識されている。

 もっとも、最近クラスの一部では別の意味で有名だった。

 無表情で、成績優秀で、誰にも興味がなさそうなくせに——妙にそういう話題へ食いつくのだ。

 少し沈黙したのち、再びアリスは口を開いた。


「本当は二人で何かしてたんでしょ?」

「……何かってなんだよ」

「男女が二人で一緒に遅刻。しかも同時に登校でしょ?普通に考えて熱い夜イベントでしょ」

「どこに熱い夜要素があった!?」


 俺が声を荒げると、アリスは肩をぴくりと震わせた。しまった、少し強く言いすぎたか。

 だが次の瞬間、彼女はノートの端に何かを書き込みながら小さくつぶやく。


「朝、人気のない路地裏、幼馴染、制服。ふむ、なるほど……」

「何をメモしてる!?」

「べ、別に。ただの状況整理だけど」


 耳まで真っ赤だった。

 こいつ、さてはまた変な想像している。

 前の席のアドルフが吹き出した。


「おいトーマス、お前またアリスの創作意欲刺激してるぞ」

「してねぇよ!」

「ち、違うし……創作とかじゃないし……検証だし……」


 語尾がどんどん小さくなる。

 そのとき、アリスの前の席からダーシャがくるりと振り返った。


「アリスちゃん。そういうの気になるなら、今度実演して見せよっか?」

「——っ!?」


 アリスのシャーペンが折れた。

 ダーシャもなんで乗っかるんだか。

 もう言い返す気力もなくなり、仕方なく授業をちゃんと受けた。


〜〜〜〜

 

  アマンダ先生が教科書をぱたんと閉じ、教壇の前でにやりと笑った。


 「では最後に問題です。八十七ページ——千二百十五年に定められたマグナ・カルタ。どのような内容だったか、分かる人?」

 教室がしんと静まり返り、数人があからさまに視線を逸らした。

 先生は満足そうに頷き、名簿へ目を落とす。


「それじゃあ……アリスちゃん、どう?」


 突然名前を呼ばれ、アリスの肩がぴくりと跳ねた。

 ゆっくり立ち上がり、少しだけうつむいたまま答える。


「……に、二番の“王権の制限”と……“法の下の支配”、です」


 語尾こそ控えめだったが、答えは正解だった。

 教室のあちこちから小さなどよめきが起こる。

 まあ、アリスが外すところなんて見たことがない。

 アマンダ先生はにっこり笑って手を叩いた。


「正解〜。さすがアリスちゃん」


 アリスは耳を赤くしながら、そそくさと席に座る。

 先生はそのまま教室を見回し、指をぴっと立てた。


「みんなもアリスちゃんみたいに、すぐ答えられるように“復習”しておくのよ〜?来週の小テストの範囲は今までのところ全てから出すからね〜」


 “復習”のところだけ妙に力が入っていた。

 ”小テスト“の部分で数人がうめき声を上げ、アドルフは机に突っ伏した。


「絶対終わった……次の小テスト、終わった……」

「今のうちに勉強しろよ?」


 そんなやり取りをしているうちに、授業終わりのチャイムが鳴った。


〜〜〜〜


 お昼休みに俺はいつも通りダーシャとアドルフを連れて学食で昼食を取っていた。


「なぁトーマス」


 向かいの席で山盛りのナポリタンを食べながら、アドルフがにやにやと笑う。嫌な予感しかしない。


「今朝の“うちの旦那”発言、詳しく聞かせてもらおうか」

「蒸し返すな」

「えー? 私としては事実を述べただけなんだけど?」


 隣のダーシャは涼しい顔でスープを飲んでいる。こいつ、絶対面白がってるな。

 もう言い返す気力もなく、俺はため息をついた。


「はぁ……どこに事実要素があったんだ……」

「朝弱いところ?」

「そこだけは認める」


 アドルフが腹を抱えて笑い出す。うるさい。


「いやぁ、でもお似合いだったぞお前ら。夫婦漫才って感じで」

「誰が漫才師だ」

「じゃあ新婚夫婦」

「悪化してるだろ」


 俺がトレイごと叩き返したくなっていると、ダーシャがふいにこちらへ身を寄せた。


「トーマス、あーんする?」

「は?」


 スプーンの先には、ダーシャのオムライスが乗っていた。

 近くの視線が痛い。


「えっ、ここで?」

「だって私の旦那がお腹空いてそうだったし」

「設定を続けるのかよ…」


 アドルフは机に突っ伏して笑っている。もうこいつは駄目だ。

 そのとき、背後から控えめな声がした。


「……あ、あのそっ、、、」


 振り向くと、トレイを抱えたアリスが立っていた。

 日本風日替わり定食、か。

 アリス、そういえば日本食が好きだったな。なんてことを思い出した。


「そこ空いてますか…?」


 少し言葉を詰まらせながらアリスは聞いてきた。


「え、ああ、空いてるけど」

「そうですか。でっ、では失礼しますぅ…」


 ぎこちない動きで俺の正面に座る。アドルフがにやりとした。やめてくれ。もう俺は涙目になっていそうだ。

 アリスは無表情のまま、ちらりとダーシャのスプーンを見る。


「……トーマスくん、続けないの?」

「何をだ」

「給餌プレイ」


 ダーシャが吹き出し、アドルフが再び机に沈んだ。

 アリスは耳だけ赤くしながら、何事もなかったようにミソスープを飲み始めた。


〜〜〜〜


その時、学食の入口からアマンダ先生が顔を出した。


「トーマスくん、放課後職員室に来てちょうだい」

「え、また遅刻の説教ですか?」

「違うわ。あなたに会いたいという編入生が来ているの」

「……へ?」

「フランスから来た女の子よ」


 フランス?

 頭の中をひっくり返してみても、そんな国に知り合いがいた記憶は出てこない。

 俺が呆けていると、周囲の空気も止まった。

 ダーシャのスプーンが止まった。

 アリスの箸も止まった。

 アドルフだけが笑った。


「お前、国際問題起こしてたのか?百年戦争に発展しないことを祈るぜ」

「開戦理由が俺かよ……」

「ま、とにかくその子が可愛い子だったら紹介してよな!」


 ……どうやら親友の基準を見直す時期かもしれない。


〜〜〜〜


 昼のホームルーム前。

 教室はいつものように騒がしかった。


 そんな中、クラスの女子二人が珍しくアリスの席へ来ていた。


「ねえアリスさん、この前の課題ってどこ提出したの?」

「え、あとさ、昨日の小テスト何点だった?」


 アリスは椅子に座ったまま、肩を小さく震わせる。


「……あ……その……」


 口が止まり、視線が泳ぎ耳だけが赤くなっている。


 ああ、固まったな。


 俺は席に鞄を置きながら口を挟んだ。


「あー、それ俺も聞きたかった。課題どこ提出だっけ?」


 二人の視線がこっちへ向く。


「え? 職員室前の箱じゃない?」

「マジか、危な、助かったわ」


 そのまま俺はアリスの机の上の紙を見る。


「あと小テストは……ほら、返ってきてるじゃん。満点おめでと」


 アリスはびくっとしてから、小さくこちらを見る。


「……あ」


 女子二人は感心したように声を上げた。


「すご、満点!?」

「さすがアリスさん!」


 二人が去ったあと、アリスはしばらく黙っていた。


 やがてノートの端に何かを書きながら、小声で言う。


「……タ、Tapadh leat」


「ん?」


「……なんでもない」


 何を言ったのかは分からないがおそらくスコットランド語だろう。

 せっかくだしスコットランド語勉強してみようかな。


〜〜〜〜


 「ワタシは、トーマスです……スキナ、タベモノは、スシィです」


 難しすぎる……。

 日本語ってなんでこんなに発音しづらいんだ?


 俺は五限目、日本語の授業で盛大に躓いていた。


 セント・エドモンズ学院名物、日本文化教育。

 その中でも日本語はとても難しいということで生徒人気最下位、教師人気最上位と言われている謎科目だ。


「はい、トーマスくん。とても良いです。でも日本人からするとちょっと違うかなぁ」


 タナカ先生がにこやかに告げた。


「致命傷じゃないですか」

「伸びしろですよ」


 便利な言葉で片付けられた。


「では次、アリスさん」


 アリスはぴくりと肩を震わせながら立ち上がる。


「わ、私はアリスです。好きな食べ物は……お、お味噌汁です」


 完璧な発音だった。


 教室がざわつく。


「なんで日本語ネイティブみたいにちゃんと言えるんだよ……」

「……に、日本の友達がいるんですよっ、、、、、!」


 小声だったが、聞こえてしまった。

 いや、お前友達作れたのか。すげぇな。

 俺は心の中でアリスの背中を叩いた。


「では次、ダーシャさん」


 ダーシャは勢いよく立ち上がる。


「ワタシハダーシャデス! スキナ、、、モノハ、トーマスクンデス!」

「食べ物だよ!?」


 教室が爆笑に包まれた。


「間違えた〜」


 絶対わざとだろ。

 ダーシャは舌を出して笑っている。

 先生は苦笑いしながら出席簿に何か書き込んでいた。


「仲良しなのは分かりました」

「あはは……」


 俺は苦笑いしかできなかった。


〜〜〜〜


 放課後に俺は職員室に行った後、アマンダ先生の案内で応接室に行った。


 「彼女があなたに会いたいと言っていた編入生よ。」


 アマンダ先生の手の先にある、部屋の奥へ視線を向ける。

 その先に、一人の少女が座っていた。

 窓から差し込む夕陽を背に、白磁のように透き通った肌がやわらかく照らされている。

 白金色の長い髪は肩から胸元へ流れ、毛先だけがゆるく波打っていた。

 背筋は真っ直ぐ伸び、椅子に腰掛けているだけなのに不思議と目を引く。

 制服姿のはずなのに、どこか舞踏会帰りの令嬢みたいだった。

 俺が呆然としていると、少女は静かに立ち上がる。

 すらりとした長身。澄んだ灰青色の瞳が、まっすぐこちらを捉えた。

 そして次の瞬間、その気品ある佇まいのまま——ぱっと表情を輝かせる。


 「トーマス!」


 流れるような動きで駆け寄ってきたかと思うと、そのまま勢いよく俺に抱きついた。


 「うおっ!?」


 柔らかな感触と甘い香りに頭が真っ白になる。

 アマンダ先生が咳払いした。


 「……知り合い、なのかしら?」

 「い、いや、俺は——」


 少女は俺の腕にしがみついたまま、嬉しそうに笑う。


 「ひどいですわ。わたくしのこと、お忘れになってしまったの?」


 その上品な口調と、どこか聞き覚えのある声。

 少女は胸に手を当て、優雅に名乗った。


 「セリーヌ・オブジェクト・ヴァロワ。再びお会いできて光栄ですわ、トーマス」

 「……誰?」


 俺の第一声は、それだった。


〜〜〜〜

 俺の言葉に、セリーヌの笑顔がぴたりと止まった。

 灰青色の瞳が、わずかに揺れる。


「……まぁ」


 胸に手を当てたまま、彼女は小さく息をついた。


「本当に、お忘れになってしまったのですね」

「いや、悪い。綺麗な人なら忘れない自信あるんだけど」

「さらりとそういうことを言うところは、昔のままですのね」

「昔?」


 俺が首をかしげると、セリーヌは少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「六年前。フランス、オルレアンにて」


 ……オルレアン?

 聞き覚えはある。確か、短期留学で昔少しだけフランスへ行ったことがあったはずだ。

 だが、細かい記憶までは曖昧だ。


「雨の日、教会の近くで、泣いていた女の子に傘を差し出した少年がおりましたの」

「……」

「その少年は『トーマスだよ』とだけ名乗って去ってしまいましたけれど」


 そう言って、彼女は一歩近づく。


「わたくしは、ずっと覚えておりましたわ」


 部屋の空気が妙に静かになる。

 アマンダ先生だけが、なぜか目を丸めていた。


「トーマスあんた人脈すごいわね……」

「先生、どこに感動してるんですか」


 俺だけが、まだ何一つ思い出せていなかった。


〜〜〜〜


 翌朝。

 昨日のことが頭から離れないまま、俺は重い足取りで教室の扉を開けた。


 「おはよう、トーマス!」


 入った瞬間、いつものようにダーシャが笑顔で手を振ってくる。

 その笑顔が、今日は妙に眩しい。


 「……おはよう」

 「元気ないね? どしたの?」

 「いや、ちょっと昨日いろいろあって……」

 「へぇ?」


 ダーシャはにこにこしている。

 だが、目が笑っていない気がするのは気のせいだろうか。


 席に着こうとすると、前の席のアドルフがくるりと振り返った。


 「よぉ国際派。昨日のフランスの案件どうなった?」

 「その呼び方やめろ」

 「可愛かった?」

 「そこしか興味ないのかお前は」

 「当然だろ」


 清々しいほど最低だった。


 その横では、アリスがノートを広げながらちらちらこちらを見ている。

 目が合うと慌てて逸らした。


「……で、トーマスくん、どうだったの?」

「何が」

「ふ、フランスの子……その……恋愛フラグとか……」

「お前もそこなのかよ」


 みんな恋愛脳なのか......?全く、ひでぇもんだ。

 その時、教室の扉が開いた。

 担任のアマンダ先生が入ってくる。


「はいはーい、席についてー。今日はみんなにお知らせがあります」


 ざわついていた教室が少し静まる。

 先生は名簿を閉じ、にやりと笑った。


「編入生を紹介します。昨日から手続きしてた子よ。入りなさい」


 ——まさか。

 嫌な予感が背筋を走った。

 次の瞬間、扉が再び開く。

 朝の光を背に、一人の少女が教室へ入ってきた。

 昨日のあの子と同じく、白金色の長い髪。

 透き通るような白い肌。

 すらりと伸びた背筋。

 気品すら漂う完璧な立ち姿。

 教室が、静まり返った。


「Bonjour. セリーヌ・オブジェクト・ヴァロワと申しますわ」


 鈴のように澄んだ声が響く。


「フランスより参りました。まだ慣れぬことも多いですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 完璧すぎる挨拶だった。

 男子がざわめく。


「やば……」

「本物のお嬢様じゃん……」

「え、映画?」


 女子たちも騒ぎ始める。


「綺麗……」

「髪すご……」

「肌白っ……」


 アドルフが机を叩いた。


 「トーマス!!! 当たりだ!!!」

 「宝くじみたいに言うな!」


 そして、ダーシャの笑顔が、ほんの少しだけ固まった。

 アマンダ先生が咳払いする。


 「はい静かに。で、セリーヌさんの席だけど——」


 先生が教室を見回す。

 嫌な予感しかしない。


 「トーマスくんの隣、ちょうど空いてるわね」

 「ちょうどじゃないです!」


 昨日まで物置き同然だった空席に、なぜ今日だけ意味が生まれるんだ。

 教室中の視線が一斉に俺へ突き刺さる。


「え?」

「なんで?」

「偶然?」


 アドルフが肩を震わせて笑っていた。


「これでダーシャとあの子の戦争が開戦しちまうな」

「そう……なのか?」

「第二次ナポレオン戦争が始まっちゃうな!」

「だからお前はどうしてそうなるんだ……」


 アドルフはなぜこんなに歴史に詳しいんだ……と呆れながらも尊敬している。

 セリーヌは優雅に歩き、俺の隣へ来る。

 そして椅子に腰掛ける前に、にこりと微笑んだ。


「またお隣ですのね、トーマス」

「初めてだよ!」


 その一言で教室が爆発した。


「また!?」

「前から知り合い!?」

「え、何それ詳しく!!」


 ダーシャが、にこにこと笑いながら振り返る。


「……へぇ?」


 笑顔だった。

 なのに、なぜか一番怖かった。

 アリスは猛烈な勢いでノートに何かを書いている。


「幼馴染、英国、フランス令嬢、三角関係、隣席……なるほど……」

「何をまとめてる!?」


 アマンダ先生は満足げに頷いた。


「うん。朝から賑やかでよろしい」

「先生が元凶です!」


 こうして俺の平穏な学園生活は、完全に終わった。


〜〜〜〜


 四限目終了の鐘が鳴った瞬間、教室の空気が弾けた。

 昼休みである。

 俺は教科書をしまいながら、深いため息をついた。

 ——嫌な予感しかしない。

 朝から編入生騒ぎ。

 その中心にいたのが俺だ。望んでないのに。

 席を立とうとした、その時だった。


「トーマス、お昼いこ!」


 右腕に柔らかな感触。

 ダーシャがいつもの笑顔で腕を抱き込んできた。


「近い近い近い」

「幼馴染だから問題ないよね?」


 何が基準なんだ。

 すると今度は左側から、上品な声が差し込む。


「申し訳ありませんけれど、本日のお昼はわたくしが先約ですの」


 振り向けば、セリーヌが微笑んでいた。

 笑っている。笑っているのだが、目が全く笑っていない。


「先約?」

「ええ。今朝、心の中で決めておりましたの」

「無効だろその予約制度」


 ダーシャが腕に力を込める。


「へぇ〜? でもトーマスはいつも私と食べてるよ?」

「“いつも”と“今日”は別概念ですわ」

「へぇ〜?」


 怖い。

 語尾が同じなのに温度差がすごい。

 前の席ではアドルフが財布を手に持ちながら震えていた。


「始まった……」

「何がだよ」

「昼の薔薇戦争」

「勝手に歴史化すな」

「あ、仏露だったか」

 

 まったく、歴史はよくわからん。

 そんなことも束の間、控えめに椅子が引かれる音がした。


「……あ、あの……もしよければ……私も……」


 アリスだった。

 頬を赤くしながら、ノートと財布を抱えている。


「なんでお前まで来るんだ」

「け、研究……観察目的です……」


 こいつだけ動機が不純すぎる。

 ダーシャ、セリーヌ、アリス。

 三人の視線が俺へ集まる。


「誰と行くの?」

「どなたをお選びになりますの?」

「……選択結果で人間関係が変動します」

「最後のやつ怖いこと言うな!?」

「エロゲ......ふっ」


 なんか今アリスのヤバい発言が聞こえた気がする。

 だが、それをかき消すほど教室中がざわついていた。


「トーマス詰んだな」

「羨ましい……」

「いや修羅場だろこれ」


 俺は頭を抱えた。

 するとアドルフが肩を叩いてくる。


「安心しろ、親友。俺が助けてやる」

「おお、珍しく頼れる〜」

「俺と食堂行こうぜ」

「増やすな!」


 結局、五人で学食へ向かうことになった。


〜〜〜〜


 学食に着いた瞬間、第二ラウンドが始まった。


「トーマス、今日はオムライスにしなよ」

「いえ、フランス料理風プレートもございますわ」

「……和定食も栄養バランスがいい」

「なんで全員メニュー推薦してくるんだ」


 俺が食券機の前で固まっていると、後ろの列から文句が飛ぶ。


「早くしろー!」

「人生がかかってるんだよ!」


 誰の人生だ。

 結局、日替わりランチにした。

 席取りでも地獄だった。


「隣どうぞ、トーマス」

「こちらへ」

「……正面空いてます」


 三方向から誘導される。


「俺はチェスのキングか!?」


 最終的に、

 右にダーシャ。

 左にセリーヌ。

 正面にアリス。

 斜め前に爆笑中のアドルフ。

 という最悪の布陣になった。


「いやぁ、特等席だわ」

「お前だけ楽しそうだな」


 俺がスプーンを持つと、ダーシャが自然に口元へ差し出してきた。


「はい、あーん」

「やめろって!」


 するとセリーヌも涼しい顔でフォークを差し出す。


「ではわたくしも。はい、あーん、ですわ」

「対抗するな!」


 アリスが箸を持つ手を止め、ノートに書き込み始めた。


「左右同時給餌……供給過多……」

「記録するな」


 ダーシャがむっとする。


「トーマスは昔から私のだから」

「語弊がある!」


 セリーヌが優雅に微笑む。


「ですが六年前、わたくしに傘を差し出してくださいましたわ」

「その話やめて!? 周りが聞いてる!」


 学食中の視線が集まっていた。


「傘……?」

「六年前……?」

「何そのロマンス」


 アドルフが机を叩く。


「トーマスお前、過去編まであるのかよ!」

「それを一番知りたいのは俺だよ!!!!」


 その時、アリスが静かに顔を上げた。


「……つまり、幼馴染ヒロインと再会ヒロインの衝突……」

「分析やめろ」

「……勝つのは、読者の人気が強い方」

「なんの話だ!?」

 

 アリスはここで『幼馴染は負けヒロイン』という定番をあえて口には出さなかった。

 なぜか?それは——

 

 「幼馴染が勝ちヒロイン……でゅふふふ」

 

 こんな彼女だが、至って平常運転である。

 ダーシャとセリーヌが同時に立ち上がった。


「トーマス、次の休み時間も一緒にいこ?」

「放課後は校内をご案内していただけますわよね?」

「予定を勝手に埋めるな!」


 アマンダ先生が遠くからそれを見て、満足そうに頷いていた。


 「青春ねぇ」

 「先生が全部の元凶です!!」


 こうして俺の昼休みは、食事より消耗の方が多く終わった。


〜〜〜〜


 翌日、身体測定と体力測定があった。


 「トーマス!疲れたよね〜。ところで身長伸びた?」


 ニヤニヤしながらダーシャがこちらへ向かってきた。


 「う、うっせ!ちょっと伸びて百六十五センチだよ!」

 「ふーん。私は伸びて百七十七センチだよ?」


 ダーシャの汗が滴っていてとても色っぽい。妖艶な笑みを浮かべながら言うもんだから変な気が起きそうだ。

 

 「アドルフ君は?」


 俺の隣にいたアドルフに聞いてきた。

 

 「百八十三センチになったぜ!」


 ……俺はなんでこんなに小さいんだか。

 肩を落としていると、ダーシャがくすくすと笑いながら俺の頭に手を乗せてきた。


 「大丈夫だよ、トーマス。小さいのも可愛いし」

 「慰めになってねぇ!」


 むしろ傷口をえぐられている気しかしない。


 アドルフは腹を抱えて笑っていた。


 「いやぁ、いいじゃねぇか。お前はそのまま“守ってあげたくなる系男子”で売っていけ」

 「誰がそんな市場狙うか!」


 測定を終えたアリスが、とことことこちらへ戻ってきた。

 無表情。だが耳だけが赤い。

 そして何も言わず、俺の前に記録用紙を差し出してくる。


 「……見て」


 そこには、はっきりと書かれていた。

 

 “身長 百五十三センチ”


 だが、それよりも目を引いたものがある。


 “握力 十三キログラム“


 アドルフが横から覗き込み、肩を震わせる。


 「いやちょっと待て、俺の妹でももうちょいあるぞ」

 「比較対象が容赦ないな!?」


 ダーシャは楽しそうにアリスの手を持ち上げた。


 「ほんとだ、ちっちゃくて細い手〜。かわいい」

 「……子ども扱いしないで」


 そう言いながらも、振りほどけていない。

 本当に力が弱いらしい。

 セリーヌも優雅に近づき、記録用紙をのぞき込んだ。


 「あらまあ……では瓶の蓋などは開けられるのですか?」

 「絶対に開けられません」

 「即答なんだ」


 アリスは少しだけ視線を逸らし、それから俺の制服の袖をちょこんとつまんだ。


 「……だから、その……たまに、お願いしてもいい?」

 「何を?」

 「……蓋」


 一瞬、周囲が静まり返った。

 ダーシャの笑顔が固まる。

 セリーヌの微笑みも止まる。

 アドルフだけが吹き出した。


 「ははっ、間接プロポーズか?」

 「違うだろ!?」


 アリスは顔を真っ赤にしてぶんぶん首を振る。


 「ち、違っ……! 言い間違えただけで……! あっ!家庭科の時の開封要員として……!」

 「俺は缶切りか何かか!?」


 だが、袖をつまむ指先は離れない。

 ……十三キロのはずなのに、妙に力が強かった。

 こいつ、本当に小動物みたいでかわいいな。


〜〜〜〜


 もう夜更けだった。

窓の外では街灯だけが淡く道を照らし、さっきまで遠くで聞こえていた車の音も、いつの間にか消えている。


「……なんで夜になると頭が冴えるんだよ。これが朝に来てくれれば人生変わるのに」


 誰に聞かせるでもなくぼやき、俺は机に突っ伏しかけた額を上げた。

 目の前には、日本語の教科書や単語帳、ノートがある。

 ノートの端には、今日だけで書き直した跡がいくつも残っている。

 “し”と“つ”の書き分け。

 濁音の位置。

 長音の伸ばし方。

 どれもこれも、英国育ちの俺には嫌がらせみたいに難しい。


「……ワタシハ、トーマスデス。スキナタベモノハ——」


 昼の授業で笑われた発音を思い出し、思わず顔をしかめる。


「次は笑わせねぇからな……」


 赤ペンで書いたメモを見返す。

 何十個と直すべきことが書いてある。

 自分でも泣けるくらい地道だった。

 時計を見ると午前零時二十七分を指していた。

 普段なら既に寝ている時間だ。明日も朝から授業がある。

 けれど、ここで閉じたら明日も同じように笑われる気がした。

 俺は椅子を引き、立ち上がる。


「……しょうがない、あと三十分」


 眠気覚ましに冷たい水で顔を洗い、戻ってきてから再び机に座る。

 単語帳を開き、一枚ずつめくった。

 ありがとう。

 おはようございます。

 よろしくお願いします。

 好きなもの。

 何度も口に出して、引っかかった言葉には印をつける。

 発音が怪しい箇所はスマホで録音して聞き返す。


「……うわ、下手くそ」


 自分の声に落ち込みながら、もう一度やり直す。

 器用じゃないのは知っている。

 身長だってアドルフほど伸びなかった。

 要領だってダーシャみたいによくないし、生まれつき頭がいいわけでも、セリーヌみたいに華があるわけでもない。

 そして、アリスみたいな集中力もない。

 だから、出来るまでやるしかない。

 それだけは、昔から決めていた。

 再びノートを開いて、今日の授業で間違えた箇所を一つずつ書き直していく。

 十回。二十回。三十回。

 ペンだこが少し痛む。


「……次は、ちゃんと言ってやる」


 誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。

 タナカ先生か。クラスの連中か。

 それとも、昼に完璧な発音を見せたアリスか。

 その時、机の端に置いたスマホが震えた。

 画面には噂をすればアリスからのメッセージ。


『まだ起きているの…?ステータス日本語勉強になってるけど、どこか詰まってるの?』


 俺は藁にもすがる思いで返信する。


『発音がね…難しくて』


 すぐに既読がついた。


『——こうすると発音しやすいと思うよ?』


長文の解説文が送られてきた。少しして俺は返信をした。


『おぉ!ありがとう!』


 やり取りを終え、スマホを伏せる。

 少しだけ眠気が飛んだ。

 今日やると決めた分だけは終わらせる。

 

 ——全部終えた頃、窓の外は白み始めていた。


 「……やば」


 また朝に弱くなる原因を、自分で増やしたらしい。

 それでも少し誇らしくて、俺は最後のページを閉じた。


〜〜〜〜


 その後も、似たような騒ぎや躓いたことは何度もあった。

 誰が隣に座るかで揉めたり、誰が先に話しかけるかで揉めたり、徹夜で勉強してアリスに怒られたり、朝寝坊してダーシャに心配されたり、セリーヌにデートに誘われたり、なぜか俺だけ呼び出されたり。

 ダーシャは相変わらず距離が近く、セリーヌは相変わらず堂々としていて、アドルフは相変わらず騒がしかった。

 アリスは相変わらず無表情で、でも前よりよく笑うようになった。


 そんな騒がしい日々が過ぎ去り——


 気づけば、卒業式だった。


〜〜〜〜


 式が終わり、校舎は最後の喧騒に包まれていた。

 写真を撮るやつ。泣くやつ。告白して振られてるやつ。実に青春だ。

 ちなみに英国には、日本のように「告白して交際を始める」という習慣はあまりない。

だが、この学院で日本の若者文化を学んだ生徒の中には、その影響でわざわざ告白という手順を踏みたがる者が、毎年一定数現れる。


 俺が教室で荷物をまとめていると、アドルフが肩を組んできた。


「さあ来たぞ、最終回だ」

「何がだよ」

「鈍感主人公にもついに審判の時が来たってことだ」


 意味が分からん。


 その時、教室の入口に三つの影が並んだ。


 ダーシャ。

 セリーヌ。

 アリス。


 三人とも、なぜか妙に静かだった。


「トーマス」

「少し、よろしくて?」

「……来て」


「え、同時に?」


 三人は一瞬顔を見合わせると、なぜか同時にため息をついた。


「……やっぱり、そうなるよね」

「予想通りですわ」

「……非効率」


「何の話?」


 アマンダ先生が廊下から顔を出す。


「はいはい、揉めない揉めない。中庭でやってね。順番はそちらで決めなさい」

「先生、仕切らないでください」


 アドルフは腹を抱えて笑っていた。


「うわぁ、三者面談ならぬ三者告白だ」

「勝手に確定させるな!」


〜〜〜〜


 結局、俺はアドルフに中庭へ連れて行かれた。


 春の風が吹く。

 桜に似せた学院の木々が揺れている。


 三人は少し離れた場所で何やら話し合い、やがてこちらへ戻ってきた。


「決めたよ」

「公平に参りましょう」

「……これでいい」


「だから何を」


 すると三人は、同時に一歩前へ出た。


 ダーシャが笑う。

 セリーヌが微笑む。

 アリスが耳まで赤くなる。


 そして——


「好きだよ、トーマス」

「お慕いしておりますわ」

「……好き、です。……諦めないところが、好きです」


 三つの声が、ほとんど同時に重なった。


「は?」


 脳が止まった。


 校舎の窓からアドルフの絶叫が飛ぶ。


「同時告白エンドだぁぁぁぁ!!!」

「うるさい!!」


 アマンダ先生まで拍手していた。


「斬新ねぇ」

「先生は黙っててください!」


 三人はそれぞれ顔を赤くしながら、俺の返事を待っている。


 逃げ場はない。

 いや、最初からなかった。


「……なあ」


「「「……?」」」


 俺は深く息を吸う。


「正直に言う。俺は誰を彼女にしたいかなんて、まだ決めきれてないんだ。でも――」


 三人はきょとんとした。

 そして俺は笑った。


「俺、トーマス・サブジェクト・ウィリアムが将来幸せにしたいと思うやつなら、答えは決まってる」


 一歩前に出て、たった一人の手を取った。


 誰の手だったのか——皆はそれを見た瞬間、頭が爆発した。


「そんなことあるの!?!?先生びっくりだわ……」

「そっちかぁぁぁ!!」

「トーマス本当に!?!?」

「ぐぬぬ……納得ですわ……!でも、そんなことがあるなんて......」

「……ひぇっ!?」


「全部聞こえてるからな!!」


 春風の中、握ったその手が震えていた。

 けれど、弱いながらもぎゅっと握り返してくる。


「……えっと、よろしくね?トーマスくん」


「こちらこそ」


「……ま、幸せになれよ親友!」


 こうして、騒がしくて面倒で、最高の青春は終わった。


 ——いや。

 たぶん、ここからが本番だ。

筆者の白石白(シライシハク)です!拙作を見ていただきありがとうございました!

ぜひ少しでも面白い!告白までの過程が見たい!と思ったら☆を押していただけると今後の制作の励みになります!


考察等をして頂けるとより楽しめるかと思います。

またいつかお会いしましょう。

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